続・KinKiと愛と妄想と


2013/07/17 18:13 :小説
〈愛涙華〉最終話

俺の足元にある棺。
この中に、朔耶が居る。

俺が愛してしまった、孤独なヴァンパイア…。

お前は母に見守られ、本当の孤独では無かったかも知れん。

せやけどお前はもう“永遠の命”を生きることを…知ってしまった自分の“運命”を断ち切りたいんやな…。


お前の母はお前の苦しみを分かっていても、自分ではどうしても出来ひんかった。
産んですぐ手放さなならんかった愛しい我が子を、自らの手にかける事は…どうしても…。


せやから、代わりに俺がやるよ。


俺は、お前と出逢って、恋をした。

さっきはあんなふうに考えてもうたけど…ほんまはな、お前と出逢えて良かったと思っとるんやで。
こんな終わりやなかったら……恋人にはなれんでも、大切な親友にはなれたかも知れんな。


俺も……孤独やったから…。

俺も自分の“宿命”ってヤツを呪いとうなった時もあったんや。

いや今でも…必死に、いろんなもんと闘いながら生きとるんやで?

それでも俺は人間やから、いつかは必ず死んでゆく。
いつかは宿命から解放されて、自然に命が燃え尽きる時が来るんや。

俺は…その日が来るまで、生き続ける。


そや…。

なあ、朔耶。
ヴァンパイアって、死んだらどこ行くん?

いつか俺も魂になったら、行けるとこなんやろか?

せやったらええなぁ…。

またお前とゆっくり、いろんな話、したいもんなぁ……。



「社長…開けますよ」


俺は、棺を見つめたまま、静かに頷いた。


「旭ちゃん、いくよ?」

「はい!」


2人は呼吸を合わせ、棺の蓋を開け始めた。
重く鈍い音を立て、徐々に蓋が開いていく。

中から、まだ新しい白い花が見えた…と思った途端、周囲が真っ赤になった。

いや、そう見えたのは、棺の両脇に立てられた篝火台に、激しく炎が吹き上がったからやった。


「どけっ!!」

「坊ちゃん!?」

「キャッ!!」


俺は、慶三さんと旭を思い切り突き飛ばした。

一瞬遅れて、途中まで開いていた棺の蓋が何かに引き剥がされるように吹き飛び、壁に激突した。
あのまま2人が蓋に手を掛けていたら、2人とも飛ばされて死んでいたかもしれん。


「社長!!」

「近付くな!!大丈夫や!!」


俺は、棺の中を見下ろした。


それは…まるで、美しい天使が眠っているようやった…。

白い花びらに埋もれるように、俺の愛しい恋人はそこに居った。


朔耶……めっちゃ綺麗や……。
このまんま、どっかに攫って行きたいくらいやで。

ああ……。
いっぺんくらい…キスしたかったなぁ……。


俺は床に落ちた剣を拾い上げて切っ先を下に向け、両手でしっかりと握りしめた。
そのまま、大きく振りかぶる。



朔耶。

愛してる!!



俺は両手を思い切り振り下ろす。

朔耶の胸の真ん中に、銀の剣が突き刺さった。


『ギャーーーッ!!!!』

『オオオオオーッ!!!!』


鋭い叫び声が、地鳴りのような振動を伴って地下室中に響く。

しかしそれは、朔耶の声やあらへん。
他の棺に入っとる女達が発した声やったんや。


「イヤーッ!!怖い〜っ!!」

「旭ちゃん!!」


旭が耳を押さえてうずくまるのを、慶三さんが抱きかかえる。

後ろを見ると、地下室中の棺という棺が、激しく燃え出した。


「慶三さん!!旭を連れて逃げろ!!早くっ!!」

「社長も!!」

「すぐ行く!!先に逃げるんや!!」

「でも坊ちゃんっ!!」

「必ず追いかける!!早よ行けっ!!」

「…はい!!」


2人が地下室から走り出たのを見届け、振り返った俺が見たものは…。

棺の中に立ち上がった、朔耶の姿やった。


「朔耶!!」

『…天…魔……』


胸に剣を深々と穿たれたまま、朔耶は、赤く光る瞳で…俺を見つめていた。


「痛いか?…ごめんな…朔耶…」

『て…んま……もっと…傍へ…来て…』

「ああ…」


俺は、棺の中へ入る。


「…苦しいやろ…ほんまにごめん…」

『…天魔…ありが…と……』

「朔耶…」


朔耶は、ふわり…と俺に抱きついてきた。
甘いような香りが、俺を絡め取っていく。

辺りは炎が回り始めたらしく、あんなに寒かったのが嘘のように熱気が充満し始めていたが、俺はもう気にならへんかった。


「朔耶…愛してる…」

『知ってたよ……天魔の“声”は…いつも…聴こえてた…』

「ああ、せやったな。お前には、みんな筒抜けやったわ…」

『…天魔……もう…行って……出られなく…なる…』

「ああ…そやな…」


俺と朔耶は、じっと見つめ合う。

さっきはあんなに赤かった朔耶の瞳は、もう、元の黒目がちな瞳に戻っとった。


そして俺らは…自然に唇を重ねた。


あれ…ヴァンパイアって…牙とかあるんちゃうかったっけ…。

いや…そんなん、もうどうでもええか……。

朔耶は、『人間』になれたんや…きっと……。



名残惜しく唇を離すと、朔耶は切ないような、苦しいような表情をして、俺の体をそっと押し返した。


「…はや…く…行って……この壁を押すと…奥に…抜け道…が…」


朔耶は、地下室の一番奥を指差した。


「…朔耶…」

「…行って…早く!!」


燃え盛る炎を反射させてきらきら輝く朔耶の瞳はじっと俺を見つめ、静かに優しく微笑んだ。


「さよなら…天魔…」

「さよならや…朔耶…」


俺は、泣きそうになるのを誤魔化すように笑って棺から出ると、数歩歩いてから、もう一度振り返る。

その時、朔耶の棺も、一瞬で炎上していた。


「…ありがとう…天魔…」


俺は、朔耶の柔らかい唇の感触が残る自分の唇をきつく噛み締め、頷いた。


踵を返し、壁を強く押すと、壁が反転して奥へ続く通路があった。

俺が通路へ足を踏み入れた途端、ひとりでに壁が動き、ぴったりと閉まってしもた。
もう一度押してみたが、そこはもう二度と開かんかった…。



俺はライトを点けて通路を照らし、奥へ進んだ。
暗い通路は怖かったけれど、俺は必死で歩いた。

ライトで照らしとるはずやのに、だんだん辺りが歪んだみたいになって見づらくなった。

思わず目を擦ってみたら、なんや手が濡れて、俺は、自分が泣いとるのにようやく気付いた。

気付いてもうたら、もう止められへんかった。
後から後から、涙が零れてきてまう…。

それでも俺は、ひたすら前へと進んだ。


俺は必ず生きなあかん。

朔耶の“命”を断ち切った俺は、生きて命を全うせな、朔耶に合わせる顔があらへん。



通路は思った以上に長く、まさか外へ出られへんのとちゃうかと思い始めた頃、やっと薄い光りが見えた。

そういや、今何時なんやろ?

腕時計を見ると、デジタルの表示は、午前6時を回っとった。


え…?
確か地下室へ向かう前に確認した時、午後5時やったはずや。
そんなに、時間経っとったんか!?

俺は、光りを目指して足を早めた。



「お〜い!!天魔ぁ!!どこだ〜!!」


なんや…懐かしい声が聞こえてきたな。


「うわっ!?天魔!?お前、どこから来た!?」

「どこって…ここから…」

「なんで洞窟から!?」

「抜け道やったから」

「まさか西園寺家からのか!?」

「ええ。警部さん、まさか一晩中ここに?」

「お前が動くなって言ったんだろが!!」

「ああ…でも携帯繋がるんやったら、仲間の応援呼んだらええんちゃいます?」

「っ!!…そうだった!」

「へこんどるとこすみませんが、うちの社員見ませんでした?はぐれちゃって」

「…いや、見なかったが」


「あっ!?坊ちゃ〜ん!!!」

「社長!!良かったぁ!!」


慶三さんが大きく手を振り、旭は泣きながら走って来る。

良かった!!
2人とも無事に脱出しとったか!!


俺らは足利と共に森を出た。

足利にも旭くんにもなんやかんや訊かれたが、俺は取りあえず黙秘権を行使しといた。


西園寺家は…全焼した。

屋敷だけが焼けて森に火は回らず、大事には到らんかったそうや。


朔耶は今頃…母子ふたりで幸せにしとるやろか?


俺は、彼の最期の笑顔が忘れられへんかった…。






「て〜んちゃん!!何読んでんの?」

「なんや、またあんたか。勝手に事務所に入らんといてくれへんか?」

「ご近所さんじゃない!堅いこと言わないでよ!!ねぇ、それどんな本?」

「日記」

「えっ!?天ちゃんの!?」

「なんでやねん!?書く訳無いやろ」

「じゃあ、誰の?」

「知らんけど。過去の資料から出てきた」

「へぇ。人の日記ってちょっと興味あるなぁ」

「見せへんで?」

「ケチ…」

「慶三さん、これ何の案件の資料やっけ?“ヴァンパイア”がどうとか書いてあんねんけど…」

「…さあ?私も分かりませんねぇ…いつのでしょうか?」

「旭は?」

「知らないですよ。それよりあなた、入り浸ってないで、そろそろ帰って貰えません?仕事の邪魔なんです」

「何よ!?あたしの方が、天ちゃんとのお付き合い長いんだから、引っ込んでてくれない!?」

「外で会うのは勝手ですけど、ここは職場ですから!!」

「相変わらずムカつくわ〜!!」


女同士のバトル勃発…は、いつもの事やからほっとこ。

しかしこの日記って…いつのどんな仕事のやったんかな?
持ち主に返すの忘れてもうたんやろか…。


「社長、依頼が来ましたよ!!マンションの屋上に男の霊が現れるらしいです!!」

「よし!!2人とも支度するで!!」

「「はい!!」」


渋るリカを帰し、いつものように準備して車に乗った。


「おい旭!!アレ忘れとんで!!」

「あっ!!ごめんなさい!!」

「ええわ!!俺が取って来るから!」


俺は車を降り、事務所へ戻ろうとしたが、角を曲がった所で誰かと思いっ切りぶつかってもうた。


「うわっ、すみません!!」

「こちらこそ、すみません!!」


俺はぺこぺことお辞儀してから、その人の顔を見た。


あれ?
この人…どっかで会うた事あったかな?

すまなそうに俺を見る、綺麗に整ったこの男の顔を、俺は知っとる気がすんねんけど……。

あかん…思い出せへん。


「社長!!まだですかぁ!?」

「ああ、今行く!!お怪我ありませんか!?」

「あ、はい、大丈夫です。あなたは?」

「僕も大丈夫です。すみません、ちょっと急いでまして。もし何かありましたら、うちの事務所ここなんで、ご連絡下さい」

「あ、では、これを…」


彼がくれた名刺には【神屋探偵事務所 神屋湊】と書いてある。


「では、失礼します」

「失礼します」


事務所に入る前に振り返ると、彼はもう居らんかった。

なんや妙に気にはなったが、今は時間も無い。

彼の名刺をポケットに入れ、事務所に戻って忘れた装置を掴み取り、すぐに走り出る。


せやけどその時、俺は気付かんかったんや。

あの日記が、もうそこには無いことを…。



ふと…ピアノの音色が聴こえたような気がして立ち止まり、耳を澄ます。

せやけど、やっぱりなんも聴こえへんかったんで、俺は車に乗り込んだ。


「お待たせ。行くぞ!」

「ラジャ!!」






『ありがとう…天魔』





おわり



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