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やっと、つかまえた

その背中を見つめていた。
誰にでも愛想を振り撒いて。
誰にでも手を差し延べて。
――僕には?
その背中を追いかけた。
庭師に手を貸し、色とりどりの花と戯れる。
厨房係に笑いかけ、華やかな馳走に手を出しては、場を和ませる。
「ユー……」
――僕にも。
その背中に手を伸ばしかけて……やめた。
僕が触れてはいけない領域かもしれない。
何故かそんな気がして。
後ろ髪を引かれる思いで、その笑顔に背を向けた。
『誰にでも愛される王』とは喜ばしいことではないか。
誇り高き主君に仕えられるとは、臣下としてこの上ない幸せだろう?
「臣下か……」
風に乗り聞こえてくる賑やかな声に目を閉じた。
その笑顔もその声もその背中もその手もすべて僕のものならいいのに……。
「くだらないな」
なんて未熟な考えだ。
ふっと自嘲じみた息をついて、自室へと歩みを変えようとした。だがしかし、その一歩目はすぐに止められた。
「ウ゛ォルフー!」
声が聞こえる。
「おーい! ウ゛ォルフラムー」
だんだん近づいてくる僕を呼ぶ声。
「あぁ、やっとつかまえた!」
すぐ側で声が聞こえたと思ったら、ドンと背中に抱き着かれた。
「ユーリ!?」
つかまえた。だって?
さっき背を向けた、あの笑顔が僕を覗き込んでくる。
「ずっとさ、背中が見えるから近くにいるよなぁって思ってたんだけど。すぐいなくなっちゃうんだもんなぁ、ウ゛ォルフは!」
「ユーリ……」
「やっと、つかまえた!」
そう言って、ユーリは僕を抱きしめる腕に力を込めた。
――ユーリが僕を?
意識していなかった鼓動が、急に大きな音を刻みはじめる。
このままでは、ユーリの腕にも伝わってしまう……。
「く、苦しい!」
もがく僕に、ユーリはゴメン。と、腕を解いた。
離れて行く温もりに寂しさを感じたが、僕にはそれを取り戻す術を知らない。口をついて出るのは憎まれ口ばかり。
「まったく、僕が側にいないとダメだなんて、いつまでたってもユーリはへなちょこだな」
「へなちょこ言うな!」
「へなちょこにへなちょこと言って何が悪い。だいたいユーリは……」
本当は僕のほうだ。
ユーリが側にいないとダメになってしまう。
ずっと追いかけていた背中――。
「……やっと、つかまえた」
「ん!? なんか言った、ウ゛ォルフラム?」
目をぱちくりとさせるユーリに、僕はふん。とそっぽを向き歩き出す。
今度はちゃんと追いかけてくれる足音を聞きながら。

キミの存在

突然に背後で、ドサッと音がした。
この部屋でユーリ以外に音を立てる者は一人だけ。
それでも何事かと、ユーリはグローブを磨く手を止め、振り向いた。
そこには、やっぱりヴォルフラムがいて、しかし、フルフルと頭を振ってベッドから体を懸命に起こそうとしている。



「そんなに眠いんなら、寝ればいいのに」
「だめだ……あと、5分…」



ユーリの言葉に返事をしながらも、コクリコクリは止まらない。
壁に掛かる時計の針はもうそろそろ真夜中を指す。
こんな時間なら、この王子様にとっては起きているには辛いだろう。
相変わらずコクリコクリとフルフルを繰り返すヴォルフラムを見ていたユーリに、自然に笑みが零れる。
ユーリにはヴォルフラムの考える事が分かっていた。
でも、だからこそ、ヴォルフラムをこのまま起こしておくのは可愛そうだ。



「よいっしょ!」



わざとらしく掛け声を掛けて、ユーリはヴォルフラムが睡魔と闘っているベッドへ腰かけた。



「ヴォルフ?」



呼びかけながらヴォルフラムの肩をそっと引き寄せると、ストンと素直にユーリの胸元に治まる。



「おれ、わかっちゃうんだな。お前の考えてること」
「うりゅさい! ぼくは…まだ、ねむくぅは……なぃ……」
「返事になってないし、ってか寝てるし」



そっと金色に輝く髪を撫でていると、一生懸命頑張って開いていた瞳も閉じてくる。



「おれはね、その気持ちだけで十分だよ。それに日付が変わる瞬間にお前がちゃんとここにいてくれるしな!」



スースーと聞こえてきた寝息に返事を求めることなく、ユーリは囁いた。
その刹那、時計の針がピタッと重なる。
ゆっくり時間が過ぎる中、腕の中の天使がもぞっと動いて、くぐもる声で呟いた。



「お前のようなへなちょこでも生まれてきてくれてぼくは嬉しいんだ……。誕生日おめでとう」
「ヴォルフ? ……寝言かよ、ったく」



呆れたような顔をしながら、ユーリは腕の中のヴォルフラムをぎゅっと抱きしめた。
この1年も頼ってばかりの1年になるかもしれないけれど、お前がいないとダメみたいだから、おれ。
そう想いを込めて。



「サンキューな、おれのヴォルフラム」



 

虹の根元の宝物

「ユーリ! 見てみろ」


今日はヴォルフラムと二人で久しぶりに馬に乗っていた。
漸く長雨の時期が終わったから、アオの散歩も兼ねて。
柔らかく降り注ぐ光と雨上がり独特の風を感じながら、なんの目的も無く、ただひたすらポクポク、ポクポク、のんびりな散歩。
この感じが妙に心地良いのは、こいつのおかげだろうと半ば見とれていたおれに、そいつはまた飛び切りの笑顔を見せてくれた。


「虹だ」


綺麗な白い指が指す先には、くっきりと色鮮やかな虹が弧を描いている。
虹を見ながらキラキラと笑うヴォルフラムを見ていたら、昔話を思い出した。


「昔、勝利がさ、虹の根元には宝物が埋まってるんだって言ってたことがあったなあ」
「それなら、ぼくもコンラートから聞いたことがある」
「コンラッドも?」


あぁ、と虹に向けていた笑顔をこっちに向ける。


「探しに行ったりしたとか?」


こいつならしそうだと思った。
純粋で一途なヴォルフラムなら、虹を見つける度に追っかけていたのかもしれない。


「本当に幼いころはな。その度に捜索隊を出されていた」


期待通りで笑ってしまう。
恥ずかしそうに懺悔するヴォルフラムが可愛くて、その頃を想像したおれは、耐え切れずに大声を上げて笑っていた。


「ひどいぞ、ユーリ!!」


ぷくっとむくれたヴォルフラムも可愛いけれど、やっかいなことになる前に機嫌を取らなければ。


「見に行こうか?」
「なにをだ?」
「虹の根元。宝物を探しに行こう?」
「まったく。ユーリは子供だな」


ふっと笑ったヴォルフラムが、しょうがないと馬を降りた。
よいしょっと、おれもヴォルフラムに続いて馬を降りる。


虹の根元の宝物。
真実を今さら求めなくても知っていて。
それに、何が今のおれにとって一番の宝物なのかっていうのもわざわざ探しに行かなくても知っている。


歩き出した足を一旦止めて、ヴォルフラムを見た。


「ん?」

なんだ? と訴える視線の先に、おれは手を差し出す。


「繋ぐ?……手?」
「これくらいの坂道も登れないなんて……、」


差し出したおれの手に、ぎゅっとヴォルフラムの手が繋がれる。


「相変わらずへなちょこだな、ユーリは!」
「へなちょこ言うな」


さあ、一番の宝物を右手にして、輝く虹に見せつけに行こう。



 

兄バカに無駄なジェラシー

「ね! かわいいでしょ? うちの弟」

窓を背に座っているおれに話しかけたコンラッドは、窓から遠くを見て幸せそうに微笑んでいる。
それにつられて視線を肩越しに追うと、コッヒ―達と遊ぶように花壇の手入れをしているヴォルフラムがいた。

「そうですねー。お宅の弟さんは眞魔国一だと思われますよ……っと」

危うく風に飛ばされそうになった書類を寸での所でキャッチ出来たことにちょっと感動を覚えたが、その感動を分かち合える唯一の人は相変わらず、窓の外の実弟を慈しむように眺めるばかり。
そりゃ、おれだって本気で思ってますよ、ヴォルフラムのあの可愛さは眞魔国一だって。
毎日朝から晩までずっと見てるんだし、それに一応……婚約者だし。
ひゅうっと、続けて風が吹き込んだ。
今度は残念ながら、掴まえることが出来なかった書類が床へひらひら舞いながらと落ちる。
ああ、後で拾っとかないと。

「こちらに来るみたいですよ」
「ヴォルフラムが?」

嬉しいんじゃないですか? とこれぞ満面の笑顔を浮かべるコンラッドに、それはお前だろ! と突っ込みたくなる右手を我慢した。
勝利も相当だけど、ここの兄貴も静かではあるが最強の兄バカだ。
今さらだけど。
さっきまでヴォルフラムが手入れしていた花壇には、兄弟三人の名前が付いた花が支え合うように咲き揃っている。
まるで、そこにも兄弟愛が見えるようだ。
グウェンのことはもちろん、何だかんだ言ってもヴォルフラムはコンラッドのことが大好きだしな。
だからって、羨ましいわけじゃない。ちゃんとおれの名前が付いた向日葵みたいな花だって「麗しのヴォルフラム」の上で踊っている。

「すまないが、開けてくれないか?」

ドアの外から声が聞こえた。
ヴォルフラムだ。
待ってろ、と言ったのはやっぱりコンラッドで、ヴォルフラムと真っ先に言葉を交わしたのも彼だった。
でも、だけど……
そう! おれは羨ましいわけじゃない。

「どうしたんだ?」
「廊下を歩いていたら、ギュンターに持たされた」
「こんなにたくさん?」
「ギュンターの話だと、まだまだあるらしいぞ」

二人の会話が聞こえてくる。
でも、ここからだとコンラッドの背中に隠れてなんのことだかさっぱりわからない。
なんだか蚊帳の外に置かれている気がしたおれは、少しイラッとしてきた。

「なに? なんなのー?」

すると、悪びれもせずコンラッドが、これです、と体を左にずらす。
漸く見たかったヴォルフラムは、しかし顔が隠れるまでに高く積まれた書類を抱えていた。

「なにそれ! まさかまだサインとかぁ!?」
「心配するな。そうではないらしい」

言葉を交わしていても、残念ながら眞魔国一のかわいさは障害物のせいで拝めないらしい。

「少し、持とうか?」

甘い声でコンラッドが囁くように言う。

「必要ない、コンラート。これで釣り合いが取れているんだ。下手に触ると落として……」

ざまぁみろ、なんて意地悪く思っていた時だった。コンラッドの叫び声が聞こえた。

「ヴォルフラム!!」

一瞬だった。
視界が、後から後から降ってくる白い物で埋め尽くされる。
一歩踏み出したヴォルフラムは、あろうことかおれがさっき掴み損なって床に落ちていた書類に足を取られて躓いたのだ。

「大丈夫か?」

慌てて椅子から立ち上がったおれは、またしても一足遅かった。

「すまない、コンラート」
「怪我しなくてよかった」

おれが目を奪われていた舞い落ちる書類の下では、倒れそうになるヴォルフラムをコンラッドが抱きしめるようにしっかりと支えている。
その光景に、物凄く刺々しい気持ちでいっぱいなのは何故なのでしょう?
気が抜けて、立ち上がったばかりの椅子にすとんと腰を下ろす。すると、反動で椅子がキィと音を立てた。
その音にやっとヴォルフラムがこちらを見る。

「ユーリ!!」

危機迫る形相でヴォルフラムが目の前まで走ってきた。
ずっと見たかった眞魔国一のかわいい顔も、今では心の棘を増やす毒薬でしかない。
そんな思いも知らず、ヴォルフラムはおれの頬を両手で抱える。
だから、今さらこんな近くで拝めても逆効果なんだって……。

「え!? な、なにー?」

生温かい感触が左頬を霞めた。

「血が出ているぞ……、」

もう一度、血が滲む傷口を舐めたヴォルフラムは、すまないと悲しそうな顔をする。

「ぼくが気をつけていなかったばかりにユーリに怪我を負わせてしまった」

治癒力でも注いでいるのだろうか、ヴォルフラムは何度も何度もおれの左頬を舐める。
ジンジンと、でもホワッと温かくなっているのは舐められている傷口ではなく、おれの心だ。
さっきまで刺々していた気持ちが丸く、丸くなっていく。

「違うんだ。おれが書類を拾ってなかったから」
「でも、ユーリ……」
「じゃあ、お互い様ってことで」

な! と笑ってみたら、極上の笑顔が返ってきた。
その笑顔はすっかり丸くなったおれの気持ちを、その丸さを通り越してまた少し違う形に変えるほどの威力を持っている。
ふと、思い出してさっきまで立っていた彼を見つけた。
しかし、そこに姿はない。
まったく、これも兄バカのひとつですか?

「大怪我にならなくて、良かった・・・・・・」
「それはヴォルフのほうだよ」

安心して、コテンとおれの肩に頭を預けてきたヴォルフラムを躊躇いなく受け止める。
こうやって向けられる想いはおれだけのもので、仲が良いのは兄弟にとって良い事なのに。
馬鹿みたいな嫉妬したなと少し反省して、消えた名付け親に謝っておいた。

ビタースィートバレンタイン

「城は賑やかだったぞ?」

妙に弾んだ声でノックもなしにぼくの部屋に勝手に入り込んできたのは、今更確認するでもない厄介な男。
なんとなく気配で帰ってきたことは分かっていた。
特別気にしてはいなかったが、血盟城に行っていたのか。

「あぁ、根付いてきたね、バレンタインも」
「ちょこ冷凍、だったか?」
「チョコレートね」

訂正するのも億劫で、ぼくは調べ物を続けながら素っ気無く返事する。

「ところで、おれの大賢者?」

ぼくの言い方を気にするでもない彼は、ワインカラーをしたベルベット素材のソファに腰掛けた。
優雅に足を組んで見せると、ぼくを見上げる。
なーんか、嫌な予感…

「おれには無いのか?」

ほら来た。
城で何を見てきたんだか、おおよそ見当が付く。
大袈裟に付いて見せた溜め息も効果はないようだ。
それどころか、なぁ?と甘えた声で急に腕を引くから、読んでいた本が広がったまま床に落ちる。

「あぁ、もう、落ちちゃったじゃないか!!
だいたいね、あのイベントはお菓子メーカーの策略で、それにまんまと乗せられる方がおかしいんだよ!」
「いべんと?めぇかー…?それにしても策略とは、また、きな臭いな。ちきゅうは平和な国ではないのか?」
「あぁなんか、話がずれそうだから、もう終わり!」
「終わらせないぞ?もう一度聞くが、おれには?ま、お前のことだ、豪華な物でも用意しているか」

早く出せ、と彼は自信に満ちた声で高らかに笑った。
ある意味、間違ってはいないけれど。
だからと言って、そう簡単に渡すもんか。

「ないよ!」
「ない?本当か?」
「本当!」
「本当に、本当か?」
「しつこいなぁ、おじいちゃん!!」

鼻歌まで飛び出していた彼は、本当にないという事実に一気に凹んだようだ。
この後どう出るのだろうと楽しくなってきたぼくは、実は用意していたカップを彼の前に置いてみる。

「どうした?今日は気が利くな」
「ぼくが飲みたいだけだよ」

途端に笑顔になった彼は、ほほう、とカップに注がれた茶色の飲み物を珍しそうに傾ける。
たったこれだけで機嫌が直るのだから彼は本当に安上がりだ。

「甘いな?」
「じゃぁ、飲まなきゃいいだろ?」
「嫌、飲むぞ。せっかくお前が淹れてくれたんだ」
顔を顰めながら、ちょびちょび飲む様が可笑しい。
甘すぎたのか?熱すぎたのか?

「なかなか旨い。明日も淹れてくれ」
「だめだよ。それは今日限定なんだから」

つまらん、と拗ねるようにごちる君に自然と笑みがこぼれた。
たぶん今日の雰囲気に毒されてるのかも。
でもぼくからは絶対に明かしてやらないけどね。

「ところで、これは何という飲み物だ?」
「ホットチョコだよ」
「ほっとちょこ?ちょこ……ちょこ冷凍と違うのか?」
「さあね。渋谷にでも聞いたら?」

忘れないためだろう、ほっとちょこ、ほっとちょこ、と繰り返し言いながら飲む君が、今日は少しだけ愛しく思えた。
明日、謎が解明されたらきっとまた騒がしいだろうけど、その時はその時で考えよう。
一先ず今日は、Happy Happy Valentine!!
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