イーピン→風


夏も過ぎ少しだけ凶暴さを欠いた日差しが照りつける中、少女はひとり立っていた。無造作に置かれた大きな石が、彼女と彼女の師の絶えてしまった縁を繋ぐ場所であることを示している。少女は両手に抱えきれない程の花を抱え、黙ったまま石の前に立ち尽くしていた。時折口を開くが、声を発する前に再び閉ざす。その繰り返しをしばらく続けた後、少女は俯いていた顔を上げた。

「師匠、」

零れた声は鈴の音のように空気を震わせる。少女は開いた口をまた噤み、抱えた花を石の前に置いた。墓石と呼ぶにはあまりに簡素なそれの下に師匠の肉体の欠片も存在していないことを少女は知らないわけではなかった。ここで告げることが師匠に届くかどうかも知らぬまま、少女は迷っていた。けれど師匠との接点を喪ってしまった少女にとってここが唯一の接点であった。幼い頃と同じように気紛れに吹いた風が少女の長い二本の三つ編みを揺らす。それに後押しされるように瞳に涙を堪えたまま石の前に座り込んだ。捧げた花を左手の指先で触れた少女の瞳から零れ落ちた涙が石を濡らす。濡れた石に映る自分の顔を見つめながら、少女は意を決したように言葉を絞り出した。

「今日は、さようならを、」

告げに来ました。過去と決別しなければ弱い自分は先へ進めないのです。だからどうか、許してください。力を振るうことを、兵器の力に頼ることを、あなたの仇を討つことを!
少女の声は震えていて、傍から見れば傷ましいだけであったがここには姿ある存在は少女しかいなかった。師が少女の隣にいたならば私怨に駆られずに己の人生を歩みなさいとあの優しい声で告げてくれただろう。それを知りながら、少女は告白を選んだ。ただ一言、嘘でもいい。いってらっしゃい。全力を賭して後悔だけはしないようになさい。そんな都合の良い、温かい言葉が欲しかった。








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