パンケーキ


マエノスベテ14
2022.8.23 22:26
話題:創作小説
estar.jpより。



100
 まぁ中に入れば? と言われお言葉に甘えることにした。
玄関は相変わらずの、なんというか、この国の玄関らしい玄関だった。
木の、一枚板みたいなのが、縦になったやつや、シーサーやらが、隅に飾られている。
「コーヒー飲む?」
と聞かれぼくは苦笑いした。他人からコーヒーと漬け物を薦められたときには、注意が必要だと、昼間学んだばかりである。
「お気遣いなく……」

うっかり頷いて私は喫茶店じゃないわよ!
なんて言われては、かなわない。思えば、この家のなかに入るのは随分と久しぶりだった。
彼はというと、遠慮を知らないのか、それともぼくの事情を知らないのかごく普通に「ありがとうございまーす」なんて言っていたし、おばさんは結局、自身を喫茶店と見なしたとは考えなかった様子である。
ほっとしながら、リビングへと通される。ちなみに「ゆっくりしていけばいいのに」も信じていない。
この辺は、田舎だが、都会の喧騒に疲れた中年くらいの他県の大人がすんでたりするので、いつ誰が何語で話しているかはわからないもので、コミュニケーションには気を遣わねばならない。先週駅前ですれ違ったインド人と、やけに気さくなイタリア人は例外として……
会話と文化はまだ、同じ日本人としては疎通をはかれる望みがある。

 などと一人物思いに耽っている間に、おばさんによってカップに入ったコーヒーが運ばれてきた。なんだかんだでぼくのぶんも置いてある。

「……いただきます」

隣に座る彼はじつに毅然としていた。好かれようが嫌われようがあまり気にしないやつなのだ。今のところ、このおばさんがどこから来たのかはぼくは知らなかった。彼がかつて「僕が思うに城下町のやつはどの田舎でも大体性格が悪いと思う、ま、性格なんか別に興味ないからいいかな」なんて嘘だかほんとだかわからないことを言っていたから、もしかしてそのあたりだろうか。
 真相は謎だがプライドっていうか、いろいろとそう見える要素は否定できないよななんて思いつつ、結局この街は、何人が地元民なんだろうとごちゃごちゃ考えているぼくとは違い、彼は彼女と談笑している。
……おばさんは、お菓子をもってこようとしている。
2019/06/26 13:31






101
      ◆

 まず最初に言っておくことというのは、田中さんとは、付き合ってもないし、会っても居ません。ということです。


――えぇ、お見合い、断りましたよね。
――でも、私には、連絡が来ていたよ? 遊びに行くだの、行っただのとね。
――あぁ、それは、嘘ですよ。
――嘘?
――なんでも、『私の姿を、自分にしか晒したくなかった』
とかで、あの彼と一緒ですね。 
独占欲がありすぎるがゆえに、私は、何一つ自我を持てなかった。

――断っても、一方的にかい?田中さんからはよく聞かされていたのに。
――えぇ。おかしいでしょう、私に愛想どころか、感情なんてものが欠けているのに『楽しむ』が頻発したらおかしい。
――欠けてるねえ、言われてみれば、そうかもしれないね。
それでも恋をすれば楽しく食事したり、遊園地ではしゃいだりするのかと、人は変わると思ったもんだが。
――人は簡単には変わりません。何かするたびに、過去にしばられる、その過去に寄り添うことで、どうにか前を向くようになる。マエノスベテは、私から自我そのものを取り上げました。自我がないと、心は組み立ちません。そして自我は、心よりも厄介な仕組みです。だから今は治しようがないのです。
――嘘、じゃあ、新たに紹介したって良かったわけだね。

――「うそうそ、あなたには田中さんが居るからね!」
とみんなの前で言われたとき、私はどうしようかと焦りました。冗談にしても、冗談じゃない。2019/06/27 09:17


三人と、おばさん。
 まず『彼女』が話したのは、おばさんが田中という人を仲介した後付き合い続けていると思っていたというものについての事後報告だった。
 マエノスベテに傾倒していたウシさんが怒った理由の背景におばさんのおせっかいが絡むだろうということは、あそこまでのことがあれば誰でも推測がつくことだろう。
それとなく、『彼』についてもぼくらはおばさんに付け足した。
「ほー。田中さんと、『その彼』、かつて付き合いがあったけど、知らんかったかね」
「いや、たぶん『知っています』」
答えたのは、ぼくの友人の彼だった。

「知っているからこそ怒り狂ったのでしょう。田中さんと、彼女に付き合いがあることにされる話が、少なくとも数人に広まる。数人に広まってもやがては、街全体に理解が及ぶはずです、マエノスベテ――いや、
あの人が、フラれた、と。

そりゃあ大ニュースですからね、あれだけ、さわいでれば」


「何かされたの?」

おばさんの問いに、彼女は、なにも答えなかった。一気にリヒャルトシュトラウスと言おうとして噛んでしまいもう一度口にするのが畏れ多くためらわれるような、そんな感じがした。

「でも、それで今更『派手』という言いがかりをつけるものかな、ウシさんは、他人の派手さには興味無さそうだったじゃないか?」

ぼくは彼、に振ってみる。

「さあね、前から思ってたのかもしれないし、何かあったかもしれないし?」
2019/06/27 21:38103
 彼が、何か言おうとしたところだった。おばさんはふいに、そういえばとぼくを指差した。
「あんたは決まったの、相手?」
「……」
「あぁ、もちろん生きてる人間だからね?」

なんてイヤガラセだ。
それを言われると二の句が継げない。高音にはならないが。
 おばさんは、なぜかぼくを生きている相手とばかり付き合わせようと画策するところがある。彼、は何も言わなかった。
 ぼくが、本当の意味でいったいなぜ生きていない相手を愛しているのか、昔どんな事件があったか知っていても、あえてそれで庇うような無様なことをしなかった。
リビングを見渡すと、昔流行ったキユーピー人形に個性的なビーズドレスが着せられたものがケースに入って展示されているのが見えた。
服の下に、小さな羽があるのだがそれは見えそうにない。
……キユーピーさんは、対象とかとは違う、神聖な何かかな、などとよくわからないことを思ってみる。

「一度、決まったことがあるじゃないですか」
頭の片隅で、よしなしごとをごちゃごちゃ思いつつ、ぼくは言う。
「一度、確かに決まってたのに……」
誘拐されて、見下されて、リンチに合って、穢れて、汚れて、跡形もないくらい殴られて、跡形もないくらい、焼かれて、存在できないくらいに叫ばれて――

「ぼくと付き合う人間が、幸せになることはないし」

ただの人間だった場合、どんな目に合わされどんな風になるのかも、

「どうにもならなかったじゃないですか、あのときも」

やっと守れたと思った。やっと、逃げ出せるんだって、ようやく幸せを分けてあげられると、過信していた。
もう暗い場所に居ないですむんだと、そのために耐えてきたのだと思い込んでいたけれど、そんなわけはなかったし、ぼくが『生きる』ことが、許されるわけはなかった。
相手は居ない間に拉致され、監禁されて、ぼくに恨みや妬み、利用を画策していた沢山の人間が、殺した。ぼくの身体が、この耳が、どんな価値を持つのかを、知っていたからだった。

「死んだ方が、マシなのに」
「でも、そんな、過去のことでしょう? まだ先はあるんだから」
とおばさんは励ましてくれた。これは本当の理由、というよりは3番目の理由だ。
けれど、1つだけでも充分他人は引いてしまうから他は言わなかった。

「そうですけど。はっきり決まったことを変えるって、なんていうか、消化できないというか……」

妬みの大半は、想像力の欠如だ。
消化不良もそのせいかもしれない。納得するような理由すらなかった。
2019/06/28 09:27

それに。闇で繋がっている作家がこのページにあるようなことについて嗅ぎ付けるやいなやネタにして小説や漫画を出した。
 会社の背景にある存在は、ぼくのような一市民も、あの子も、知らない誰かも簡単にナカッタコトできる存在で――

誰も止めないセカンドレイプが幾度となく繰り返され、蹂躙の意味すら残らないような蹂躙が、『あのあと』も平然と行われた。いや、現在形かもしれない。

人権なんかそこにはなかった。蹂躙され続ける。
販売され続ける。
彼らは、人を人とも思わない。
もしかしたら今も、書店に行けば、その名残の残骸――まるでぼくたちに似ているような内容の本が見られることだろうから暇な人は探すといいかもしれない。どんな言葉を尽くしたところで百聞は一見にしかずだ。





104
 この人は、なぜそんなにお見合いを勧めるんだろうか。
考えてみれば、変な話だった。 どのみちぼくと付き合えるのは――いや、ぼくと付き合って死なないのは、どちらみち数人しかいない。
もううんざりだった。
この身体がある限り、あらゆる他人が集り、ネタにして搾取して研究されて妬まれて恨まれて蔑まれて、友人が殺されて、大事な誰かが、居なくなって。
ぼくに付きまとえないようにと、付きまとって――――

「幸せなんか、あり得ない。絶対に、なれやしないです、ぼくは」
だから、わかっている。
彼女が手遅れかはわからないけど、少なくとも、自分よりは幸せであってほしいものだ。
「誰からも憎まれて生きていくのが、趣味みたいなもんですしね」
彼と、目が合った。合っただけだった。
いつも輪の方から逃げていくから、ぼくはいじめられることすらもなかった。
愛し合って、どうにかなるような綺麗事は本心から、嫌いだ。
「変わった趣味ねぇ」

おばさんは感心したように呟いた。

「人の趣味は千差万別です」
ぼくは言う。まあ大体は勝手に憎まれるんだが。
こっちに強引に絡んだだけで、その人たちはゲームオーバーが決まっていた。いままで、ずっと。今は、なんだか、さすがに畑が、少し違うみたいだけど。
「僕は他人なんかどうでもいいよ。わざわざ憎まれも好かれもしないね、馬鹿馬鹿しいし」

彼は彼でそう言った。
好かれようが嫌われようがどうでもいいからだったのだろうか。

2019/06/29 01:04







105
 ウシさんが写真を渡された人さえ突き止めれば、ウシさんが誰と繋がっているかはわかりそうだったが、少なくともマエノスベテの指示には変わり無さそうだった。

「まぁウシさんが怒って、教室が開きにくくはなったけどね」
いろいろと世間話をした帰り際に、おばさんはそんなことを言った。
「助かったあって人も居るんだよ」



 帰りも大変だった。
出版社と櫻さんの宗教と、チンピラが入り交じるとこんな妨害が生まれるのかという有り様だった。まず、家の入り口に、携帯電話を耳に当てた老婦人が立っている。
「もう帰ります、はい、もう、帰りますけぇ」
と、自身の帰宅を告げるような電話を、ぼくらを目にしたとたんに始めた。報告ほどなく3分くらいで、エンジンだかモーターだかの唸りがどこからか聞こえ始める。
 巡回☆スタートォ!とでも言うのか、バイクや黒や緑や赤や青とカラフルな車がどこからともなく下の道に集まり始める気配がある。

 この街、ぼくらが来てからあからさまに治安が悪くなってないか?
と問うことは、なんの慰めにもならないのでやめておく。
それに、来ているのは向こうだ。
「さて。どうやって帰るかね?」
彼が、ぼくと彼女に困惑した声で言う。同じ気持ちだった。

「どうにもこうにもね、これじゃ、気楽に買い物も通学も出来そうにないや」
帰るしかないのはわかっている。だけど、気が滅入るのは確かだ。
「出版社? あ、印刷会社のトラックなら見かけましたけど、なにか、あったんですか」
鋭い彼女だった。

「あー……ちょっとね、囚われの身でして」

窃盗容疑までかけやがってまして。脅迫までしやがりまして。名誉毀損はもちろんのこと、びっくりするくらいのストーカーですとは言わないが。
「た、大変ですね」
目を覚ましてほしいが、お金は人を狂わせると言うから難しいかもしれない。
2019/07/01 13:55






106
 傘をさしなおして街を歩く。たまに走った。
 出版社に電話をしたときは、切るしかなかったっけ。
まさかこんな惨状について、ただ受け付ける相手に、なにを言えばいいのかと思うだろう。外は少し雨が降り始めていた。
 車の気配が、あちこちから、こちらに集まってくる。

「この辺りは建物もないし、まして、天気が悪いから、あのルートは使えないな」

舌打ちする。
彼はぼくをちらりと見た。見ていただけかもしれない。

「まるで人生のようだね」

逃げても拘束され、やっと見つけた道も拘束され、どうにか穴を掘って外に出たのに、そこで待ち構えた人に、蓋を被せられて。
何を頑張ろうと、どんな綺麗事を言おうと何も許されやしないのだ。だからこそ、そんな綺麗事をヘラヘラ語り、努力が無意味という事実をねじ曲げて犠牲者を増やすやり口――を商売にすることが未だに続く現実には腹が立ったりもしたものだった。
「僕たちのなかではみんないってたけど、やはり、正しいよ。
絶望を愛し、諦めて、生きるしかないよね」

「そう、開き直って、なにひとつ救われない毎日を愛するしかないわけだよ。
あいつらの言うことは嘘っぱちでしかないって、嘲笑してないとね」

死んでいくだけの身体を、世の中の間違いの権化として。
それはまるで世界の頂点にたっているような、ある意味、悪くない開きなおりだったのでぼくはくすりと笑った。
買う価値もない幻想より、
狂った楽しい現実の方が、ずっと価値がある。

本なんか燃やせるくらい。
なんて素敵な 現実だろうか。
幻想なんかじゃわからないこんな毎日、他にないじゃないか。

僕たちは特別だ。
限りなく特別だ。
周りより特別だ。
嘆いてみろ、嘆いてみろ、嘆いて――――


「で……どっから帰る?」

2019/07/02 14:20




107
 追いかけられることはどうにもならないと判断し、転ばないようにしながらもなるべく狭い道を通り、こまめに角を曲がって帰り道へ向かう。
車は小回りがきかない。
人はスピードや体力に限りがある。
改めてそれぞれの利点を考える。
 どこかでクラクションが鳴り響いたりしていた。
車同士がぶつかったらしい。

「なんかメモ持ってないか?」
と聞いてみる。
「あるにはあるが……あまり枚数がない」
彼は少し息を切らしながらも淡々と答えた。
「うーん、じゃあやめとく」
「記録したいことでも?」
「ぼくはよく事件について、纏めてるだろ、だから今の状態も新鮮なうちに記録しとこうかと」
ふふ、と彼は笑った。
「鮮度は大事だな」

そして毎日の鍛練も大事だ。
 文章を書き続けることは、こうしてちょっとずつ、書く練習が積み重なることで長い文章を書くに耐えられるようになる。
 プロがラフスケッチやネタメモ無しで長生きすることはほぼ有り得ないと言っていいだろう。……いやぼくは普通の民間人でしかないけれど。
文章の世界だって同じで、下書きを描く前にさらに下書きやイメージが存在しているのが普通のことだったりする。作家から単なる表面だけを奪おうったって、そうは行かないのは、その鍛練のためだ。もちろん下書き無しでも出来なくはないけど、その場合はもともと基本を積み重ねたからにすぎないし、その他には習作があちこちに存在していたりする。
 ぼくの場合ストレス発散だが、それでもこうしてずるくないくらいに普段からやっていることなので、長文を書く体力がある方だった。
下書きも下書きの下書きも、下書きの下書きの下書きも当たり前にこなしているはずの作家から、攻撃を受けたことがあるのが、尚更に理解できなかったりするくらいには。
「才能、なんて勘違いしたんだろうな……」
「何か言ったか」
「別に。ずるくないことを、みっともなく喚くのは、ずるいなって思ってさ。昔の話」
彼は、不思議そうにぼくを見はしたが、すぐに前方を確認し始める。

まあ、「努力せずに作家になる方法」なんて本や情報すら実存しているくらいなので、誰かにとっての才能がいかに他人にすがりついたものかはよくわかるよな、なんてつらつらと考える。
そうだ、小説家に会う機会があったら、ネタメモを見せてもらうまで信用しないことにしよう。下書きも設定も持たないのに、『創る』なんて言ってたら、それは大半が詐欺だ。
すごい壮大な作品があったなら、付随するような資料集やらなんやらあってもなんら普通のことだから。
2019/07/08 11:31




108
 いろいろあってウシさんの家に着く頃にはだいぶ夜に近くなっていた。ぼくらが訪ねると彼女はなんだか荒れていた。やけに目がらんらんと輝いているのにどこか心がないかのようだった。
「ただいま」
彼女は、シンプルに帰宅を告げた。ウシさんは玄関へとずかずかと歩み寄ってきて――そして叫んだ。

「来るな! あなたのせいだ!
あなたが居なかったらよかったね、生まれなきゃよかったんだ。存在しなきゃ良かったんだよ。なにしに帰ってきたんです」

片手には丸く細長い形の受話器を持っているようで、ひどく怒っていた。

「はぁー! もう、山に入らせないとか、なんとか、あの人もこの人も……ああ、おしまいだ」

やはりそうだ。マエノスベテの関わるグループがこの地域一体をまとめていたため、ウシさんに権力者として山を貸し出すことを、これまで誰も咎められずに居たのだろう。
素材を、周辺の山から集めてきていたことに、とうとう住民が不満を募らせたらしい。

「ウシさんとは手を切ると、言われたのですか」

彼女は聞いた。

「あんたが、あんたさえおとなしく嫁にでもなりいいなりになれば、全部うまくまとまったのに」
 ウシさんは生気のない目で、そこでぶつぶつぶやくのみだった。

「あぁ。お見合いが破綻したから、マエノスベテが見切った、かな」

彼、が淡々と誰にともなく呟く。
彼女とマエノスベテとの件、そしてぼくらが手下の男を警察に引き渡したことで、あのグループも一旦引き上げることになりウシさんの立場も揺らぎ始めたということらしい。
 ちなみにこの家に帰るまでのうちに、男から引き出した連絡先もある程度提出しておいた。彼が昔世話になっただかならなかっただかいう刑事さんにどうにか連絡をとってもらったのでそのあたりは案外スムーズだった。

 そんなわけだから彼女は身内を売ることになるのだが……まあ先に売られたのだから仕方がないですねと苦笑い。

「どうするんだい! あんたのせいで私は盗っ人扱いだ、自然のものなのに、管理者なんかいないね、山はみんなのもんだよアホらしい、ああ……犯罪なんかしてないじゃないか、なんで詐欺師なんて言うんだ、ひどい話だ」

「あなた、許可をとっているのかと聞かれても、『あの日にも』山や自然の話をして、その管理の話までみんなでしていても。なんにも良心が痛まないんですものね。私も知りません」
ウシさんが頭を抱えるが、彼女はしれっとしていた。
しかしウシさんはそんなことよりも彼、の言葉を気にしたらしい。

「お見合いが破綻? まだ、まだ破綻なんかさせないよ、ねぇ今からでも、媚売って来なさいよ、私が悪かったって、ふらふらしてたから浮気なんかさせたけど、私のせいだったとかなんとか、ねぇ、あんたも嫌でしょ私が怒られるの」
「……あれは、兄です」
「え?」
「マエノスベテの横に居たのは、櫻さんが懇意にしている、義兄です。あなたもご存じでは」
2019/07/11 17:20




109
「なっ……」

ウシさんが唇をわななかせ、顔を青くした。
「なんのことでしょうかね! え? 兄が、なんですか? お兄さんへの中傷は許しがたい。あくまでもあなたの話を私はしているのですよ。ここはそういう場面です、ちょっと言ってることがわからない」
「あなたの主張に対しこちらがそう罪悪を覚えなくてはならないほどのものはないと言っているんです」
ウシさんは、はぁあ、と呆れとため息を混ぜたような機関車が急に走りだして周りを置いていったような態度を見せた。

「案外、あの人は義兄がよいのでしょう、だから女の格好までさせて隣に置いていた。
ならばそうなされば良いじゃないですか、あなたたちには心底呆れます。
私に通じる係累たちの血も流れているでしょうから、私のようなものでは?
私は見合いもしませんし、皆さん破綻を喜んでおられます! 新たな門出、おめでとう」

 彼女は高らかに笑って手を叩く。
ウシさんは激昂したままに彼女を睨み付け……るのを堪えて強引な笑顔を作る。
それは白々しいものだったがあえて指摘することもないだろうと皆合わせていた。
「考え直しましょうよ、ね?さっき、私に理不尽に怒ったことはまず、謝りなさい」
「なぜ、謝るのですか?みんなして謀って居るのでしょう。わざわざ女装だなんて、脅すにもばかばかしい。見下げ果てる兄ですね。私には一切の感情の自由も意思も許さず一生を過ごさせて、自分達は輪の中で楽しくしたかったでしょうけれど、この通りに破綻しだしておりますから、もはやそうは行きません」



2019/08/17 00:10

(完)

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