2014/12/6
Sat
22:59
かりかりトースト
話題:創作小説
古いビルの一角で細々と経営している洋食屋。
割と隠れスポットとして人気が高いらしく、いつ来ても客入りはいい。
百鳥が寡黙な店主にいつもの、と頼むと美味いケーキとコーヒーが出てくる。
馬鹿みたいに忙しい業務から解放される唯一の時間に、毎日積み重なっていく疲れが取れるのを実感する。
あるときだ。
百鳥の隣に座った若い男が店主にいつもの、と言う。
ああ、こいつも常連なんだなぁと思いながらチラリと横を見る。
緩いウェーブのかかった長い黒髪、横顔は百鳥の好みではないが一般的には女の目を惹く、どこかの飲み屋の男のようだった。
待っている間プラプラさせながら猫の写真集を眺めている。
母親に待たされている子供か、百鳥は苦笑した。
そう言えば、息子も猫が好きだった。
「かーさん、猫欲しいよぅ、猫。こんなにかわいいんだよ」
「ダメ、可愛いだけじゃ飼えないの」
記憶の中の会話が鮮やかに蘇り、男に重なる。
ああ、馬鹿だな、全然違うのに。
百鳥はそう思った。
「はい、お待たせ」
珍しく声を発する店主が男にトーストの乗った皿を手渡す。
孫を見守るような目つきに、百鳥は珍しいなと思う。
この男、自分より長く通っているのだろうか。
「照さん、出来れば事前に来ることを言ってほしいんだけどね」
「そんなこと言っても困るよ。来たいときに来るのがいいんじゃないか」
「そうなんだけどねぇ……今日はたまたまあったからすぐに出せたけど、待ってもらうことになっちゃうよ」
「いいよ、別に。食べれるんなら」
軽い音をさせながら男がトーストを頬張る。
しかし、そのトーストは妙に汁気が多い。
よく観察してみれば普通のトーストではないことに気が付いた。
食パンじゃない、なんだあれは。
「うん、おいしい。京都に戻りたくなる味だ」
「今日の油揚げは足立のだよ」
「早く言ってよ、なんか恥ずかしいじゃん」
ふふふ、と別に恥ずかしそうじゃない男が笑う。
揚げ、そう聞いて百鳥は固まった。
なんだ、この男は。
油揚げのトーストを食べているのか。
じゃあ、あの上にかかっているのはなんだ。
大根おろし、ポン酢。きっとそうだ。
百鳥は目の前の出来事にただ言葉を失った。
レトロな洋食屋に似合わない油揚げのトースト。
何処に行ってもそんな光景見ることはない。
そんな百鳥に漸く気が付いた男が顔を見る。
美味そうに頬張る男はしばらく眺めて言った。
「……すごいアホ面なオバサンだなぁ」
百鳥は無意識に拳で殴った。
おわり
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