堕 楽

2012/07/03 10:00 :オリジナル
ツイッターSSログまとめ10

オリジナルやCP指定のないもの




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ガタン、ガタンと電車が揺れる。人のいない座席に、差し込む微かな月明かりとネオンサイン。その隅っこでふたりきり、寝たふりをして寄り添うことも、今なら許されるだろうか。「なあに」優しく髪を撫でる掌に甘えたくなるのは、疲れているからだろうか。ガタン、ガタン。終点まで、あと少し。


「もしもひとつだけ此の世界に、言葉を遺して死ねるなら」音楽と共に在った人生を、如何に唄へと変えようか。なんて難しくて残酷な質問。「……君の名前は、呼ばないよ」愛を至上とするなら尚更のこと、消えゆくものに誰も囚われないように。誰も堕ちることのないように。(例え君がそれを望んでも)


嗚呼折角手に入れたのに。掴めたと思っていたのに。独り占め出来た気になっていたのに。「どうしたの?」優しく問い掛ける壊れた瞳の君を見つめるだけで、激情が溢れそうになる。なんで。どうして。夜は明けて朝が来る。そんな当たり前のことが、もうこんなにも辛い。「夢の中の君は、笑ってたんだ」


「声を、聞かせて。」近付けた顔。薄い身体。綺麗に飾られた姿も、それはそれで魅力的なのだけど。「どういうこと?」だけど僕が欲しいのは、その下に潜むホントの君。硝子の棺の姫みたいな嘘じゃなくて、もっと剥き出しの感情を。偽りじゃない、言葉を。「泣いて喚いて叫んで嗄れた声を、聞かせて。」


暗く鎖された部屋が好き。そう言ったら君は、困ったように笑った。「君の姿が、見えないよ」それがいいのに、と言ってもきっと分かってくれないね。誰からも見えない僕。空気のように透明で静かな僕。「寂しくないの」「寂しくないよ」喪う恐怖に比べたら、最初からなにもないほうが、ずっと。


ぐしゃり、白い掌が握り潰した花の名前を呼ぶ。はらり落ちて、踏みつける黒いブーツの爪先に覚える感情の正体は。「これでやっと、二人きりだね」目を伏せて笑う道化のような朱い唇。紡がれる言葉も、同じように落ちていくだけ。風に吹かれて、飛んでいく。後に残るのは、囚われの僕等だけ。
(モノクロワールド・ワンダーランド)(さぁその手を今すぐ取って、)


ぽつ、ぽつりと落ちてくる雫。「…雨だね」ふと空を見上げる君の横顔が、泣いているように見えて。「すぐ強くなるよ」「うん、でももう少しだけ」灰色の雲の、何が面白いのだろう。僕は黙って傘を差す。ぼたぼたと、ビニールにぶつかる水の音。まるで雨が自らを洗い流すのを待つように、君は動かない。
(僕は傘を差したまま)(この罪を洗い流すと、君まで消えてしまいそうだから)


なにもない空虚を永遠と呼ぶなら、そんなもの要らないと君は笑う。「重ねた空虚がいつか形を持つとしても?」「愚問だね、重ねずとも僕と君は此処にいるのに」盲目に信じた現実はいつか幻想すらも裏切ると、知らないまま。涼しい顔の君を抱きしめて、僕は瞼を閉じた。「なら、さよならは――言わない」






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