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epilogue





バイトをしてたら
スグルさんが
やってきた


アタシは
思わず
あっと声を上げた

途端に
呼吸が
出来なくなった


スグルさんは
軽く笑ってた



生きてたの??



やっとのことで
声を絞り出すと
スグルさんは
笑いながら

「都内で生きてましたょぉ〜。この店にも久しぶりに来ました」


相変わらず
独特な
喋り方で
話してくれた


会計をしながら
まだドキドキしてた


一年前の今日

アタシはもう
ゆうじクンと
付き合っていた


スグルさんには
別れを告げていた


自然消滅みたいだった


だけど
スグルさんといた
3ヶ月は
ものすごく濃くて
ものすごく長くて
スグルさんに
出逢ってなければ
アタシはゆうじクンに
飛び込めなかった



「まゆみちゃんも就職ですねぇ」

スグルさんが
溜め息みたいに
呟いた


まだギリギリ
学生ですょ


そう応えると
スグルさんは
またちょっと笑った

なんだか今日のスグルさんは
疲れてなくて
笑ってばかりな気がした

相変わらず
体の線は細くて
お洒落で
カッコ良かった


一回うちのバイト先で
一番カッコイイ男の子の
話題になったとき
スグルさんは
わざわざうちの店に
やってきて
「アイツ、カッコイイの??オレのが断然カッコ良くない??」
と聞いてきた


しかもそれが
全然嫌味ぢゃなかったから余計思い出したのかもしれない



「まゆみちゃん、今度奢ってあげるょ」

スグルさんが
ニヤニヤしながら
言った


ありがとう

何とも言えなくて
半ば戸惑いながら
そう答えた


すると
スグルさんは
眉をひそめて

「奢れ“たら”ね。お休みが合えば、ですけどー」

と念を押した


アタシは
一瞬
泡を食った


次の瞬間
胸の奥が苦しくなって
泣きそうになった


スグルさんは
ばいばい
と手を振ると
店を出て行った


なんで
泣きそうになったのか
アタシには
わからなかった

未練とか
気持ちが
残ってるとか
そんなんぢゃないことは
確かだけど…



また会いたいな


多分また
会えるだろうな

スグルさんのことだから

もう 大丈夫

朝教習所へ行ってきた


今日の教官は
若いお兄さんで
背の高い
スマートな人だった

笑顔が素敵で
ちょっとカッコ良くて
ドキドキした


初対面にも関わらず
アタシは
ナベちゃん、と呼ばれた


教官は
車に乗り込むと
「ナベちゃん、寺尾に住んでるの??」
と世間話をしてきた


運転はもちろん
話もリードしてくれて
さっぱりしてて
男らしい人だった


「お前はホントに右に寄るのが好きだな」
と、豪快に笑われたり
「見ろょ、河原でバス釣りしてる人がいるぜ」
と、教習中にも関わらず
アタシの気を緩めるために
別の話題を持ち掛けてくれた


なぜかふと
教官がゆうじクンと
ダブった

ルックスも
性格も
全然違うのに
ゆうじクンと
いるみたいだった


カーブがうまく
曲がれずにいると
教官がひとつ提案してきた

「アクセル思いっ切り踏んでブレーキかけずに曲がってみな」

それを聞いて
冷や汗が出た

そんなことして
事故ったら
アタシどころか
教官まで巻き沿い食う


だけど
教官の提案に
逆らうことは出来ないので
言われたように
やってみた

どんなに
アクセルを踏み込んでも教官は
「もっと、もっと上げてみな」
と促した

速度がぐんぐんあがって
アタシは小さく
悲鳴みたいな声を漏らした

でも教官は
隣りで笑って
「大丈夫、大丈夫。俺がいるから」
と言った

(実際、教官の足下には
教官用のブレーキがついている)

カーブまで来たとき
ほとんど無意識に
ハンドルを回していた


車は綺麗に
カーブを曲がった


アタシは目を見開いていた

今まで
あんなに
不自然に曲がっていたカーブを
自分が綺麗に曲がれたなんて信じられなかった


「ほら、綺麗に曲がれたぢゃん。良くできました」

教官はそう言って
褒めてくれた


アタシは
思った



ゆうじクンと
一緒にいるときも
これと同じことが
たくさん起きてる


苦手な料理も
続かなかったダイエットも
出なかった音域のライブも
ひとりぢゃ出来なかったことはみんなゆうじクンとやって
そのたびに
出来てきた


例えるなら
アタシは雨カエルで
ゆうじクンは
水槽だと思う



大きな水槽の中で
のびのび
泳がせてくれる


溺れたときは
何にも言わずに
すくい上げてくれて
また水の中に
戻してくれる


なんで泳げないんだ
なんで泳いでいるんだ


そんな愚痴も言わず
黙ってアタシが
泳いでいるのを
見守ってくれる



だから
ダブったんだな
と教官の横顔を見ながら思った

僕の我慢がいつか実を結び

鍵つきです。 パスは拍手にて載せてます

だからお願いボクの側にいてくれないか

酔っ払って帰ってきて
ゆうじクンと
ベッドに
横になっているとき
ふと思いついて
口にしていた



アタシって幸せ者だょ

こんな酔っ払ってるのに
鍵あけといてくれて
その上
スウェットまで貸してくれて
ベッドに寝かしてくれて
ゆうじクンに抱っこしてもらえて
ちゅーしてもらえて

そこらへん
探し回ったって
アタシほど
幸せな子はいないょ

この一年
ずっとアタシは幸せ者



酔っ払っていて
やや早口に
まくしたてた


ゆうじクンは
じっとそれを
聞いていた

ゆうじクンの
大きな黒い瞳に
アタシの顔が
写り込んでいた




「お互いさまでしょ」


ゆうじクンが
ポツリと呟いた

アタシは
聞き逃しそうになって
ゆうじクンの言葉の後も耳を澄ませてしまった


「まぁそれに心配だしね。こんな時間に危ないでしょ」

ゆうじクンが
普通の調子でそう言った






「うっちーの彼女、可愛い疑惑が立ってるんだけど」

タンポンを
装着して
トイレから出てきたアタシに
ゆうじクンが
ニヤニヤしながら言った

「学部のヤツがオレとまゆがいたところを見たらしいんだ。あのちっちゃい子が彼女??って。」

アタシは
動悸がした


可愛いだなんて
言われ慣れない


どうせ違う子ぢゃない??

拗ねたように
照れたように
アタシが言うと
ゆうじクンが
首をひねった


「いやいや、まゆだょ。ヨシトぢゃもっとでかいしなー」


そう言って
顎の下に
手を置いて
いかにも考えてる風にした


アタシは
動悸が
止まらなかった


だけど
単純に
嬉しかった


それでゆうじクンの
評価が上がるなら
アタシはもっともっと
努力したい


もっともっと
綺麗になりたいし
もっともっと
可愛くなりたい


魔法が使えたらいいのに

アタシは
何も言わずに
ひとりでそれを
考えた

酢酸

思えばゆうじクンは
いつでもアタシに
逃げ道を用意してくれてる

今日だって
学校に鍵を持っていってしまえば
モラルのあるアタシは
外に出ることが
出来ない


それをしないで
鍵を置いていってくれたのは
優しさの反面
それなりの余裕なのかもしれない



ゆうじクンのために
カボチャの甘煮と
豚肉の生姜焼きもどきを
作ってみた


ご飯も炊いて
準備しようと
していたところに
ゆうじクンが
帰ってきた


時計を見ると
18時ちょっと過ぎで
18時くらいかも
と言っていたから
正確だな
と感心してしまった


腹減ったー
と呻くゆうじクンに
出来てますょ
と言った


この瞬間が
たまらなく
快感だった


ゆうじクンのお皿に
多めによそった

カボチャが
ちょっと
柔らか過ぎる以外は
両方とも成功していた


ゆうじクンは
またも
美味しいとは
言ってくれなかったけど
パクパク口に運んでくれていた


「まゆ、どんどん料理うまくなってくな」

ゆうじクンが
食べながら
言った


途端に嬉しくなった


アタシを
認めてくれるんだ
と思うと
言いようの無い
快感が溢れてくる


アタシは
自分の分を食べながら
ゆうじクンを眺めた


もし
アタシが最初から
料理が出来ていたら
ゆうじクンに
こんなこと
言ってもらえなかったかもしれない


もっと美味いもの作れよ
とか
なんで出来ないんだょ
って言わないでいてくれたゆうじクンとだからこそ
得られた瞬間かもしれない


そう思うと
いまこの一瞬が
たまらなく愛しく感じた


アタシは
ゆうじクンの
においを嗅ぎたいのを
ぐっと我慢しながら
ご飯を口に押し込んだ
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