ヴェルデとアリア


※虹捏造



カツカツカツカツ。騒々しい音の正体は階段を上っている靴音だろう。今自分のいる研究に使っている部屋は人がよりつかないようなボロアパートの最上階にある一室で、二機あるエレベーターの内ひとつは壊れて動かない。辛うじて奇妙な音を立てて動いていたもう一機も最近何時壊れてもおかしくはなく、確か今日あたりになけなしのメンテナンスを行うはずだった。こんな日に客は訪れまいと研究に没頭していたのだがそうもいかないらしい。階段のせいかまたは違う理由か、怒りを孕んだ足音が部屋の側でぴたりと止んだと思ったのも束の間、扉を荒々しく叩く音がした。
私はこの部屋に一つしかないテーブルに座って古い文献を読みながら匣の設計をしていた。今書いている匣についてまとめてしまおうとノックの音を無視してペンを動かしているとガチャガチャと鍵を開けようとする音、更にはバキンとあまり嬉しくない破壊音がした。


「いらっしゃいアリア。住居侵入及び器物破損は犯罪ですよ」
「いらっしゃいじゃないわ!」


怒りを隠すこともせずに喚くアリアの声は喧しく眉根を顰める。それが彼女の怒りという火に油を注いだようだ。「居るなら最初から出てきなさい!」ペンを止めずに設計図に書き足しながら、私が本当にいなかったらどうするつもりだったのかとも思ったが彼女の特殊な勘によって確信していたのだと結論付けた。黙ったままの私から書いていた設計図を取り上げ怒りを呑みこんだアリアが問う。


「なんのつもりで匣を」
「今更それを言いますか」
「はぐらかさないで頂戴」
「はぐらかすなんて人聞きの悪い」
「ヴェルデ!」
「そんなに大声をあげなくても聞こえていますよ。耳は悪くない」


別の紙にメモの残りを走り書きしてペンのキャップをしめる。「とりあえず座ってください」と部屋に一つしかない椅子を勧めると彼女は怒り半分呆れ半分のない混ぜになった表情を浮かべ「話すつもりはないのね」と諦めたように呟きを零した。おそらく話をしても平行線だろうということは私も彼女も気付いている。気づいていながらも彼女は納得を出来ずに話をしににきたのだろう。流石はあのルーチェの娘、勇敢さは彼女譲りだ。譲りというのも呪い児に可笑しな表現ではあるがともかく賢い選択とは呼べないがその勇気を讃えよう。テーブルの上に置いてある匣の一つを手に取る。彼女の部下には雷属の男がいた筈だから丁度良い。実験体になってもらおうか。


「お詫びとはいきませんが、これをあなたの騎士に。きっと役に立ちますよ」



黒い箱に眠る力

 







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