しかもヒィー、ヒィーン…という奇妙な音は、その人物がたてる悲しげな泣き声だということが分かった。
「もしかして、あれは…」お爺ちゃんは担いでいた鋤を投げ捨て、泣き声の主の方へと走りだした。
あとの家族もそれにつられ、殿様のあとを追う家来のようにお爺ちゃんについて一列のまま走った。
それが孫のYちゃんであるということは、近づくにつれて明らかになった。
「おーい、どうしたぁー!」家族は口々に叫びながら、その異常な泣き声に引き寄せられていった。
そこにはなんと、泣きじゃくるYちゃんが無惨な姿をさらしていた。
下半身は汚物にまみれてグチャグチャになっているし、顔や髪の毛にまで汚れは飛び散っている。
なによりも全員がうっ!声をつまらせたのは、信じられないような糞便の匂いである。
Yちゃんはお爺ちゃんの姿を見て安心したのか、さらに大きな泣き声をあげ、お爺ちゃんに抱きつこうとしてヨロヨロと近寄ってきた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待てぃ!!」孫を溺愛するお爺ちゃんではあるが、さすがにその突撃を手で制し、まずは井戸の方に連れて行った。
Yちゃんを素っ裸にして、頭から足先までザァザァーとなんべんも水を汲んでは汚物を洗い落とす。
幾分、匂いは残ってはいるものの、数え切れないほど水をかけられたYちゃんが盛大なクシャミを立て続けにしたのを潮に、やっと家の中に入れてもらった。


今度は恐さではなく、寒さのために震えているYちゃんに温かいものを飲ませ、毛布を頭からすっぽりと被せて落ちつくのを待った。
汚物まみれになっていたのは、厠か肥え溜めに落ちたのに違いないのだが、どうしてそんな事になったのか、お爺ちゃんを筆頭に家族全員、まだ少し鼻をつまみながら、Yちゃんが口を開くのを今か今かと待っていた。
広い座敷で、意味は違うが家族全員が息をつめて真ん中のYちゃんを注視している様子は、なんだかスターの記者会見のようでもあった。
悲劇の主人公Yちゃんも少し勘違いして、何かヒーローになったかのような高揚した気分になっていた。
お爺ちゃんは、やさしく尋ねはじめた。
「…で、おまえは、一体どうしたんや?」
まわりを囲んだ家族の視線が、Yちゃんの口元に釘づけになった。
まるで、舞台の俳優が長い独白をはじめるときのように、Yちゃんはたっぷりと間をとってから、小さな声で話しはじめた。
そして、それは驚くべき話だった。
その奇妙で、なんとも不思議な話は次のとおりである。
Yちゃんは遊んでいたときに腹痛に襲われ、急いで走って帰り、厠へ飛びこんだという顛末から話しはじめた。
用を足したあと、足が痺れてけつまづいた拍子に、運悪く穴からストンと落ちてしまったことも…。