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「あ、マルー! 見えてきたよー!」


――ファトバル・シティ「港」

「すいませーーーん! その船、乗せてくださーーーい!」


マルー達サイクロンズは、リッキー率いるシャイニングシャークズが居るという「ミナムーン・ネイト」へ向かう船へと、ただひたすらに走り続けていた。

出港まで一刻の猶予もない中、速度が上がらない者が一人。


「ちょっと皆! 走るの、速いんですけど!」

魔法使いのリンゴである。既に息は切れ切れだ。

「急がねぇと置いていくぞ!」

「分かってるわよ! でももう、限界!」

船は目と鼻の先にあるのだが、リンゴはついに足を止めてしまった。
ボールも思わず走るのを止め、リンゴの元へ戻る。

「困るぜ、ここで止まられちゃあ。船へ乗るのに間に合わねぇぞ」

「でもあたし走れない!」

「そんな事言う暇があるなら走れ!」

「無理なものは無理ーっ!」

「お前なぁ――!」

駄々をこね始めたリンゴに目を向けられないボールだったが。

「ここは私に任せて下さい」

ボールの肩を軽く叩きながらこう言ったのはアスカだった。


「どうするんだよ、こいつ」

「私が何とかします。あなたはマルーさんとリュウさんに続いて下さい」

少し間が空いたが、ボールは「頼んだぞ!」とアスカに伝え、先を急いだ。


「……あたしをどうするつもり?」

「まずは立っていただけますか? そのくらいはできますよね」

「っ、できるわよそのくらい!」

「では早くしてください時間がないんです」

「はーい立ちますー」

言い切ったリンゴは、よいしょと足裏を地面に付け、亀が歩くよりもゆっくりと、背筋を伸ばしてみせた。


「さてと。次はど――きゃっやっ!?」

リンゴの前から股に片腕を通したアスカはそのまま、リンゴの右脚を持ち上げる!
アスカはリンゴを、首にマフラーを垂らすような要領で容易く背負ったのだった。


「何よこの変な体勢! 下ろしなさいアスカ!」

「いいえ、下ろしません」

「下 ろ し な さ い――って! ちょっと聞いてるの!?」

アスカはリンゴの訴えを無視して走り出した。その勢いは短距離走並みで、しかもどんどんと速度が増してゆく!

そして、大きくかがんだアスカは足で地面を突き放した!


「ひとっ飛びでいきますから」

「ひとっ飛びって! もうこれ飛んでるじゃない!」

リンゴを背負ったアスカは宙で、足下にいるマルー達を抜かし、船を捉えた。


「今から船に乗ります」

「――ってことわああぁいやぁぁぁあああああ落ちるってことじゃなああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーいっ!!」


甲高い悲鳴と共に、二人は船へ着地!
アスカは流れるようなおじぎでリンゴを船に下ろした。

「ああ! もぅ嫌! こんな怖い思いをするなら、ちゃんと走れば良かったわ……」

「気に入らなかったようですね――」

「誰が気に入るのよこんな方法! ほら、ここの船員さんも驚いているわよ!」

リンゴの隣には、口とまぶたをこれでもかと開き、腰を抜かす船員がいた。
その人を見たアスカは、懐からおもむろに紙幣を出し、手渡そうとする。


「大人5人、これで足りますよね」

「え…………へえ、確かに。でもこれじゃあ多いですよ、今からおつりを――」

「少しお騒がせしてしまったので、迷惑料としてそのままいただいて下さい」

どこが少しなのよ、と言う気にもなれないリンゴのもとに、転がるようにしてマルー達がやって来た。


「……おっし」
「間に合ったよー……」

「すいませんっ……出発しそうなところを、止めてしまって!」

「いやあ、気にしないで下せえ――船長お! 全員乗りましたあー!」

「よおーし錨をあげろー! ミナムーンネイトえー、出航だあー!」




こうして、ファトバル中に高らかな船の汽笛が鳴り響く。
それが止むと、船は緩やかに港を離れ始めた。


「どうやら無事に、出発したみたいだな」

「リンゴもアスカさんも乗っているしー、良かったー」

「良くないわよ! まさかあたしを抱えてここまでひとっ飛びだなんて!」

「えっ!? アスカ、ジャンプだけでここまで来たの!?」

「はい。それが最善策だと」

「どこが最善策よ! あたしに怖い思いをさせておいて!」

「それはお前が駄々をこねたバチだ」

ボールの言葉を聞いてマルーとリュウは小さく苦笑い。リンゴは頬を膨らませていた。そんな四人の様子を見ているアスカは、反応に困っているようだった。


「バチを当てたつもりはないのですが――」

ふと辺りを見回してみると、腕っぷしの良さそうな男達が、アスカにじりじりと近付いて来ていた。男達が一歩前進するごとに、アスカは片足を少し後ろへ引いた。


「どうしたのよア――っ、ちょっと、なんなのよあんた達は!」


「それはこっちの台詞だ!」
「派手に乗り込んできたくせに……」
「生意気なんだよお」


「何だか関わらないほうが良さそうね――」

後退しようとしたリンゴだったが、その先にも男達はいた。
気が付くとサイクロンズは、十数人の男達に囲まれてしまったのだ。


「アスカ、何とかしなさいよっ」

「どうしてですか?」

「アスカがさっきやったことで文句を言ってるのよ? だからここはアスカが謝りなさいっ」

「……そうですね。確かに出航を遅らせてしまったことは私の責任です。申し訳ございません。ですが、私達には理由があったんです。この時間に乗らなくてはいけない理由が」


「謝って理由を言えば良いと思ってんのか?」
「大人ぶりやがって……」
「生意気なんだよお!」


「ちょっと! さっきよりも怒っているじゃない! どうするのよアスカ!」

「これは、そうですね――」

するとアスカはおもむろに腰を落とし、拳を構える。


「まさか戦うつもり!?」

「話を聞いてくれなさそうですから、仕方がありません」

「気は進まねぇが、アスカの言うとおりだな」
「僕もそう思うー」

「やめて三人共! ここはなるべく穏便に済ませましょう!」

「リンゴ。私の後ろにいて。こうなったらアスカの言うとおりこの人達を倒して――」

「マルーまで……!」

「大丈夫。リンゴに手出しはさせないようにするから」


男達と四人の戦端が開かれようとした時!

「 ちょっと待ちな! 」


突如聞こえた女性の声に誰もが振り向いた。そして、男達全員の顔がその場で青ざめたのだ。


「大の大人がガキに寄ってたかって……恥ずかしいとは思わないのか!?」

「し、しかし――」

「づべこべ言わない! ムカつくならミナムーンの闘技場でうっぷん晴らせば良いだろう! それとも何だ? 今この場で私とやるか?」

身の丈に合わない斧を前に構え、男達を見据えた。その場の誰よりも威厳を放つ女性から、男達は少しずつ離れていく……。


「お、お前らズラかるぞ!」
「ここは仕方がない……」
「覚えていろよお!」


アスカに突っかかってきた腕自慢の男達もあっけなく去っていく。
その様子を見た女性は、斧の束を両肩に背負い、張りつめた気を口から吐き出した。

リンゴは尻から地べたに座り込み、ぐったりした様子だ。


「ありがとうございます! 助かりました!」

「いいってことよ! 顔見知りがいたし、ねっ!」

女性はアスカに向けてウインクをしている。その光景を四人は不思議そうに眺めた……。








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