2012/9/17 Mon 18:26
弱音を、どうぞ。 (ロイド+ジーニアス)

 

 

 握った手は、たしかに温かくて。

 目は、瞬きを繰り返すのに。


 


 深夜。賑やかな夕刻を終え、割り当てられた部屋へ親友とともに戻った俺は、本を読みたいと言った親友よりも先に布団にもぐった。
 ふわふわと肌に触る感触が心地いい。心地よすぎて、空しくなる。カチカチと時計が今を刻む音と、本のページを捲る音だけが鼓膜を震わせていて、それらを子守唄代わりに強く目を閉じても、眠気は一向に訪れようとしなかった。
 苦しいんじゃない。辛いんじゃない。だけどとても寂しくて、空しくて、俺の中のなにかが、世界のなにかが欠けている。欠けている。
 鼻の奥に違和感を感じて、慌てて瞼を固く閉じた。…絶対に泣くもんか。唇を切れるほどにかみ締める。
 お前の分まで泣いてやるよ。そう言ったのは昔のことではない、ほんの少し前のことだ。あのときの彼女は、まだ、「彼女」 だった。…今の彼女は、彼女であって彼女ではない。
 自分を責めるかのように赤い瞳を思い出して、体が情けなく震えた。静寂の中に、布の擦れる音が響く。
「起きてるんでしょ」
 短い溜息とともに耳に入った言葉は問いかけではなく、命令の意を含んでいるようだった。
 もぞもぞとゆったりとした動きで起き上がると、年下なのに俺よりもよっぱど大人びた顔でこちらを見つめ返してくる親友の姿があった。
「やっぱり。そうだと思った。慣れない頭で考え事なんてするからだよ」
「…俺だって考え事くらいするっつの!」
「はいはい、だけど眠れなくなるほどの悩みなんて初めてなんじゃないの?」
 そう言うと彼は文字に視線を戻し、夜の静けさが辺りを再び包み込んだ。
 人を起こしておいて、自分から話題を振る気はないみたいだ。勝手なヤツだなと思いつつも、もう一度布団にもぐる気にもならなくてこちらから口を開くことにする。
「あの、さ」
「どうしたのさ」
「いや、その、お前…なに読んでんだよ」
 ない頭を振り絞って考えた結果、この状況で話せることはそれくらいしか浮かばずなんともありきたりなものになってしまった。でも、本の内容さえ教えてもらえればそれ関連でなにか話を続けられるかもしれない。
「…言いたくない」
 彼の意識は本に向いたままで、聞こえてきた返事はどこか冷たかった。
 昔から一緒にいる親友と喋るのにこれまでこんなに頭を使ったことはあっただろうか。―いや、ない。断じてない。
 たしかに、彼の知識は俺にはちんぷんかんぷんでそれを理解するのに頭を使い果たした覚えは何度もあるし、彼にこのように冷たく返されたのは今回が初めてではない。しかし、俺の知識が彼の話に追いついていないとき、いつも彼は俺に分かるように説明してくれるし (それを理解しているかどうかは別だが) 、冷たく返されたと言ってもそれはなにか俺がまずいことを口走った結果である。だから今、この状況で彼に突き放された俺は初めてのことにどうしたらいいのか分からず、押し黙ることしかできなくなった。
 それに加えて、なぜか無性に腹立たしい。
 やはり一定のペースでページを捲る彼の手先を見つつ、数分が経過したころ、俺が一生手に取ることすらないだろう分厚さの本を半分ほどしか読み終わっていないというのに彼はそれをパタンと閉じた。そしてこちらを向くと目と目の間の部分を指差しながら言った。
「…そんな風に見られてると気が散るんだけど」
「どんな風にだよ」
 長い間放っておかれたこともあってか、声が普段より攻撃的になっていることには自分でもすぐに気がついた。
「だから、ここ。眉間に、しわ」
 彼は再度目と目の間の部分を指差すと声を荒げた。彼の声も普段よりも少し苛立っている。
「だから、そのポーズ、なになんだよ!」
「はぁ!?」
 本を乱暴に机の上に投げると、勢いよく立ち上がった彼が信じられないと目を見開いた後、腕を組んだ。
「…ここまで説明しても分かんないの? だから、ここ」 彼が再び、目と目の間を指し変なポーズをとる。「―この人差し指で指してるところが『眉間』なの!」
 …怒鳴られてしまった。
 ばつが悪くなって、唇を尖らせてみた。
「あのさ」
 その言葉が今晩の会話で使われたのは二度目だった。言わずもがな一度目は俺である。 
「相談、してくれてもいいんじゃない?」
 

 

 

「え?」


 あまりにも予想していなかった言葉を掛けられて、構えていたにも関わらず間の抜けた返事が出た。目の前で盛大な溜息が吐かれる。
「コレットのこと、心配なんでしょ?」
「…っ!」
 心配だよ。これでもないかってくらい心配だよ。どうしてそれをわざわざ聞くんだ。
「無理してるの丸分かりだよ。みんな、心配してる」
 誰を。俺を?
 違うだろ。心の中で彼を怒鳴りつけた。俺が望んでいるのはそんなことではなかった。誰かに心配されたいわけじゃない。優しい言葉を掛けて欲しいわけじゃない。
「会って数ヶ月しか経ってないみんなに気を遣うのは分かるよ。だから相談し辛いのも分かる。だけどさ、僕にくらい相談してよ」
 だんだん、だんだんと彼の口調が柔らかくなる。先ほどまでの冷たさが彼から消えていった。
「…ま、いつでもいいん―」
「俺のことじゃなくてさ」
 彼の言葉を遮る。黙っていた俺が急に口を開いたからか目の前で彼が肩をびくつかせた。ここで返されるとは思っていなかったらしい。
「コレットのこと、心配しろよ」
 あいつがどれくらい辛かったのかお前だって分かってるだろ。とその意味を含めて吐いた言葉は自分のものかと疑うほどに低い声だった。
「…なに、それ。格好つけてんの?」
「は?」
「言葉通りの意味だよ! 馬鹿じゃないの。目に見えるほど意気消沈してるくせに自分はいいから他を心配しろって? 人からの好意も受け取れないわけ?」
「そんなこと言ってねえよ!」
 彼が言った言葉の意味が分かったわけではないが、なにやら貶されていることは分かった。反射的に声を荒げる。
「じゃあっ、僕にくらい弱音吐いてよ!」
 きん、と響くような高い声がしんと静まり返った夜に響いた。
 彼が今まで聞いたことないくらい大声を出すから、呆気にとられてしまった。先ほどまで感じていた苛立ちが嘘のように消えている。驚いたときに飛んでいってしまった。…もしかしたら、これを我に返ったというのかもしれない。
「ロイドの周りにいたのはコレットだけじゃないよ」
 俯き、銀色の髪を小さく揺らしながら彼は言う。急に大声を出したからか、彼は肩で息をしていた。声が震えているように感じるのは気のせいだろうか。
「そりゃ、僕はロイドにとってコレットよりも大きい存在じゃないかもしれない。だけど、僕。他のみんなよりはロイドのこと知ってるつもりだし、ロイドのこと誰にも負けないくらい好きだよ。もちろんコレットもね」
 少しずつ、少しずつ、その声がまた大きくなるにつれて彼の震えも大きくなる。
「だから、だからさ、二人が辛いなら僕に言ってよ。僕ら……、親友でしょ?」
 …言葉に詰まった。
 目の前に立つ彼を凝視してみる。彼は俺の『親友』だ。それを俺は知っている。そんなことずっと前から知っているのだ。だってずっと一緒にいたのだから。それなのに。
「…そうだよな」
 それなのに今、どうして俺はこんなにもなにかに気づかされた気持ちになっているのだろうか。
 欠けたものを取り戻すことは本人でないとできないかもしれない。寂しいこの気持ちを消すことは彼女にしかできないのかもしれない。だけど。
「ごめん、その、心配かけちまった」
「分かればいいんだよ。それで? ロイドはなにをそんなに悩んでたわけ?」
 欠けてしまった空間を優しさで埋めることはできる。辛いときには支えてくれて、寂しいときには励まして。そんなこと大昔から知っていたはずなのに。
 すっと気持ちが軽くなった気がした。未だに寂しい気持ちは消えないし、彼女のことを思うと胸が強く締め付けられるのも変わっていないけど。だけど拠り所を知れた心は、とても軽かった。
「…いいや。相談、しなくて」
「え。つまらない意地は張らない方がいいよ?」
「意地、とかそんなんじゃないけどよ。俺にはすっげー頼りになる親友がいるってことが分かったから、それでいいんだよ」
「あ、今頃気づいたんだ? ロイドってばほんとに鈍感だなあ」
 また、溜息を吐かれた。
「ごめんって。でさ、ジーニアス。気合いれるためにさ、一発殴ってくれよ!」
「はぁあ!?」
「なっ! いいだろ。なんかさ、このままじゃダメだと思うんだよな。だからほら新喜劇? だっけそれでさ心を入れ替えて―」
「それを言うなら心機一転でしょ!」

 

 緩やかに弧を描いた木製の赤い玉は、なんの躊躇いもなしに勢いよく俺の頭の上に落ちた。

 

 壮絶な痛みに乗じて、俺はほんの少しだけ泣いてみた。
 彼女のいない寂しさと、彼がくれた優しさを素直に受け止めて。

 

 

***


 世界再生はこのテセアラにおいて幾度も繰り返されてきた神の子である、神子が起こす恵みの儀式である。
 天より産み落とされた神子は、人間の器に魂を移し齢16となる年に「世界再生の旅」を通してテセアラに恵みをもたらすとされている。
 現在は今より数百年まえに起きた世界再生により我がテセアラは繁栄を手にし、人々はその恩恵に謝するとともに神子に師事することによって世界と天の繋がりを保っている。
 本書は世界再生と神子についての幾つかの逸話を纏めたものである。

 

 (片手を握ってあげるんじゃなくて、俺とあいつで両手を握ってあげよう。
 故郷で三人、走り回って遊んでいたあの頃みたいに。そしたらきっと寒い寒い冬だって温かいから。

 目が瞬きを繰り返しているのなら、いっぱいいっぱい笑ってあげよう。
 俺に大切な友達がいるように、彼女にも大切な友達がいるのだから。

 

 彼女が戻ってきたときに、彼女の心の拠り所になれるのが、どうか俺でありますように。)

 



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