When the dog bites
When the bee stings
When I'm feeling sad
I simply remember my favorite things
And then I don't feel so bad 

Lyric from [my favorite things]


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「浅倉くんってさ、好きなものとか、ある」

事後。

よく知らない町のよく知らないラブホテルのよく分からない構造のベッドの上で、よく知らない女が突然話し出した。
浅倉と言えば、なんとも形容し難い不可思議な雰囲気を身に纏った友人の名であるが、まさかそいつのことではあるまい。
どうでもいい、それよりも今は運動後の煙草に専念したい。

「ねえ、浅倉くんったら」

腕を捕まれ揺すられながら問いかけられた。
ふむ、どうやら彼女と言う[浅倉]とは私のことらしい。
―きっと酔っていた俺が咄嗟に言った偽名だろう。

よくやった、と言いたい。

「好きなもの、ですか。そうですね、そう言われると、なかなかぱっとは出てきませんな」

「そうなんだ。私はね、いっぱいあるよ。ハーゲンダッツのアイスに、ゴディバのチョコレート。それから、可愛いものも好き。プードルとか超かわいいよね。猫ちゃんも好きだしそれからぬいぐるみ、ディズニーも大好きだよ。服とかおしゃれも好きだし、それから…」

熱を込めて、少々早口で延々と自分の好きな物について語る女は、これが初めてではない。むしろ一般的な女性と言えるだろう。しかし、こちらの顔色を伺いもせずに、捲し立てるように話す女はこれが初めてだ。よくもまぁ、高々自分の好きなもの程度のことでこれほどまでに口が止まらないことだ。
なんともまぁ、しょうもない。

恐らく一生懸命に聞いても無駄なので、とりあえずは再び煙草に注意を向ける。

―こう考えると、好きなものの一つに煙草が上げられるな。
いつからか大好きだったものがただの仕事になり、夢だったものがただの作業になった。何も楽しくない日々の繰り返し。一生懸命になった結果が、これだ。

ふとそんなことを思いながら橙色の発光源に向けて煙を吐き出す。ゆらゆら揺れて、ゆらゆら消える。
一口吸うごとに、確実に体を蝕むこと葉っぱが、好きだ。
―さすがに胸を張って言えることでもないが。

「―まだまだあるけど、とりあえずはこんなものかな。って浅倉くん、聞いてた?」

話が終わったようだ。声色からして、行為よりも今の一連の演説の方が満足感を得ているかもしれない。

じっと、彼女の顔を見る。
どこにでもいる普通の女だ。
どこにでもいる普通の女だが、そんな彼女らはいつも生き生きとしている。
自分たちがどこまでも矮小で、その視野が実はとんでもなく狭いと理解すらしていない彼女らは、いつも、生き生きとしている。

―I simply remember my favorite things

「どうしたの?」

不意に、女が話しかけてきた。
質問にも答えずに自分の顔を凝視されていたからだろう。誰だって不思議に思う。

「ああ、聞いていたよ。私も君くらい好きなものがほしいものだ」

得意の作り笑顔でご機嫌をとる。
大抵の女性はこうしておけばなんとかなるとテレビで言っていた気がする。

「よかった」

にっこりと満面の笑みを返してくれた。
やはりテレビは嘘をつかない。

「君は、毎日が楽しいかい?」

女のキョトンとした顔を確認して、体をひねりながら枕元にある灰皿で煙草の火を消す。自分自身に押し付けた至福の時間は一旦終了だ。

「えっと…そりゃあ、楽しくないことだってあるけど、まぁ、一定の満足はしてる、かな。うん、多分、楽しいと思う」

さっきの演説時とはうって変わって、歯切れがわるい。
そうだ、こんなものなんだ。
私が歌で伝えたい生活とやらは。

「それなら、よかった」

―And then I don't feel so bad

せっかくなので極上の作り笑顔でそう言葉を渡す。
女は少し照れたような顔をして布団に顔を埋めた。かと思うと、突然抱きついてきた。
そう、こんなものなんだ。

「じゃあ、浅倉くんにクイズ」

耳元で女は淫靡にそう囁くと優しく私のことを、抱きついた体制のまま押し倒す。

「僕の好きな、猫の種類は、なんでしょう。賞品は、僕だよ」

さっきで備え付けの道具はなくなった。
つまり、
そう、こんなものなのだ。
必死で答えを探す私も、大概矮小だが。



このまま行けば、一人になってもきっと今日は悲しくない。
煙草はまだあるから。