MIDNIGHT SYNDROME



【速♀光連載】Raison D'etre Phase:09:岩男
2013.4.12 23:44

守る事が真実か。
関せぬ事が最善か。
果たして、どちらが正しいのか。



―Raison D'être―
Phase:09 【飲み込まれた真実】



「損壊個所は左腕部タイムストッパーの強制切断、右脚部バランサー全壊にシャフトの歪曲。左レンズアイに亀裂、視界不良。それから胸部装甲と外郭崩壊…か」
「人工皮膚も殆ど損壊している。これではしばらくは戦線には出せんな…」

第六ラボ、リペアポッド前。
六番機フラッシュの損壊状況を閲覧しながら長兄機メタルと次兄機エアーは何度目か分からない溜息を吐いた。
二機で任務に出かけ、帰還した矢先に飛び込んできた緊急アラート。第三居住区内でクイックとフラッシュが戦闘していると知り、慌て駆けつけた時には惨劇の後が拡がっていた。
タイムストッパーを無理矢理引き千切られ、メインコアシステムも引きずり出された常軌を逸する姿にされた妹機。そこに覆い被さるように機能停止して倒れている四番機。外部損傷は全く見られないが呼びかけに僅かも反応しないところから、クイックの機体内に異常が発生したのだろう。
原因不明の狂気染みた光景に二機は思わず思考を止めてしまったほどだ。

「ああ…こんな事になるとは…」
「メタル。過ぎた事を嘆いても何も始まらない」
「分かっている。だがな…兄弟機同士でここまでするとは思わなかったんだ。確かにクイックは…フラッシュに対して良い感情を持っていなかった。俺もそれに気付いていた。気付いていたが…」

まさかここまでするとは。
メタルの言葉はそこで途絶えた。
特殊武器の相性上、多少の衝突は出るだろうと考えてはいた。自分達ナンバーズに弱点関係が用いられているのは、個々に突出しすぎる力を制御し合う為にと思っていたからだ。
人間嫌いの父が敢えて自分達に模したのは人間に近しい姿で。ただ、戦闘用として完成させるなら“ココロ”すら与える必要なんて無かった筈だ。
それを与えられたのにはきっと意味がある。ただの機械人形にならない為に。悩み、迷い、傷付き、成長して更なる強さを手にする為に。

「…兄弟機とは言えども、俺達には個々の意思がある。クイックは…きっと俺達には無い、別の考えを有していたんだろう」
「そうだとしても!どうして…どうして、こんな…」
「メタル。この事態は決して想定外上にあったものではない。確率としてフラッシュが起動する前から浮上していた。…到底発現しえないパーセンテージではあったがな。
俺達も甘んじていたのだ。
『同胞殺しなんて、する訳が無い』
確信を持つには程遠い感情論の上で、な…」

クイックだけを責められまい。己らもまた、別の意味で加害者になるのだから。
エアーはそう言い切ると、リペアポッドから覗く妹機の顔を見つめる。
白い肌によく映えると思っていた紫水晶は取り外され、代わりに底の見えない闇がこちらを静かに見つめ返している。

恨むだろうか。甘えに慢心しすぎた兄達を。
憎むだろうか。自分を壊そうとした四兄機を。
責めるだろうか。壊されてしまった自分自身を。

「フラッシュ…お前はお前だ。だからどうか…己を見失うな。お前は何も、悪くはないのだから…」

届かない言葉が発せられる泡音にかき消される。
そう願う言葉が無意味だと、嘲笑うように。

「どうじゃ、こっちは」
「博士!」

聞き慣れた主の声に二機が視線を巡らせると、ワイリーの姿があった。
彼は別フロアに設置してある独房に強制収容されたクイックに対して尋問を行っていた。三時間にも及ぶ尋問は難航を極めた筈だが、彼の顔に疲弊の色は無く、強い意志を秘めた双眸でリペアポッドを見据えながらし二人の傍に歩いてくる。

「博士、お疲れ様です。今、お茶でも…」
「いいや、構わんよメタル。儂はもうひとふんばりせねばならんからな」
「で、でしたら尚の事!一度休憩を取って下さい!!」
「何を言う。そんな暇があるなら、早急に“娘”を元に戻してやらんと」

ワイリーは肩をぐるりと回しながら、フラッシュの修理に必要な部品や機材を次々と準備していく。使い慣れたコンソールを操作し、設計図や破損個所のイメージを呼び出しつつ、彼女の修理工程を構築する動きには迷いは見られない。

「あの…博士?クイックは何と……?」
「知らん」
「え?」
「知らんと言っておる。黙秘を決め込んでおってな。変な所で意地を張る…流石、儂の“息子”なだけはあるわい」

尋問の結果を尋ねてみるものの、見当違いどころか斜め上を行く発言を返されたメタルは自身の聴覚器を、視覚機能を疑った。
クイックが起こした事は然程重大でも何でもないと言わんばかりの態度をするワイリーに、珍しくエアーも声を荒げ、問いただす。


「博士!真面目に仰っているのですか?動機が分からなければ今後の対処法はどうされるのです」
「儂はいつだって真面目じゃわい。ああ、あやつにはしばらく謹慎を命じてきた。一ヶ月ぐらい任務から外れるからそのつもりでな。それだけ時間をやれば少しは反省するじゃろうて」
「ちょ、ちょっと待って下さい博士!」
「そんな…三時間も何を尋問していたんですか!」
「あー、うるさいのー。喚く体力があるなら手伝ってくれんか。手が足りんわい」
「「博士!」」

雑過ぎる処罰の内容に明かされないクイックの破壊犯行動機。
真意を知っているとしても、飄々とした態度で語ろうとしない父の背に二機は更に反論を投げ返す。しかし、父はそれをまともに取り合わずに修理作業を始めてしまった。

「いいんじゃよ、これで。儂はお前さんたちの“ココロ”に関しては柔に作った覚えはないんでな」

兄弟喧嘩は大いに結構。
むしろ、存分にやればよい。ぶつかって、ぶつかり続けて、そこで初めて気付く事は世の中、無数に転がってる。

「クイックとフラッシュは特殊武器や戦闘スタイルが真逆じゃし、何より男性型と女性型の思考ロジックの相違もある。
兄弟だからと言って、必ずしも仲違いをしないとは言えんしな」
「クイックがまた同じ過ちを繰り返すかもしれないんですよ!?」
「それはどうかのぅ…」

珍しく感情的に訴えるメタルとエアーを尻目にワイリーはかっかっと意味ありげに笑って見せた。
全く意図の読めない父の態度と明るみに出ないクイックの感情。
二機は圧し掛かる難題にもう一度、内心深く溜息を吐いた。





目に見える事が全て正しいとは限らない。





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正しいかどうかは、その個人の自論に左右される為に永久に分からない事だと思います。
大衆心理が勝るか。それとも少数論理が覆すか。

議論は必要。喧嘩も必要。
果たしてワイリーの対処が正しいのか。メタルとエアーの意見が正当なのか。





 km op 


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