スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

手中の金糸雀は啼きて(Marchen)

*ガラクタに宝物の続編、未完
*男色青髭と航海士
*救いなし、色々と危ういです




 いっそのこと、鞭で叩けばいい。背中の皮膚が剥がれ落ちてしまうほど、強く力を込めて撓らせればいいのだ。全身を巡る血液は沸騰しそうに熱く、動いてもいないのに心臓の早鐘が鳴り響く。

 落ち着けイドルフリート、殆どは吐き出した。

 プラシーボ効果という作用がある。何の効果も持たない唯の水でも、薬だと信じ込めば実際に変化が現れる。つまり、思い込みが肉体への変動を促進させるのだ。脳は自分が思っているよりも騙されやすく、常に冷静であることを心掛けなければならない。
 冷静であれと念じる一方で、喉の渇きが酷くなる。じわじわと額に浮かぶ脂汗は気持ち悪く、身体に纏わりつく服も嫌悪感を募らせるしかない。皮肉だがぐらぐらと揺らぐ意識を保てるのは、眼前の男に屈しないという意思のお陰だろう。

「ふむ、静かだな。先程までの囀ずりはどうした。それとも、もう降参か」

 金細工の薔薇が飾る豪奢な椅子に腰掛けた伯爵は、退屈げに声を投げる。肘置きに頬杖をつく姿は、道楽をし尽くした貴族そのものである。
 まるで玩具箱をひっくり返したかのような部屋において、骨董品めいた椅子は異質でしかない。私は無言に徹し、どうにか足枷を外す術を模索する。部屋の片隅から繋がれた鎖は片方ずつ足首に固定され、立ち上がることは出来るが逃げ出すことは出来ない。
 そして、気付く。
 伯爵の上着の下、腰に吊るされている、鍵束の存在。あの中に、含まれているのではないか。この不愉快極まりない空間を打破するには、ただ時間の流れに身を任せているだけではいけない。
 一か八か、賭けてみるか。

 じゃらりと鳴らした首に掛けた十字架に、あの男を真似て願掛けた。相変わらず荒い呼吸を吐き出して、冷静な頭で誘いを投げる。身体を起こして気怠げに、さりとて伯爵に視線を向けたままだ。

「なぁ、青髭公。君は確か、私を愛でると言ったね。しかしこうして鑑賞しかしないとは、些か興醒めなのだが」
「……ほう?」
「どうせならば、触れてみたまえ」

 汗で張り付いた髪を掻き上げて、挑発的な言葉を投げた。単に従順なだけでは伯爵は乗ってこない、それは把握している。なので訝しげな眼差しを受け流して、喉を震わせる。心の底から、嘲笑する意味で。

「それとも稀代の伯爵様ともあろう方の、ご自慢の槍は廃れたのかい?」

 無謀な賭けだが、勝算はある。跳ね上がった眉の後に、地響きのような抉る低い嗤い声。腰の奥に訴えるそれに舌打ちしつつ、罠に掛かった伯爵の首に腕を回した。凌辱ではないのだと自らに言い聞かせるには、主導権は自分にあると自負することにある。
 相手が何を望んでいるのか、此方が理解してやる。甘い声を欲するのならば啼いてみせるし、悲痛に歪むのを願うなら泣いてだって見せよう。それでせせら笑う男であるならば、所詮は私の掌の上でしかない。

 それなのに、この男は。

「っ……は、ぁ……んう、ぅ」
「痛むのか?では止めよう」
「やっ、」
「あぁ、嫌なのだろう」

 痛むのならば、嫌ならば、どれほど良かったか。

 睨みつけようにも、伯爵に背後から抱き竦められており顔も見えない。押し退ける筈の手は、自然と伯爵の腕に縋るようになっていた。耳元を嬲る声にさえ反応してしまい、羞恥を耐えるように奥歯を噛み締める。
 乱暴ならば幾らでも堪えられると腹を括っていたのに、伯爵の手つきは生娘を導く紳士めいた其れであった。始めは嘲笑い茶化していたが、何故だか怒ることもなく熱心に前戯が続けられる。
 だから惑う、鈍る、調子が狂わされる。赦しなどしないのに、憎しみが揺るがされて、吐き出す息の熱だけが高まる。演技のつもりに上げる嬌声が、無意識に口をついて出る。

 はだけた胸元に差し込まれた骨張った手には剣を扱う者特有の指ダコがあり、一瞬でもアイツと重ねてしまった。それが不味かったのだ。此処には居ない虚影に、媚薬ではなく身体の芯が熱くなる。認めたくない、あり得ないと打ち消す一方で、真似事の愛撫が重なってしまう。強情さを突き崩すのは力技ではなく、押し寄せる快楽を寸前で止められて、思考が段々と融かされていく。
 だが、それすらも含め、よがる演技を見せた。一刻も早く、この悪夢を終わらせよう。隙を突くには、此方も晒さなければならない。

 イドルフリートは振り返り、抱き締められているのではなく自ら跨がった。邪魔な髭を避けて、伯爵の首に噛みつく。無論、加減などしていない。惜しいことに、鉄の味はしなかった。平手打ちでも飛んでくるかと覚悟するも、その手は金糸の髪を梳くだけに留まる。
 愛でるという言葉が真実であるのか、どうであれ身の毛がよだつ。じゃらりと足枷が鳴り、腰へ伸ばした手の指先が鍵束に触れた。

「なあ、賢くも愚かな航海士殿。このまま堕ちてしまうのか」
「っは。だ、れが、っ……君の、芸の無さに……っ同情すら、湧くね」
「ふふ、ははは、それでいい。貴様は羽ばたき続けねばならぬ。たとえ籠の中だとしても、鍵を求めて足掻き続けろ」

 最も、貴様の求める鍵は此処には無い。

 易々と重ねられた手が、鍵の在処の真偽を歪ませる。頭の片隅では予想していた言葉に、頭を振った。

 堕ちてはならない、自分の誇りに懸けても。それは伯爵に言われたからではなく、他ならない私自身を保つためだ。海の男たるもの、軸である羅針盤を狂わせてはならない。その指針が示す先には、あいつがいるのだから。

「あぁ、ひとつ、伝えていなかったことがある」
「っ今更、なにを宣う」
「この部屋は、少し趣向を凝らしているのだ」
「っ?」

 伯爵は言葉と共に指を鳴らす。合図を待ちわびていたように、部屋の照明が落とされる。突然の暗闇から、再び光が宿ると、それは私の知る世界ではなくなっていた。
 何が起きているのか、あれほど溢れかえっていた玩具も派手な壁紙もなく、あれだけ広いと感じていた部屋の片隅が鏡面となっている。
 それに、それだけ、ではない。見えてきた足元、その靴に激しく見覚えがあり、疑問のまま顔を上げた。思考の処理が追いつかず、さりとて血の気が急激に引いていく。脈打つ心臓の音が、熱の込められた息を打ち消した。

「っ……!?」

 鏡面の奥に、あいつの姿がある。伯爵に跨がっている自分を見下ろす形で、フェルナンドは私の前に立ち尽くしていたのだ。
 慣れ親しんでいる瞳に、愕然としている自分が映る。疑問、困惑、込み上げてくる羞恥心、猜疑心、不安、そして絶望。
 咄嗟に顔を下げると、伯爵に前髪を掴まれ強制的に引き上げられてしまう。

「目を逸らすなエーレンベルク、もう何をしても遅い。いや、寧ろ泣いて叫ぶか?それはそれは、みだりに腰を振りよがる姿だろうなぁ」
「っ!!ちが、違うそんな馬鹿なことはしていないっ、これはっ」
「貴様が演技のつもりで私に応えたとしても、果たして見届けていた将軍は何を思うのだろう」
「そ、れは……」
「お前があの男にとって大切で愛しい相手ならば、是が非でも助けに来るのではないか」

 何故、あいつは動かないのだろうな?

 矢継ぎ早に紡ぐ否定を、さらに否定する伯爵の囁きは蛇のように絡みつく。投げ掛けられた言葉の刃にひゅっと息を呑む、背筋が凍る。

 何でどうして違う馬鹿なこと嘘だこれは、違う違う違う違うちがうっ!!

 まとまらない脳内では、ひたすらに現実を否定する声しか上がらない。

 信じたくない信じられない、いつから居たのか、初めから、途中から、見ていたのか、ずっと?
 どうして此処にいるのか、どうして助けてくれないのか、解らない、どうして、なんで、私は。

 縋るように見上げた先で、フェルナンドに顔を逸らされた。 私の中での灯かりが、消える。

 不意に伯爵の指が咥内に押し込まれ、舌を噛み切ることを妨害されだ。

 ああ、終わらない、終わるはずがない。

「っふぅ、んんぅ」
「さぁ、あの男に届くような良い声で囀れ」

 愛の囁きをするかのように甘い声が絶望を告げて、目の前を白く染めた。




**********
私は生きてます、という証明がこの作品って大丈夫じゃないですねえ(自覚あり)

青き伯爵の独白(Marchen)

*短文




 どうすれば良かったのかなんて、何を違えていたのかなんて、今となってはもう解らない。

 (違う、解らないフリをしているのだ。理解しているだろう、だからこそ狂気を振り翳した)

 怯え震える娘を前にして、自然と渇いた笑みが漏れる。約束とは破られるもの、誓いとは守られないもの、解りきったやりとりを何度繰り返すのだろう。命乞いする娘が望むのは、慈悲深き神への祈り。

 嗚呼!神だなんて!

 私を救いなどしなかった、キミを助けてもくれなかった、あの神への祈りをしたいと宣うのか。震える娘を部屋に連れていくのは容易く、吊るすのもまた容易だ。ならば、興じてやろう。突き当たりの部屋に逃げ込んだ娘を前にして、私は取り上げた鍵束を見遣る。
 古びた鍵の中で、血濡れた黄金色の鍵が揺らぐ。裏切りの証は、何人の血を吸ったのか。

「まだか」

 部屋の奥から聞こえる悲鳴、兄に助けを呼ぶ声。神に祈るなど、所詮は時間稼ぎに過ぎないのだ。
 そう言えば、娘には兄が三人いた。私が娶ることを最後まで反対していた、若さ溢れる近衛騎士。大切な宝物を奪われたような、憎悪に満ちた眼差しを浴びた気もする。

「まだか、早くしろ」

 叫び声は止まない。駆け付けるかどうかは、解らない。どうなろうとも、構わない。

 ――哀しみは憎しみで、決して癒せないわ。

「ええい、もう我慢ならん!」

 扉を叩き開けると、祈りを捧ぐ娘が其処に蹲っていた。憐れな、哀れな、愚かな、裏切り者。其の瞳に映るのは、他ならぬ私。
 背後で城の扉が蹴り破られた音が響く。振り返る間も無く雄々しい声と共に、背中に熱を帯びる。羽織が舞う、血潮が飛ぶ。肩を掠めた刃物、正面を差し込んだ剣。痛みが熱となり全身を這い回り、駆け巡る。

「青髭ぇ!」
「くたばれ化け物!」
「さぁ早くこっちへ!」
「ぐ、……っふ、ふふふふふはははッ、ハハハハハッ!!」

 両手を染める赤は、私のモノであり私ではない。何人の妻を殺めた赤、キミを救えなかった赤、本来のお前が好んでいた赤。苛烈な赤を好みながらも、私に合わせて嘘を重ねた。

 ――貴方が似合うと言ってくれたから、其れだけで私はシアワセなの。

 嗚呼、お前は何時から嘘を吐いていたのだろうな。始まりから、すべては虚構だったのだろうか。焼け爛れるかのような激痛に、私は尚も立ち尽くす。
 曖昧な記憶が、朧気な過去が、白んでゆく意識の中で蘇る。優しい笑顔で、美しい歌声で、傍らに居たのは。

 ――喜劇を今、終わらせよう。

『あぁ、そうか。お前は、其処にいたのか』

 しかし、気付くのがあまりにも遅すぎた。一言告げていれば、結末が変わったのかなんてどうでもいい。
 これが私の運命であり、他ならぬ私が生きた証なのだ。どれだけ滑稽で無様な終わりでも、私はやっと認められ、救われる。

『お前を、愛していた』




**********
青髭は離婚すれば幸せになるという答えを知りつつ、最期に気付けばいいよ。

夏の祭の前夜にて(Marchen)

*夏だ!浴衣だ!
*青髭夫妻と王子夫妻




 ある日の城に、招かれざる客人がよりにもよって揃い組で訪れた。伯爵が突き返す前にその腕を掴むのは、青と赤の王子。傍らに佇む困惑する夫人の手を、野薔薇と雪白が握る。夫妻の疑問が解かれる前に、物語は進められてゆくものだ。

 二人の姫が差し出したのは、夫人の見たこともない唐紅の布。その生地に咲き誇るのは純白で描かれた、曼珠沙華。その名をユカタと呼ぶらしい。
 東洋の服というのは、此方の飾衣とはまた異なる華やかさがある。珍しさに瞳を丸くする夫人を余所に、野薔薇と雪白が支度に掛かった。

「さあ奥様、お着替え致しますよ」
「っえ?」
「何を驚いてるのかしら?これは貴女のユカタなのだから、着替えて当然でしょぉ!ほらほらさっさと脱ぎなさい!」
「っきゃあぁ!」


「…………」
「伯爵、今日はまた一段と眉間に皺が刻まれているね。あと、客間の壁が意外に薄いことが証明されたようだ」
「伯爵、あちらは雪白姫と私の薔薇姫にお任せを。貴殿もお召し替えください」

 くすくすとシンメトリーに笑う王子たちに挟まれて、伯爵の機嫌は降下していく。拒むのは容易い。しかしその後、畳み掛けるような双子の相手をするのは実に面倒だ。
 頭の中で傾いた天秤により、伯爵は渋々と差し出されたジンベイを手にする。以前に東洋の土産だと押し付けた航海士の所為で、着方を把握していた。

「うん、やはり伯爵は金が似合うな」
「えぇ、兄上の言う通りでしたね」
「ハッ、くだらない」

 伯爵のジンベイは濃紺色の生地に、金の刺繍で曼珠沙華が施されている。普段の緋色の羽織からは離れた色合いだが、深い蒼をした髪や髭との調和は取れていた。

「さて、あとは仕上げを失礼」
「何だと?」
「私達にお任せください、と言ったでしょう?」


「かんっぺき!ね、薔薇姉さま」
「ふふ、そうね。ドキドキだわ」

 雪白と野薔薇の声に、夫人はただただ眉を下げて微笑む。生憎と鏡のないこの部屋では、自分がどのような姿となっているのか解らない。唯、普段は下ろしている栗色の髪を結い上げて頭の後ろで纏めているので、その違和感は拭えない。
 二人の姫を信じていない訳ではないが、果たして自分に似合っているのだろうか。
 とんとんとん。タイミングを見計らったように扉が叩かれ、青と赤の王子が様子を伺いに来た。どうやら伯爵も着替えを済ませたらしく、既に広間で待っているそうだ。
 今更ながら不安に苛まれる。本当にこの姿で、伯爵の前に出てもいいのだろうか。呆れられはしないだろうか。はしたなくはないだろうか。
 そんな夫人の不安を表情から汲み取りながらも、雪白と野薔薇は夫人の背を押す。

「だいじょうぶ、貴女はとぉっても美しいもの!私と薔薇姉さまの次だけどね」
「私と雪白ちゃんが出来るのはここまで。あとは殿方に委ねますわ」
「っ……」

 押し出された先に待っていたのは、他でもない伯爵。普段以上に眉間に皺を寄せて不機嫌が露となている彼は、夫人の姿を視界に捉えて固まった。そして、夫人もまた停止した。またの名を、見惚れている。
 夫人が髪を結い上げたように、伯爵も首筋の位置で緩く一つに結んでいた。たったそれだけ、されどそれだけである。何しろ夫人は伯爵に対してあまりにも一途で、盲目であった。

「あなた、とても……とてもお似合いです!」
「……私の事はどうでもよい」
「いいえっ、素晴らしいもの!さすがは伯爵様だわ、東洋の服も着こなしていらっしゃるもの」
「…………」


 高揚する妻は輝く瞳で伯爵を賞賛し、駆け寄る。気圧された伯爵が言葉を紡ぐ前に、晒されているうなじに声を失った。
 いつもは掻き上げなければ見えない部分でも、今は見下ろした先で目に入る。ゆらゆらと揺れる髪に挿した金色の鍵の飾りが、余計に意識させるようだ。
 目眩を覚えるのが妙に悔しくて、何も言わずに夫人の肩を引き寄せる。自然に従って凭れ掛かる夫人は、不思議そうに伯爵を上目遣いで窺う。

「あなた?」
「ッ何でもない!」
「え?」


さあ、ここから始まる物語?




**********
浴衣とか甚平とかなんでこう夢とロマンが詰まっているんでしょうね、はあ素晴らしい。
だがしかし絵で見たいですね!

神を祈り願い呪え(拍手ネタ)

*拍手の詰め合わせ




十字架に背を向けて
(少年と衝動)

死にたくない。
死にたくない。
死にたくないんだ。
僕は約束を果たさなければならないんだ。
約束をした君は、とても大切な友達なんだ。
大切な友達との約束だから、叶えなきゃならないんだ。
藻掻いて、足掻いて、抗えない運命ならば憎み、恨む。
僕は、其の世界を赦さない。

「素晴らしいな。その衝動は何よりも甘美だ」
「……あなたは?」
「誰でも良いのさ、少年。君の願いを叶えてやろう」

太陽のような、月のような、金色の髪を靡かせる男の人。にんまりと口角を吊り上げて、僕の顎を掴んだ。
何が、とか、誰が、とか、そんなものは関係ない。ワタシは終わらせない、終演など迎えさせない。次なる器となる少年よ、君の願いが新しいワタシを生み出す。
愉しげなテノールが紡ぐ言葉を、僕は最後まで聞くことが出来なかった。重くて暗い世界、堕ちていく、堕ちていく、ワタシ。
引き上げる声は、どこか懐かしくて、聞き覚えのある優しい声で。

『ウフフ、メル。復讐劇ヲ始メマショウ!』

金色の髪を揺らした大切な友達が、無邪気に嗤った。

(私は、君のために。君は、ワタシのために。終わらせはしない、序曲の幕開けだ)


緋に汚れた聖母像
(青髭と先妻)

美しい人だった。
汚すのは私の手だけであった。
白がよく似合う人だった。
穢すのは私の槍だけであった。
そうあればいいと祈った。
そうなればいいと信じた。

だから手に入れた、誰の目にも触れさせやしない、部屋の奥に閉じ込めた。
愛なんて求めない、求めては壊れてしまうと知っていた。
憎悪と憐憫の眼差しを浴びることすら、シアワセであった。

なのに、嗚呼、なのに、どうして、どうしてどうしてどうして!

「何故私を庇った……!!」
「な、ぜ?」

不貞相手の刃を、彼女が身を呈して浴びた。本来ならば、私が刺さるべき刃を、彼女が。
腕の中で冷たくなる彼女が、私の驚愕にさぞ不思議そうな声を上げた。

「あいしているもの、とうぜんだわ」

彼女は笑顔で、この世を去った。
そうだな、そう、それが始まりであっただろうか。よく覚えてはいない。
だが、私の愛は永久に彼女に捧ぐことにした。
そして同時に、私は愛という感情を恨んだ。
だってそうだろう?
愛があるからこそ、彼女を失ってしまったのだ。
此の世界で、最も憎むべきモノだ。
君を断罪した恩知らずな“感情”を、私は赦しはしない。

(さあ、新しい花嫁を迎えに往こう)


砕けたステンドグラス
(将軍と航海士)

正義は無慈悲だと、最初に笑ったのはどちらだっただろう。
誰しもが翳すヒカリを、捩じ伏せて打ち砕き踏み潰すのは、何時だって強者だ。
祈りで野望が叶うならば、この世界に争いは生まれない。
革靴で軋ませた硝子は、簡単にヒビ割れて砕ける。
嗚呼、まるでこの国の信仰だ。
飾り付ければさぞや美しいが、地に堕ちれば呆気なく、時に凶器となり人々を傷付ける。
留める力を、誰も持たない。

「イドルフリート」
「あぁフェルナンド、君にしては遅かったな」
「雑魚ばっか残した航海士サマがいたもんでな」
「はは、それは不運だったね」

傍らに立つ相棒は、慣れた様子で肩を竦める。仮初めの終演、束の間の休息。野心高き将軍様は、疲労感はあれど瞳の生気は満ち溢れていた。常勝の印か、彼の背中を眺めることが部下たちの士気を上げている。
しかし、何故だろう。

「どうした?」
「……いや、何でもない。むさ苦しい男だらけで酔ったのかもしれないな。ポテンシャルを用意したまえ」
「お前、ベルナールに怒られろ」

(朝日を浴びて佇む姿が、どうしてか消えてしまいそうだった、なんて)


懺悔の仕方などもう忘れた
(青髭と聖女)

高台の風車は、斜陽を浴びて廻る。その隣には、誰が建てたのか天使を模した彫像が在った。
業火に包まれる街を眺めて、わざわざ十字を切る小娘の気が知れない。
何しろ、火種を蒔いたのは我々だ。
罪のないヒカリが奪われる苦しみを、与えられる側から与える側になった。唯、それだけの話。

「私は決して、貴方を赦さない」
「ほう?」
「貴方には必ず、天罰が下されるわ」

蒼い瞳に浮かぶのは憤怒であり、その矛先は紛れもなく私に向いている。その眼差しには、己の行動に疑問すら抱いていない。
小娘の中では、全ての元凶が私なのだろう。正当化された自分は、常に正しくなければならないのだ。
故に、自身の記憶を躊躇いもなく改竄する。私は堪らず、込み上げてくる嗤いを吐き出した。
訝しげな視線は、いっそのこと心地好い。浅ましく愚かで、清らかだと信じて疑わない姿は、記憶の端に掛かる誰かに似ていた。

「殺めたければ殺めるがいい。その時は私が自ら貫いてやろう」
「ふざけないで。私はメルと約束を守るだけよ」

澄まし顔で歩き出した小娘のあとを、近くなく遠くない距離をとって歩み始める。

(この距離が、縮まることは有り得ない)


私の世界に神などいない
(ぐだぐだ飲み会)

「はい!青髭のー、ちょっとイイトコ見てみたい!それ、イッキ、イッキ、イッキ、イッキ!」

死ねば良いのにと恨みがましく呟いた声すら消され、温い麦酒のジョッキが木のテーブルに置かれた。
何をどうして飲み会になったのか、嗚呼、今ではもう解らない。
バカ笑いしているコルテスは、テレーゼと飲み比べをしている。恐らく先に潰れるのはコルテスだろう。テレーゼの酒の強さは、並大抵のザルではない。
酔いもせずに悪乗りしているエーレンベルクの隣では、終始笑顔の妻が騒いでいる。

「にゃははー、あなただいしゅきにゃーん」
「おぉ!奥方は酔っぱらうと猫になるのかい?」
「離れろエーレンベルク!!」

エーレンベルクの魔の手から、酔い潰れている妻を引き剥がす。全く、にゃーんじゃない、にゃーんじゃ。
凄まじく可愛いという内なる声を押し殺し、勢いでジョッキを呷る。酒気が巡る感覚と同じく、睡魔が全身を走り抜けていく。

「ごちそうさまが聞こえない?おかわりしたまえド低能!」
「きゃー!あなたがんばってー!」
「ふっ、フフハハハハ!」

(たまにはこんな、無礼講な日も)




**********
最後だけノリが違いすぎて、これ書いた時の心境が気になりました。大丈夫じゃないぞ私。

認知的不協和な恋心(Marchen)

*現代パロディ、青髭夫妻と賢女と航海士
*航海士が賢女だいすき!



 あぁどうしてこんなことに。
 私の提案は完璧であったのに、まさかこんな展開に転ぶだなんて。

 ちょこちょこと愛らしく駆け回る彼女の可愛さは、それはもう私が望んでいた以上の愛らしさだ。そう、これは私の思い描いた通り、
 なのに。

「テレーゼさまにはパステルカラーが似合いますわっ」
「そう、かしら」

 思わず引き攣りかけた笑みをどうにか戻すが、彼女は既に此方を見ていない。洋服や小物に目を奪われるのは、女性ならではの心情にある。
 それを利用して彼女を誘い出したまでは良かったのだが、まさか自分が見立てられるとは思わなかった。

 自分に合う服は自分が一番よく解っているし、彼女の行きつけである店の愛らしさとは残念ながら方向が違う。何かにつけて辞退する筈が、彼女とびきりの笑顔には抗えなかった。
 普段からお世話になってますし、だめですか?なんて。

 自分が男であったなら、などというあり得もしない仮定を考えてしまうくらいには弱い。

「どうにか止めなさいよ、貴方の妻なんだから」
「生憎と、一度決めたら梃子でも動かぬのだ。どこかの誰かに似てな」
「ならせめて乙女同士の楽しいショッピングをさせて頂戴。仏頂面の貴方はお門違いだわ」
「それは肯定する」

 明らかに異質な存在である知己は、しかし何処吹く風といった表情で壁に背中を預けている。いっそのことそのまま同化してしまえばいい。
 顔立ちからして店員や客から戦々恐々とされているのだが、当の本人は彼女の行動を隅々まで見つめているだけ。良くも悪くも、彼は変化している。

 溜め息をひとつ吐き出すと、彼女の声が私の名を呼んだ。手にする服は、およそ私が普段は選ばない色と素材。

「試着してみてくださいっ」
「……えぇ」

 天使の笑顔に促されるまま、私は試着室のカーテンを引いた。

 オフホワイトのカーディガン、パステルブルーのワンピース。首もとはオフタートルになっていて、かなり鎖骨を出す形となる。カーディガンに助けられると眉を寄せて、全身鏡を眺めた。
 もう若くもない自分がこの服装はどうだろう。際立って似合わないとは思わないが、それこそ彼女が着れば完璧な可愛さの筈。
 しかしせっかく、彼女が私のために選んでくれた品だ。彼女にだけは見せる意味がある。だから私は、どうですかと窺う声を真に受けてしまった。

 カーテンを引いた先に立つのが、天使ではなく悪魔であるとも知らずに。

「ッ!?」
「やぁこんにちは、テレーゼ」

 人間、驚くと声を失うものらしい。眼前の悪魔は常と変わらぬ、金色の髪を靡かせて翠色の双眸を眇め、それは優雅に微笑んで見せる。
 直ぐ様カーテンを掴んだが、閉じないようにと手で押さえられていた。

「なんで貴方がっ」
「さぁ、何故だろうね」
「叫ぶわよ」
「構わないさ。君を見立てた彼女を悲しませたいのなら」

 ぐ、と息を詰まらせる私に、男の手際の良さは異常だった。取り出したカードがブラックであるとか、値札はその場で切り取られたとか、重要人物たる彼女とそのおまけが店にいないとか。
 要するに私が嵌められたのだと気付いた時には、ありがとうございましたという店員の笑みが輝いていた。

 着替え直すことも出来ず、かといって家に帰るにはこの男をどうにかしなければならない。街中で騒ぎ立てる趣味はないが、不快感が自然と吐露される。

「どうしてこんな手の込んだ馬鹿げたことを」
「馬鹿げたこと?」
「白々しい演技は結構よ。確かに私は目障りでしょうね、ルードヴィング家の血筋は変えられないもの。でもだからってわざわざ彼女を巻き込んでまで、私を辱しめるなんて」
「それは、聞き捨てならないな」

 ゾワリと肌が粟立つ低い声音。それは普段の笑みを張り付けた声とは異なる、怒りを孕んだもの。
 袋を手にした私の手を押さえつける男に、今更ながら男性に対する恐怖を覚えた。どれだけ知識で優れていても、力では敵わない。
 そんな怯えが目に浮かんだのか、男はハッとその身から威圧感を消した。済まなそうに眉を下げる表情に、どうしてか胸が痛む。

「すまない。君を騙してしまったことは謝ろう。だが辱しめるなどとんでもない、彼女や青髭は善意から私に協力してくれたまで。私はただ」
「どんな理由であろうと、余計なお世話だわ」

 これ以上先を聞いたら、流されてしまいそうだ。だから言葉を切ったのに、男は止まってくれなかった。手を振り払えなかった時点で、逃げられない。

「私は君が好きだ」
「は、い?」
「君を愛しているよ、テレーゼ」
「ッ……何を馬鹿なこと」
「だから、何一つ馬鹿なことなんてない。君は低能でもないのだから、理解してくれるだろう」

 笑みを無くして真っ直ぐに見詰めてくる瞳に惑うのは、悔しいけれど僅かにでも自分が惹かれているから。
 早く言葉を、否定の声を返さなければ。頭の中は目まぐるしく回転するのに、口から言葉が紡げない。
 急速な血流の上昇を感じつつ、私は固まってしまった。


「エーレンベルクさま、ちゃんと伝えられたかしら」
「さあな」
「二人が上手くいったら、四人でデートしましょうね!」
「…………」




**********
紳士なイドルフリートを目指したからおっぱいって言わなかったら誰だかわからなかった!(大誤算)
イドテレも好きなんですが、テレーゼさんが予想外にツンツンしますね。
あと青髭がテレーゼさんに対して恋愛心ないとすごく書きやすい←

前の記事へ 次の記事へ