この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。
ログイン |
その背中を見つめていた。
突然に背後で、ドサッと音がした。
この部屋でユーリ以外に音を立てる者は一人だけ。
それでも何事かと、ユーリはグローブを磨く手を止め、振り向いた。
そこには、やっぱりヴォルフラムがいて、しかし、フルフルと頭を振ってベッドから体を懸命に起こそうとしている。
「そんなに眠いんなら、寝ればいいのに」
「だめだ……あと、5分…」
ユーリの言葉に返事をしながらも、コクリコクリは止まらない。
壁に掛かる時計の針はもうそろそろ真夜中を指す。
こんな時間なら、この王子様にとっては起きているには辛いだろう。
相変わらずコクリコクリとフルフルを繰り返すヴォルフラムを見ていたユーリに、自然に笑みが零れる。
ユーリにはヴォルフラムの考える事が分かっていた。
でも、だからこそ、ヴォルフラムをこのまま起こしておくのは可愛そうだ。
「よいっしょ!」
わざとらしく掛け声を掛けて、ユーリはヴォルフラムが睡魔と闘っているベッドへ腰かけた。
「ヴォルフ?」
呼びかけながらヴォルフラムの肩をそっと引き寄せると、ストンと素直にユーリの胸元に治まる。
「おれ、わかっちゃうんだな。お前の考えてること」
「うりゅさい! ぼくは…まだ、ねむくぅは……なぃ……」
「返事になってないし、ってか寝てるし」
そっと金色に輝く髪を撫でていると、一生懸命頑張って開いていた瞳も閉じてくる。
「おれはね、その気持ちだけで十分だよ。それに日付が変わる瞬間にお前がちゃんとここにいてくれるしな!」
スースーと聞こえてきた寝息に返事を求めることなく、ユーリは囁いた。
その刹那、時計の針がピタッと重なる。
ゆっくり時間が過ぎる中、腕の中の天使がもぞっと動いて、くぐもる声で呟いた。
「お前のようなへなちょこでも生まれてきてくれてぼくは嬉しいんだ……。誕生日おめでとう」
「ヴォルフ? ……寝言かよ、ったく」
呆れたような顔をしながら、ユーリは腕の中のヴォルフラムをぎゅっと抱きしめた。
この1年も頼ってばかりの1年になるかもしれないけれど、お前がいないとダメみたいだから、おれ。
そう想いを込めて。
「サンキューな、おれのヴォルフラム」
「ユーリ! 見てみろ」
今日はヴォルフラムと二人で久しぶりに馬に乗っていた。
漸く長雨の時期が終わったから、アオの散歩も兼ねて。
柔らかく降り注ぐ光と雨上がり独特の風を感じながら、なんの目的も無く、ただひたすらポクポク、ポクポク、のんびりな散歩。
この感じが妙に心地良いのは、こいつのおかげだろうと半ば見とれていたおれに、そいつはまた飛び切りの笑顔を見せてくれた。
「虹だ」
綺麗な白い指が指す先には、くっきりと色鮮やかな虹が弧を描いている。
虹を見ながらキラキラと笑うヴォルフラムを見ていたら、昔話を思い出した。
「昔、勝利がさ、虹の根元には宝物が埋まってるんだって言ってたことがあったなあ」
「それなら、ぼくもコンラートから聞いたことがある」
「コンラッドも?」
あぁ、と虹に向けていた笑顔をこっちに向ける。
「探しに行ったりしたとか?」
こいつならしそうだと思った。
純粋で一途なヴォルフラムなら、虹を見つける度に追っかけていたのかもしれない。
「本当に幼いころはな。その度に捜索隊を出されていた」
期待通りで笑ってしまう。
恥ずかしそうに懺悔するヴォルフラムが可愛くて、その頃を想像したおれは、耐え切れずに大声を上げて笑っていた。
「ひどいぞ、ユーリ!!」
ぷくっとむくれたヴォルフラムも可愛いけれど、やっかいなことになる前に機嫌を取らなければ。
「見に行こうか?」
「なにをだ?」
「虹の根元。宝物を探しに行こう?」
「まったく。ユーリは子供だな」
ふっと笑ったヴォルフラムが、しょうがないと馬を降りた。
よいしょっと、おれもヴォルフラムに続いて馬を降りる。
虹の根元の宝物。
真実を今さら求めなくても知っていて。
それに、何が今のおれにとって一番の宝物なのかっていうのもわざわざ探しに行かなくても知っている。
歩き出した足を一旦止めて、ヴォルフラムを見た。
「ん?」
なんだ? と訴える視線の先に、おれは手を差し出す。
「繋ぐ?……手?」
「これくらいの坂道も登れないなんて……、」
差し出したおれの手に、ぎゅっとヴォルフラムの手が繋がれる。
「相変わらずへなちょこだな、ユーリは!」
「へなちょこ言うな」
さあ、一番の宝物を右手にして、輝く虹に見せつけに行こう。
「ね! かわいいでしょ? うちの弟」
「城は賑やかだったぞ?」