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「あんな〜、実家が道路拡張で取り壊されることになったんよ。」

「ええっ!?」「どしてぇ〜」「嘘やろ?」「勿体ない、、、」


「(笑)興奮せんでえ、もう決まったことなんやから。」

「そっかぁ〜」

「ん、でな、自分が使ってた子供部屋、片せって。」

「あゝ、やね、やね、手伝うわあ」

「ん、ありがとー」


友人の実家が、道路拡張で取り壊されることになった。

この家は、大正時代に建てられた古い木造住宅で、

どっしりと風格のある梁に守られ、

広くとられた大きな窓からは明るい陽が射して

お花のお好きなお母さまが、端正された裏庭には四季の花々がいつもきれいに咲いていた。

「花がないと寂しいでしょ?」と毎日 庭で摘んだ草花を

トイレや廊下にさりげなく飾っていらしたり


代々の女主人に丁寧に磨かれたであろう長い廊下は黒光りして美しく、

そこを吹き抜ける風は夏でもひんやりと涼しくて

年月(としつき)を経てじゃないとそなわらない魅力的な家だった。




わたしはと言えば、

この家が持つ人柄というと変に聞こえるかもしれないが

訪れるものをいつでも優しく迎えいれる家の雰囲気が好きで 用事を態々(わざわざ)作って、豆に通いたい場所でもあった。





「あ〜あ、ほんまに残念やねぇ、」

「ウチがお金持ちやったらこのままどっかに移築したいわあ」

「もったいないなあ〜」



「しょうがないよ、」



「でも、そのおかげで、立ち退き料がたんまり出てな(笑)、少し郊外やけど、ここより広い土地が買えて、新築の平屋の家が建ったんやから有り難いと思わなくっちゃ。」

「ん〜、」

「年々、親も年取るわけやろ?、古いばっかで住んでみるとわりかし不便な家なんよ、あそこ。」

「ん………。」

「お風呂もな、今度はシステムバスやから もお、薪割りもせんでもいいしな、」

「そっか、」


「ん、お勝手も床暖房やから暖かいんやで?」

「そっか、前向きな引っ越しなんやね。」

「ん、わたしもこれで親が年取っても安全な老後が過ごせる機会をもらったから、そういう設計にしてもらったん。」

「ん、そやね、、、」


たまに訪れるもんには分からない不便さもあるのだろう。

とは、思いつつ………


新しい。今が頂点の建物より 古い家についた柱の傷や、落書きを見ると守り継がれてきたものの力強さに、行き先のわからない道で誰かの足跡を見つけたみたいに

なんだかあたたかい気持ちになって、勇気がもらえるような気がしていたからとても残念な気持ちでいた。












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あれよあれよという間に、

新しい家が建ち。引っ越しが済んで、新築祝いに行ったら、小母ちゃんが、今風の合板のフローリングの上に古いちゃぶ台を置いて芽が出たジャガイモを欠いていた。


「もお、貧乏性が抜けないんだから、」と半ば飽きれ顔で声を掛ける彼女に

「甘辛く煮つけると美味しいのよ。」と笑う小母ちゃん。



どんなにピカピカの暮らしになっても変わらず、

ジャガイモの芽を欠き、花を飾る小母さん。



「おいしそう、(笑)」

「二三子ちゃん食べる?」

「ん、食べる!」「食べたい(笑)」



「ん〜おいしい♪上手 煮えてる。」

「小母さん、トイレの花、女郎花(おみなえし) 向こうの家から持ってきたん?」

「ん、さすがやねぇ、うちの子なんて誰も気がつかんのよ、」

「(笑)あたしも花、好きやから。」

「つくかわからへんな、と思ったけど、土が違うから…」

「いろいろこいで来てみたんよ。」

「ガーデニングお手伝いしよか?あたしで良かったら。」


「ん、ありがと、そん時は頼むわ。」

「あっ、それよりまだ、あっちの家にあるもんで欲しいもんがあったら貰ってくれる?」

「えーっ、いいん?」

「ん、取り壊される前に見て来てな。」

「わぁ〜、ありがとう。」

「ん、大事にしてくれたら小母ちゃんも嬉しいわ。」





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慣れ親しんだ家が壊される姿を見たくないというご両親に代わって

友人が立ち会うことになった。

ひとりじゃ、ということで私も一緒に立ち会うことにした。








小母さんのご厚意に甘えて欲しいものを見に行った。



あの日…












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「ちょっと、待ってて、」

「懐中電灯持ってくるわ。」

「ん。」








あらかたの荷物が運び出されて伽藍洞になって大きく口を開く玄関は薄暗く、


人が住まなくなった家は、どことなく他人行儀でよそよそしい。


残った家具や道具は勿体無いけど解体と一緒に処分されるのだという。







(寂しいもんだな………。)








(明日はもうないのか………この家。)












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と思ったその時、家の奥から音がする。









(コツン。コツン、ズッ、ズッ…)


(……コツ。ズッズッ………コツン。)


なにかを引き摺るような音が近づいてくる。










.
(ん?誰かいるんかな?)









(コツン。ズッ、ズッ………コツ。)

(ズッズッ………コツン。)











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暗闇から









浴衣のような白い寝巻を着たお爺さんが、









___来た。











(ん?、ここん家(ち)のお爺さん?)


(脚、悪いんやな、)


(なら、介護には新しいお家のがいいかもね…)
と、ひとり納得し、






「こんにちわぁ〜」と、声を掛ける。










.
(コツン。コツン、ズッ、ズッ……)







(…コツ。ズッズッ………コツン。)










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聞こえなかったのか?




こちらを見ることもなく




暗い廊下の向こうに





行ってしまった。










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「どしたん?」「誰か来たん?」

「ん、今、お爺さんがそこに、」

「挨拶したんやけど聞こえなかったみたいやね、」

「………またまたまたまたあ〜、(笑)」

「やめてよねぇ」

「ん?、なんがぁ?」





「家、爺さんなんかいてへんよ?」

「知ってる癖に、変なこと言わんでよねえ」

「恐いやん////」



(そう云えば、この家でお年寄りを見たことは無かった。)


(なかったけど、それじゃあれは誰!?)




「でも、今!そっちから来てあっちに行ったんやもん、」



「嘘やないもん////」

「脚、悪いんか、杖ついてた。右足 引き摺ってた………。」

「こう、こんなふうに、、、」



わたしは、今、見た お爺さんの歩き方を真似して彼女に見せた。


「身長はこんぐらいでな、少し背中が曲がってて、こんなふうにな、

(コツン。ズッ、ズッ………コツ。)

(ズッズッ………コツン。)


て、歩いてな、」



「あっ、白い浴衣みたいなん着てた。」




「ちょっと、待ってその話、家の母さんにしてみて。」


「欲しいもん、後にしよ、今日は恐くてよう入れんわぁ」


「ん、いいよ〜別に、」





なにがなにやらわからんが

彼女に引っ張られるように車に乗り込み

新しい家に着いた。









「おかあちゃん、ちょっと、ちょっと、アルバム持って来て!!」

「なんやのぉ、こん子は入って来るなり落ち着かん子ぉやね〜」


「いいから、早く!」

「ほれ、あんたも上がって、」

「う、うん、なんやの////」

「ふうちゃん好(い)いのあったあ?」

「いえ、まだ見てなくて(笑)」

「そうなん?」




「おかあちゃん、爺ちゃん、脚、脚悪かった、言ってたよね?」

「あゝ、うん、そやけど、なんやの?」


「いいから、アルバム貸して、」



そう言って、母親からもぎ取るようにアルバムを奪い

ページを捲る彼女は、顔面蒼白で具合が悪そうだった。


「二三ちゃん、見て、こん中にいる?」

「さっき言ってた人。」


黄ばんだ古いアルバムに写る人々は白黒がセピア色に変っていた。


戦争に行く記念写真だろうか?

軍服を着込み、皆 若い。

まだ、十代に見える人もいる。

人々を見送る為に集まった人々だろうか?

現在の朝日新聞の社旗のような旗を持ち

引き攣(つ)った笑顔で写る人々と兵隊さんの写真だった。

こんな若い人たちが 戦争で命を落としてくれたから

わたしたち「戦争を知らない子どもたち」がのうのうと暮らしていけるのだと思った。







.


「どう!?、知ってる人いてる?」




「知ってる人、こんな古い写真に、、、」

「おらんやろ〜(笑)」

「あっ、ちょっと、似てる。」

「この人、似てる。」





この人と指さした男の人は、わたしが見た人よりはだいぶ若いけど

さっき会った人だと不思議なほどの自信があった。





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「きゃーっ!!!」

「幽霊やん、やっぱ、思った通りやわあ」

「なんが!?」

「どうしたん?」

「急に大声出してビックリするやん、ちゃんと、説明しなさい。」

「二三ちゃんが、う、うう家で、古い家で、爺ちゃん見たって、」

「えっ!?ほんまやの?」

「ん、居てた。」

「やっぱり爺ちゃんの幽霊やったんや」


「かもしれんな、爺ちゃんまだ、あの家に住んでたんやね…」

「なんなん、おかあちゃん恐(こわ)ないん?」

「なんで怖いん?」

「爺ちゃんやで?」

「爺ちゃん、あの家が好きだったから。」

「戦争から怪我して帰って来て右足ずっと痛い痛いって、」

「杖ついて歩いてた、」


「そっか、あんたに見えんで二三ちゃんに姿、見てもらったんやね…」



「爺ちゃんらしいわ、フフフ(笑)」






あの家のお爺さんは、戦争から運よく帰っては来れたものの、

片足が膝から下が地雷で吹き飛ばされて、無い筈の右脚が痛い痛いと言っていたそうです。



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それでも、ずっとあの家に帰りたかった想いが

お爺ちゃんを、あの家に留まらせていたのかもしれません。

「そう〜住んでたんやねぇ」と、

小母ちゃんは、なんだか嬉しそうでした。





家が壊されるとき、淋しいから行かないと言っていたご両親も立ち会い



お爺ちゃんの部屋には、お酒が好きだったからと小母ちゃんが一升瓶を置いて清め…

古くて簡単に壊れるかと思った家は、意外にも頑丈でなかなか壊れず

解体業者を手こずらせたということです。