堕 楽

2012/11/04 15:23 :SH
ツイッターSSログまとめ

相変わらずなかんじ




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【スコミシャ】
乱暴に突き飛ばされ、床に腰と背中を打ち付ける。後ろ手に縛られた腕がせめて自由になれば、もう少しマシだっただろうに。「好きにして構わん。どうせ明日には死ぬ身だ」深い深い夜が、ヒトを獣に堕とす。こちらを見つめる幾対もの瞳に、アルテミシアはぞくりとした。
本能から来る恐怖だと気付いて、無理矢理それを振り払う。これからされることは容易に想像がついた。僅か乱れた衣服の隙間から滑り込む掌、欲情の匂い。そんな男達の向こう、ひとり背を向けた声をアルテミシアは知っている。紅い、蠍。許可ひとつ残して、彼は何処かへ去っていく。
こんなところで踏みにじられるような安い花ではない。(汚された身体で、消えかけの焔で、私は貴方に微笑もう) スコルピウス。星が運命を教えたように、彼もまた過去と未来を知っている。憎しみ合い殺し合う輪廻の物語がが、忌むべき紅い血によって繋がることを。
夜の終わりに、名を呼びたい。縋るつもりは無いけれど、一言だけ話をしたい。捨てたはずの情の隙間を永遠に変えて、アルテミシアはスコルピウスを死へと誘う。唯いまは、暴力に似た情欲に身を委ねるだけ。来ないはずの朝を、待とう。 「ねぇ、兄様、」


【イドルキ】
「君は……天使なのかい?」初めて会った人間に言う台詞じゃないなと思ったけれど、この背から生えた羽は確かに似ているかもしれない。「違うよ」ありのままに事実を伝える。すると君はにこりと、微笑んだ。「良かった。もしそうなら私は君を殺してしまうところだったよ」
知れば知るほど。近付けば、近付くほど。その瞳がこちらを、見れば見るほど。「私は君が好きだよ、ルキウス」「、」「その忌ま忌ましい羽さえ無ければ、いつまでも眺めていたいくらい」あぁ、そうか。薄い唇が歪む。堕としてしまえばもう、君を愛することが出来るね――と。


【メルテレゼ】
悲劇を語るピアノの音色。ゆらり燭台から立ち上る陽炎、青白い屍体の肌。「メル、私がわからないの……メル!」悲鳴のような声を塞ぐのはくちづけ、扼殺するように抱きしめる衝動の腕(かいな)。「まさか」唇を濡らす唾液ごと吐き捨てるような屍揮者の声に、懐かしさを覚えたのも刹那。
あなたは、誰。繰り返す童話が産んだ歪みは、キャストを鮮やかに入れ替える。例えば、聖女と賢女。「メル……」そして例えば、屍揮者と策者。あなたは誰、わたしは――誰? 「ひとつ確かなことがあるなら、私達は愛し合っているということだよ」にやりと笑う【イド】の残響。巡る夜のかたち。
かくして喜劇の調べは名前を変え、永劫騙り継がれる。約束されし無慈悲な朝は、まだ、来ない。
"エリーゼ、或いはテレーゼのために"


【童話と衝動】
グロリア、この暗黒の時代に栄光あれ。たとえ万人が忘れ、黒い【モリ】が総てを飲み込んだとしても――唄と童話は、君達の中に在り続ける。 (屍揮者は優雅に一礼をし、喝采の中グランギニョルの幕は下りる。かくして幻想と虚構の【イド】は、頁の外側へ →)


【メルリゼ?メルテレゼ?】
屍揮者は井戸の中でふと目を覚ます。水の音。深い闇に切り取られた空、照らすのは月明かり。そうして辺りを見回して、あの少女人形の姿がないことに気付いた。「……エリーゼ?エリーゼ、エリーゼ!?」あるはずのものがない、という不安が彼の心を乱す。
彼女がいなくなったら、どうすればいい。名を呼んでくれた、此処にいる意味をくれた。「エリーゼ……」「、メル?」不意にしたのは聞き慣れない声。驚いて振り返った屍体の双眸が映すのは、サファイアの蒼。「メル!」闇に溶けるような、闇から生まれたような、女の姿がそこにあった。
「だ、れ」白い肌。不気味なほどうつくしい蒼を、一瞬だけ知っている気がして。「メル、メル。私よ、―――――」ガガガガガザザザザザザギリリリリバリバリバリ。鼓膜を突き破るようなノイズと酷い頭痛に苛まれ、屍揮者はその場にくずおれた。知らない知らない、思い出してはいけない!
「来るな来るな来るなやめろやめろヤメロヤメロ、私は、お前など、知らない!」――ブツッ。無理矢理縄を断ち切るような、人体を引き裂くような鈍い音がして、井戸の中は静寂と暗闇に再び鎖された。本来いりもしないはずの粗い呼吸だけが、夜を揺らしている。あれは、あれは、誰だ。
いや、考えるのはよそう。これでいい、これでよかったんだ。私が探しているのはあんな女では、なくて。「エリーゼ…エリーゼ?テレーゼ?え?あ、っ?」あんな女ではなくて、誰だというのだろう。彼女は、私は、誰を、何が、どうして――。見上げた夜空はサファイア色で、答えなど、くれなかった。


【かわいそうなイドルさんの話】
嗚呼、風が吹く。イヴェールは手にしていた本をぱたりと閉じた。「……そう。君は此方じゃなくて、彼方を選ぶんだね」すぅと見つめたエメラルドの瞳に灯るつよい意志。きっともう彼は迷わないのだろうなと、口に出さずに考えた。航海士として、ひとりの男として。
「私はもう、此処には居られない。人の紡ぐ歴史の美しさを、果てなく広がる世界の鮮やかさを……知ってしまった」だから。と、イドルフリートは笑う。イヴェールは特にそれ以上何かを言うつもりは無かった。彼が去ってしまうことが残念ではないと言えば嘘になるけれど、その背を引き留めるのは
黄昏に囚われた冬の天秤には、出過ぎた真似でしかなかった。「……オールヴォワール、我等が地平の同胞よ」持っていた本を机に置き、代わりにティーカップを手にする。扉の開く音も閉まる軋みも無いまま、ただイドルフリートは姿を消す。この王国の、外側へ。遥か地平線の、向こうへ。
門は決して反対側からは開かない。楽園への道標は残されていない。そして我等の神は、彼を赦すことなどないのだろう。それでもイヴェールは、止めなかった。「……かわいそうな、ひと」左目の紅が暗く沈み、黒い表紙の古書を映す。――頁の外側に物語など無いと、知らないわけもなかったろうに。



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