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高歓ジジのこと

高歓ジジは北斉の基礎を作った人ですが、色々逸話があるので、ここに載せていこうと思っています(やっぱり、100ページでは納まらんて)。


高歓ジジの疑問点。


◎ホントに渤海脩の人か?

 中国の史書で皇帝になった人の伝は割り増しして書いてあったりしますが、これもその類で、ホントはもとから鮮卑族の人じゃなかったかなぁ、と思っています。
 もし本当に漢族だったとしても、先祖が罪を負って懐朔鎮に来てから長い間そこに居たわけだし、習俗は完璧に鮮卑族のものになっていたようです。


◎高歓ジジはイケメンか?

・姿形→目は鮮やかに光り、歯は白く玉のようだった。身長は高く抜きん出ていた。

 ……すごく印象的な人だなぁ、とは思うけれど、イケメンかどうかはよくワカラン(汗)。
 脳内ではイケメンに補完されているけれど。
 歯から光が零れてそうだな(笑)。 


◎なんか凄い人らしい

・成長してからは、落ち着いて動じず、人物の度量が大きかった。

・男伊達!
 →自身の持つ財産を全て開け放って士を重んじ、豪侠の中心人物となる。

・機を見るのに敏。物事を見抜く目を持っていた。

 →婁昭君と結婚して持参金をがっぽり貰ってから、そのお金で馬を一頭持ち、鎮の隊主兼手紙のお使いになる。
 そこで魏の腐り具合を見、蔵を開け放って侠客と縁を結んだ。
 彼と親しい人が彼の行動を怪しみ問うと、彼は
「わたしが洛陽に行っていたとき、兵卒が集って上官の屋敷を焼いたが、朝廷は乱を怖がって罪を不問にした。政もこれと同じような状態で、この先の事は知れたことだ。財物が常に我等を守ってくれるというのか?」
 と言った(北史より)。

 →葛栄のもとから必死こいて爾朱栄の元に逃げたために、爾朱栄の元についたときには高歓はぼろぼろだった。
 高歓と親しい劉貴は高歓の器量を褒めていたが、憔悴した高歓を見た爾朱栄は「大したことのない人物だな」と思い、まずいと思った劉貴は高歓の身形を整えた。
 そこで再び会った爾朱栄は、厩に気性の荒すぎる馬が居るので、高歓に斬らせようとした。高歓は馬を括りつけず、蹴ったり噛まれたりせずに斬った。
 高歓の実力を知った爾朱栄は、高歓を幕屋に呼びつけ、ベッドの下に座らせた。
 そこで高歓は
「聞けば公は馬を十二谷有しておられ、色別に群れを為させておられるが、これを何に用いられるのですか?」
 と聞き、爾朱栄は
「おまえがその意を言ってみよ」
 と言った。高歓は
「現在の皇帝は愚弱で、皇太后は淫乱です。禍は皇太后の寵者が権力を欲しいままにしていることで、朝政は行われておりません。時に乗じて奮発し、公の雄武を明らかにするべきです。鄭儼と徐コツを討って帝の側を清め、鞭を挙げて霸業を成させる事、これが賀六渾の意です」
 と代弁し、大いに喜んだ爾朱栄は、夜半にここを出て日中に京師に到着する意を語った。高歓はおのずと毎回軍謀に参加することになった。

・トップとして、バランスの取れた人?

 →峻烈にして、終日厳しくおごそか。人の中身を推し量ろうとせずに、何かの兆しがあったときには、神の如く変化した。
 敵国に至っては、武官と文吏が有ったときには、これを併せ並べて策略を預け、獨り大略を懐に抱いた。
 軍衆を使いこなして管理し、法令は厳粛にて、敵に臨んで勝を制するのに、鞭を出すやり方はしなかった。
 聴いただけで判断せずに、明らかになるまで細かに調べるので、誰も嘘をついて欺くことができず、よく人を治め兵卒に好かれた。


……続きま〜〜す(時間切れ。汗)
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