2012/3/19 Mon 20:10
君に伝えたい言葉(ロイコレ)

 *


「…ごめんね」
 もう何度目になるだろうか。コレットがそうこぼした。ジーニアスの淹れたホットミルクを少しずつ、少しずつ口に含みながら、段々落ち着いてきたのだろうか涙はもう止まっている。
「美味しい?」
 なにか声をかけなくては、とジーニアスが当たり障りのないことを訊いてみた。焚き火をする時間も用意もなかったからマグカップをマナを紡いで作り出した火で直に温めたのだが、熱すぎやしなかっただろうか。
「…ん、だいじょぶ。美味しいよ」
 普段通りとまではいかないにしても柔らかい笑みを見せたコレットに、ジーニアスは良かったと微笑み返した。
「…あのさ」 ジーニアスは姉と今回のことの発端のロイドが入っていったテントを見ながら話を切り出した。 「ロイドがどう考えてあんなふうに言ったのか分からないけどさ、コレットのことを傷つけたくて言ったわけじゃないと思うよ」
「私が悪いんだよ」
 即答だった。涙の跡がついたままの顔がやけに痛々しい。
 彼女と同じように自分が悪いと言うだろうロイドもまた、こんなような悲しい表情をしているのだろうか。お互いのことが大好きで、大好きで、傷つけたくなかったからこその各々の選択が、微妙なズレを生んで、最終的には二人ともが傷ついている。
 当時はきっと、それが最善の選択だと思っていたはずだ。苦しんで、苦しんで、その選択をしたはずなのだ。…二人の傍でずっと一緒だったから、それくらいは察しが着く。
 この二人のことだから大丈夫だろう。きっと天性の天然さとバカさ (決して貶しているわけではない。褒めてもいないが) で本人たちも意識していない間に乗り越えてくれるだろうと軽く見ていたのがいけなかっただろうか。
「…みんなもごめんね。折角の楽しい雰囲気、台無しにしちゃった」
 そう言って俯いたコレットはそれから数時間、一言も言葉を発さなかった。
 まだほんの少し残っているホットミルクの中に落ちていった雫に、やりきれない気持ちを乗せたまま、ジーニアスは小さくごめんねと呟いた。そんな彼の表情も酷く悲しげなものだった。

「―雨だ。雲の形から考えても、こりゃ土砂降りになるよ」

 そう言ったのは誰だったろうか。ほどなくして、雨は激しさを増し、全員が寝床であるテントに退避することになった。
 もちろん、そこにはロイドとリフィルがいる。いつもなら二人仲良く並んで眠りにつくロイドとコレットは、お互いを目につくくらい避け続け、おやすみの挨拶もなしに布団に潜り込んでしまった。


 二人を明るく照らしくれる太陽は、もくもくと厚い雲にまるごと消されてしまったようだった。

 


***


「こ…、こ、コレットがいなくなったぁ!?」

 翌朝、寝ぼすけのロイドが目を覚ましたときにはコレットの布団はもぬけの殻になっていた。
 置手紙は、ない。一番早起きだったしいなが目を覚ましたときには既にテントの中にはいなかったらしい。
 普段は、しいな、リーガル、リフィルと起きだして、その次くらいに起きるコレットがいないので、しいなも不思議に思ったらしいのだが、昨晩、あんなことがあったところだ。寝るに寝付けず、早起きして顔でも洗いに行っているのかもしれないと思ったしいなはことを大きくせず朝食の準備をしていたそうなのだが、そのあと、リフィルが起きてきてもリーガルが起きてくる時間になってもコレットが姿を現さないものだからこれは大変だと思い直し、そのことをリフィルに伝え、まだ夢の中の仲間たちを叩き起こしたらしい。
 悲しいことに最後に起きたのは、今現在コレットが姿を消してしまった原因であろうロイドだった。
 普通に起こしても起きないので、ジーニアスに頼んでスプレッドをお見舞いしてみたものの、それでも目を開かなかったため、結局は氷属性の上級術<アブソリュート>を行使する羽目になった。 (ちなみになぜ氷属性の術を使ったかと言えば、ただ単に起こすのには水をぶっかけるのが一番だと思ったからだ)
「…まあ、おそらく、昨日のあなたの台詞が原因でしょうね」
 オブラートに包むでもなく、どこまでも鋭い言葉に、ロイドの顔が青くなった。ゼロスが、相変わらずクールビューティねえ、なんて冗談めかして口笛を吹いた。
「ね、姉さん…なにもそこまで」
 握った拳を小刻みに震わしたロイドを見て、ジーニアスが姉の服の裾を掴んで言ったが、向けられた瞳は冷たかった。 「なら他に、原因が見当たるかしら?」
 …他に考えられそうなことなどなかった。
 昨日はロイドがあんな風に大声を出すまで終始和やかな雰囲気だったし、それまでも、ロイドとコレットが口を利かないなんて自体は滅多になかった。 (もちろん、コレットが旅の所為で声を失っていた期間はカウントしない) だから、あんなことがあった翌日、コレットがいなくなるなんて、誰にも予測はつかなかった。
 早起きしていたしいなは、自分の所為だと落ち込んでしまっているし、その隣にいるゼロスにもその空気が伝染してきている気がする。
 プレセアはといえば昨晩から、少しロイドを避けるようになっている。彼女はコレットのことを強く慕っているようだったからその加減だろうか。
「―先生っ」
 沈黙が支配していた空間を蹴破ったのは他の誰でもない、ロイドだった。
「俺っ、コレット探してくる!」
 ―そう言ったときには、赤のブーツは既に雨に濡れた地面を蹴り上げていた。

 *

 もう二度と、こんな気持ちを味わいたくないと何度も思った。
 あの笑顔を、温もりを、そして優しさを。もう二度と離したくない、だから俺は強くなって―、強く、あいつを守れるくらい強くなろうってそう誓ったんだ。
 だから、昨日だって、あんな顔をさせたかったわけじゃない。コレットの笑顔が俺は見たかったはずだったんだ。
 ロイドは陽の昇りきっていない薄暗い山に、一目散に駆けていった。彼の大好きな幼馴染の少女を迎えにいくために。


 コレットは、ロイドがイセリアで暮らすようになってから初めてできた友達だった。
 出会ったとき、自分はまだまだ世界のこともなにも知らないお子様で彼女の【神子】という肩書きの意味さえよく分かっていなかった。…それは今でもか。
 もともと草や木や花、雲や川、海など周りにありふれた自然は好きだったけど、世界を大好きだと言い、その世界が沢山の人の笑顔で溢れている今が大好きなのだと、普段の天然さからは予想もつかないほどしっかりとした声で言われたとき、俺はもっと自然が、世界が好きになった。
 難しいことは分からないけど、コレットの言うように世界で沢山の人が笑っていたらいい、そう思えた。その世界で、コレットもずっと笑っていられるのだと信じていた。
 しかし、彼女の肩書きである【神子】は、そんな優しいものではなかった。コレットが、あんなに細い腕で、体で―俺よりも幾分も小さいあの体で、世界の命運を背負い、再生しなければいけないものだった。それだけでも辛いだろうに、実際はもっともっと過酷なものだった。
 
 彼女の 「だいじょぶ」 は、昔からずっと聞き慣れていた。ことあるごとに何度も繰り返されるそれはどれが本物で、どれが嘘なのかいつも一緒にいる俺にだって分からなかった。もしかしたら彼女自身も分かっていなかったのではないかとさえ思う。
 つまずいたって、怪我したって、なにがあっても 「だいじょぶ、だいじょぶ」 無理してるか無理してないか見分けがつかない。
 無理なんてしてほしくなかった。もっともっと俺を頼って欲しかった。泣きたいときは泣けばいいし、罵りたいなら罵ればいい。そうやって、今を少しずつ重ねて、喜びも悲しみも痛みも苦しみも…一緒に分かち合いたかった。―いや、分かち合えるようになりたい。


「―っコレット!」

 昨晩からまともに見ていない彼女の姿が恋しくて、どこにいるのか、無事なのか、泣いているんじゃないかと思うと不安で、不安で。気配もなにもない薄暗い山の中は酷く寂しかった。
 そして、ありったけの想いを込めてロイドは叫んだ。―そう。

「俺は、おまえを―っ」

 

 


 愛してんだ、と。


 
***


 後方でかさりと木の葉が音を立てた。近くの山にこだまする自分の声を聞きながらロイドは勢いよくそちらに振り返った。
 毛先がくるんと丸まった金髪が大木の陰に隠れていくのが目に映る。ロイドはその少女の名を叫んだ。今度は笑顔で。
「―…っあ! コレット!」
 そこから先はよく覚えていない。体が勝手に動いて、ふと気がついたときにはその小さな体を、ぎゅっと強く抱きしめていた。
 体が熱かった。自分があんなことを大声で言った直後であるからであるのは明白だが、鳴り止まない心臓を前にしても、彼女を離そうとは思わなかった。もう、逃がすもんか。手放すもんか。
「俺は…っ、俺はな、コレット」
 真っ赤になったコレットの顔を見つめていると、愛しくて愛しくてたまらない。
 
 コレットのことが好きなんだ。たぶんきっとこれが、愛してるってことで、俺はコレットがたまらなく大好きだ。
 だからコレットが悲しいなら俺も悲しい。コレットが嬉しいなら俺ももっともっと嬉しい。なんでも言っていいんだ。頼っていいんだ。おまえは一人じゃない。俺がいる。みんながいる。
 コレットは誰よりも頑張ってたよ。俺がそれを証明する。誰よりもずっとずーっと世界のことを、みんなのことを思ってたよ。俺がいたからなんかじゃない、コレットは昔から、世界のために、みんなのためにって一生懸命だったじゃないか。だから、だから、俺のおかげだなんて言うなよ。全部、全部、おまえのおかげだよ。
 自分自身のことはいつだって後回しだ。だいじょぶ、だいじょぶって、大丈夫じゃないことまで抱え込んだりするなよ。もういいんだよ。おまえ一人で背負わなくたって。おまえは十分頑張ったよ。
 再生から逃げ出した? そんなわけねえだろ! コレットは今だって世界のために旅を続けてるんだろ? こんな情けない俺の傍にいつだって一緒にいてくれてさ。ほんと…ほんとおまえはお人よしだよ。優しいやつだよ。
 …だからコレット、お願いだ。

「おまえが、幸せになるために、俺への答えを決めて欲しいんだ」

 そうしないとおまえはきっと、俺のために答えてしまうだろ。それじゃなにも変わらない。他人のために、世界のために、自分を犠牲にしたままだ。
 もう、そんな悲しいだけの人生はやめにしてほしい。きっと、新しく生まれ変わるこのコレットの大好きな世界で、コレット自身が幸せになれる人生を歩んで欲しい。そして欲を言えば、一緒に歩みたい。

「…な?」

 先を促すと、耳まで真っ赤にしていたコレットが潤んで真っ赤になった瞳をこちらに向けてきた。
 そのあまりの可愛さに一瞬目がくらんで、なにかが飛んでいくような感覚に襲われたが、なんとか持ちこたえた。

「…もう、決まってるよ。それこそ、何年も…何年も、前から」

 うん、コレット。その上目遣い、反則だ。今、確実に飛んだ。さっき持ちこたえたなにかが飛んだ。
 

 

 


「あのね、ロイド。私も、私も…ロイドのことが大好き…。ううん、そだね、―愛してるよ」

 

 

 今度こそもう、絶対に手放さない。ロイドはそう新たに誓いを立てて、お姫様に誓いのキスを―――した。

 

(今の僕の手には、誇れるものはなにもないけど、君のことだけは、絶対に護るから)
(君のことを信じたくて、信じたくて、不安になる。君に伝えたい言葉を、ずっと、ずっと、探していた)

 

(僕にできるなによりも大切な言葉は)





(愛してる)



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 そして僕にできるコトの歌詞を一部引用させていただいています。



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