「吸血鬼ヴァンプの力を借りなければ、チェブルク城には行けない?」
ラズメリアが問うと、フォレストはふわりと微笑み、
「ええ。ヴァンプならチェブルクの場所が分かるわ。この先にあるの」
フォレストは、先頭を歩いて誘導する。
ラズメリア、ウェイブル、フォレストの3人は、スーナの深淵を歩く。
「ヴァンプとフォレストは知り合いなのね」
ラズメリアが問うと、フォレストはにこっと微笑み、
「ええ。魔女と吸血鬼は親友みたいなものよ。長い時を生きていると、
自然と仲良くなるの」
周囲一帯に生い茂っている樹木達による影が、日の光を奪い、土は湿っていた。
早朝だというのに、まるで、ここだけが夜のようだ。
フォレストの誘導した道に従って歩いていくと、急な下り坂になっていた。
深い霧になっていて、その先は何があるか
「まさか、ここを下りていくんじゃ…」
「そうよ」
フォレストは宙を浮かせて、先へ進んでいく。
「さあ、貴方達も」
「って言われてもね…あ、ウェイブル。貴方の移動術なら可能よね?」
ラズメリアは、これまで二度、ウェイブルの落下スピードを遅らせる術によって、大怪我一つせずに着地する事が出来た。
「ああ。だがフォレストのように、直接的に体を宙に浮かせる事は出来ないが」
ウェイブルは術を唱えた。黒薔薇が、二人の周囲を舞う。
『スロウ・ランディング…』
二人が坂を下りていくと、ほぼ落下の状態になる体は、ゆっくりと降りていく。まるで歩いているかのように。
「んんー…これはこれでちょっと怖いわね…」
「すぐに慣れる。視界を見ていないと、樹木や岩にぶつかるぞ」
二人は、フォレストの後を追った。
彼らの後姿を、猫飼いの男はぼんやりと眺めていた。
「さようなら。黒薔薇と果実姫。永遠の別れのように、永遠の別れを言うよ。
見えなくていいものまで、僕には見えてしまうんだ。それは損か、得か?
すくなくとも、傍観者で無関係の僕には何も損はない話さ」
――くすくす…あははは…
猫飼いの男の笑みに、悪意はない。
ただ、無関係の人間なら、当たり前にする事をしているだけ。
彼の正体は人間のふりをしている。ただの猫。
人間の事情など、知った事ではない。
「さて、ご主人様(フォレスト)には、帰ってきたら紅茶を入れてあげようかな。」
「にゃー」
猫飼いの男は、周囲の猫を優しく撫でた。
※
3人が到着した先には、すでに霧はなくなっていた。
暗い夜の闇。そこに見えるは、カーテ・ヴァリッヒ城。
吸血鬼の住む、小さな城だ。誰も住んでいないが、
3人は、人の気配は感じた。
吸血鬼にとって、24時間ずっと夜が続く場所。
その吸血鬼は、かたくなに外出を拒み、、滅多に外には出ない。ましてや遠出や旅など…。
それも承知の上で、ウェイブルは彼に手紙を出した。
ヴァンパイアの強力な力は、きっと白薔薇には効果的だろうと言った。
何故、昼間だというのに、これほど暗いのか…
それは、フォレストが知っているようだった。
「ここは、スーナの崖に囲まれた、森の死角と呼ばれた場所。さっきの急な坂からでないと、
ここには絶対にたどりつかないの」
3人は、重い扉を開ける。造りは古いが、それほど汚れてはいなかった。
ウェイブルは手を広げ、ラズメリアがそれ以上先に行くのを止めた。
「俺が先に行こう。ラズは後ろに下がってろ」
「残念だわ。私は吸血鬼にとても興味があるんだけど」
ラズメリアが問うと、ウェイブルは少し口ごもる。
「一応、女神の話によれば、ここの吸血鬼は話の分かる奴らしいが…一応、吸血鬼だしな。
若い女の血を欲してるかもしれない」
「でも、歳をとらずに、永遠に若い姿でいられるなんて、とても素敵な事だわ」
ラズメリアの発言が、冗談なのか本気なのかは、ウェイブルは判断できなかった。
「…俺が困る」
「え?」
「いや、なんでもない」
ウェイブルは、視線を外したまま、ラズメリアの方をみなかった。
その様子を、フォレストは何も言わず、じっと眺めていた。
(私は魔女だから、人間の生き血なんてものはないけど…そうね。
この中では、果実姫が一番危険だもの。それにしても…)
フォレストは、表情こそ変わらないが、内心では二人のやり取りを楽しそうに眺めていた。
(黒薔薇は奥手なのね。)
いつの時代も、若い男女の会話は面白いなと魔女は思うのだった。
城の内部をすすんでいくと、突然、コウモリの複数の鳴き声が響き渡った。
「キィィィィ!」
「え…城の中にコウモリ?」
ラズメリア達の目の前にコウモリの群れが飛んできた。
思わずかがみ、避けようとすると、
過ぎ去ってすぐに、いつの間に現れた女性の元へ集まった。
「ようこそ…カーテヴァリッヒ城へ。久々のお客様で嬉しいです。ヴァンプもきっと喜ぶはずです」
そこにいたのは、銀髪の修道女。まだ若く、ラズより少し年上ぐらいの外見だった。
何故、吸血鬼の城に修道女が…?と思っているが、ごく自然に、彼女は微笑んだ。
ウェイブルは警戒しながら、修道女に問いかけた。
「ヴァンプ…。吸血鬼の事か。するとお前は…?」
「わたくしの名はフェミア・フェテルティ。ヴァンプに生き血を捧げた、元・修道士です。
ヴァンプを退治してはいけません。彼も、永遠という名の命を持っています。
戦うというのなら…私がお相手しましょう。」
フェミアは、微笑みながら静かに牙を見せた。手を組み、祈りをささげた。
どうやら、修道女としての彼女の癖がまだぬけていなかった。
何も武器はもたないが、十字架を握り、天に祈るように目を閉じる。
ラズが慌てて、フェミアの方を見て、
「ちょっと待って。私達は吸血鬼を倒しに来たんじゃないのよ。協力をしてもらいたくて来たの」
「俺はウェイブル。手紙を…送ったものだ」
「手紙…」
その声に、突然正面の階段から高く飛び、反応した者がいた。
彼は『ヴァンプ』。
黒い衣装を身にまとい、長い耳と、さっぱりとした短い髪の毛。
そして、釣り目の赤い瞳と、獲物を捕らえるために必要な、牙。
「フェミア…血を、血をくれ…。お前の血が欲しい…」
ヴァンプは、フェミアの元に現れ、抱擁し、皆の前で堂々といちゃついていた。
フォレストは、「あらあら…」と、冷静にその様子をみているが、
ラズは、顔を真っ赤にしながら、思わず叫んでしまった。
「こっ、こらぁー!貴方達、人前でそういう行為は慎みなさいーーっ!」
ラズの叫び声で、ようやくヴァンプとフェミアは、我に返る。
「お、魔女フォレストもいるのか」
ヴァンプとフェミアがぽつりとつぶやくと、フォレストは陽気に手を振った。
「久しぶりね、ヴァンプ。相変わらずですこと」
先ほどまでの、フェミアとの会話はどこに行ったのか、
二人はラズメリア達の存在を完全に忘れていた。
そっぽを向いたまま、こちらをみようとしないウェイブルに、
ラズメリアは一言くらい、声をかけた。
「ウェイブル、貴方も顔が赤いわよ?」
「…俺は何も知らん」
彼なりにごまかしたつもりのようだが、ラズメリアにはバレバレだった。