団地にはエレベーターとか贅沢なものはついていなかった。僕らは狭い薄暗い階段を上がる。 やべっ、もうこの段階でなんか怖いぞ! さっきまで明るい日の下で笑いあったくせに、僕らはもうビビリ始めていた。 なんたってここは、本にも載る幽霊団地なのだ。その事実を僕らは改めて思い出した。 だけど何も言わず、僕らはもくもくと上り始めた。だってメンマが実際にここに住んでるのに 「気持ち悪いとこだな」とか言えるわけがないじゃないか。だって友達なんだから。 「ここ」 メンマがドアを開けて僕らを案内した。古くさび付いた緑色のドアは、嫌な音をたてて開いた。 部屋の中は、嫌に薄暗く、狭苦しく感じた。違う棟に住む半田の部屋と同じ間取りだったけど、 あっちはもっと明るくて綺麗で広かった・・・ 部屋の中には、すごい古い箪笥とか食器棚とかが置かれていた。 なんでも前の住人が置いていった家具が、そのまま置かれていたらしい。 どうせ新しい家にすぐ引っ越すし、4階のここまで荷物を運び込むのもアレなので、 そのまま自分たちが使うことにしたらしいけど・・・ 僕は思ったものだ。ほとんど誰も住んでいない団地。前の住人って、何年前の住人なんだろう? 「なあなあ、カセットレコーダーとかない?」 半田がメンマに聞いた。 「あるよ」 「おれ、カメラ持ってきた。ラジカセはさすがに重かったからさ。その、ズルズルって音、録音しようぜ!」 僕とメンマは半田の準備のよさに関心した。 「すげー!なんか写真に写ってたらどうするよ!」 「おれら有名人だぜ、すげーーー!」 「よし、とりあえず記念撮影だ」 ぱしゃり。 そのあとも、僕らは部屋中をあちこち写真に写して回った。

 


初めは気味悪かったこの部屋も、3人で騒いでるとちっともそんな気持ちはなくなった。 メンマのお母さんの作りおきしてあったカレーを食べて、テレビアニメを見ながら 僕たちは、夏休みの計画を立てたり、マンガの話をしたり、 好きな女の子を打ち明けたりして盛り上がった。

「あのさ、女の体の、どこを触っても見てもいいって言われたら、お前ら上と下、どっちにする?」 「そりゃ下だろう」 メンマの質問に、僕と半田は即答する。 なんたって男と女の大きな違い、女の○○○は小学生ながら大きな興味の対象なのだ。 そんな僕らにメンマはバカにしたように言う。 「バカだなあ。女にはなんにも生えてないんだぜ! 何にもないんだから見ても触っても面白くないじゃん。 上にきまってるだろ! おっぱいだろ、おっぱい! やわらけーぜ????? きっと!」 熱く語るメンマ。・・・言われてみれば確かにそうだ! 今の自分なら、「そんなことないぞ」と彼らに言い聞かせてやることも出来るのだが、 なにしろ当時の僕たちはガキだったのだ。 「そうか! じゃあおれもおっぱい!」 「僕もおっぱいだ!」 「だろだろ? おっぱいだよな!」 「すげーよ! すげーよメンマ!」 僕らはメンマの博識に、えらく感心したものだった。 とまあ、そんな感じで盛り上がり、とりあえず寝るかと誰かが言い出したのは12時を回っていた。 あ、ちなみにこの日は土曜日である。


横になっても僕らはなかなか寝付けなかった。 メンマがいきなり屁をこいて笑わせたりするもんだから、 ようやくうつらうつらしてきたのは、午前1時近かったんじゃないだろうか。 みんな静かに、眠っているか、開けっ放しの窓から聞こえる虫の声を聞いてたりしていると、 突然メンマと半田が同時に言った。 「今日、樋口のおっぱいがさあ・・・」 「なんか音しね・・・?」 え? メンマも言いかけた言葉を飲み込んで押し黙った。僕も耳を澄ます。 ずる・・・ 僕らが寝ている隣の部屋で、かすかに何か音が聞こえている。それも低い位置で。 それはメンマが学校で言ったように畳の上を何かが摺っている音のようだった。 やべ・・・ 僕は思った。さっきまで3人でバカ笑いしてたのが嘘のようだ。 マジで出た。やべーよコレ。 「開けてみる」 隣の部屋との襖を、半田が開けようとした。僕は止めたかった。このまま聞かない振りをして寝てればいいじゃないか。 でも半田は襖を・・・開けた。 ずる・・・ずる・・・ 音はさっきより大きく聞こえ出した。 「やべえ・・・まだ聞こえる・・・」 「で、電気つけろよ、電気!」 メンマが寝室の電気をつけた。あわてて引っ張ったスイッチのせいで、照明がぶらんぶらんと揺れる。 音のする部屋に光が届いたり真っ暗になったり・・・古い箪笥の上の人形が、奇妙な影を落とす。ずるり・・・ずるり。 「しゃ、写真・・・ろ、録音!」 「なんか、音、こっち来てねえか?」

 

ずる・・・ずる・・・ 僕が慌ててカセットレコーダーのスイッチを入れた。 「なんか来てるよ! 今まで来なかったじゃん! なんで来るんだよ!」 それは襖を開けたから。今までメンマは音がしても決して襖を開けず、毛布をかぶって聞かない振りをしていたから・・・ ずるずるずる・・・ 畳を摺る音・・・いや、這いずってる音だ、これは。音は寝室の中に入り込み、僕らの周りをゆっくりと回りだす。 ずるり、ずるり、ずるり、ずるり・・・ 何周かして、音がメンマの後ろに回ると、音が、止んだ。 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 僕らは押し黙ったまま、じっとメンマを見つめた。 メンマはもう、今にもひっくり返りそうな顔をして僕らを見ていた。 なんとかしてくれ! その顔はそう言っている。 15分くらい、僕らはこのままでいたと思う。 メンマが聞いてきた。 「おれの後ろ・・・なんかいる?」 僕は横に身を乗り出してメンマの後を覗こうとするけど、何も見えない。 「うぎゃあ!」 突然メンマが身をよじった。 「背中背中!なんか背中あああ!」 メンマはひっくり返り、畳の上をゴロゴロ転がる。 「な、なんにもいねーよ、メンマ!」 「そ、そうだって! なんにもなってないぞ、メンマ!」 「え・・・?」 メンマが泣きそうな目で僕らを見る? 「なんか居ね? 居ね?」 「いねーって! 大丈夫だってメンマ!」 「そ、そうか・・・」 僕らはまた見つめあった。