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竜の女王

 それは、山に囲まれた白亜の城だった。

 ラーミアは城の上でゆっくりと旋回すると、その側に着地した。
 ぼくたちに降りろと告げるかのように。

「誰が住んでるんだ、こんなとこ……」

 不審もあらわに、カダルがあたりを見回す。

 警戒するのは、当然だ。
 地上からは辿り着くことなどできそうにない険しい岩山に、誰が城を築くというのか。
 少なくとも、人間でないことは確実だろう。

 用心しながら、ぼくたちは城門をくぐり、中に入った。
 きちんと整えられ、埃ひとつ落ちていない城内。人の気配はなく、どこか圧倒されるような空気に満ちている。

 それでも、禍々しい気は感じない、とフォンは言う。

 厳かな回廊を進んでいくと、どこからか呻き声が漏れ聞こえてきた。
 痛みをこらえて苦しそうな、女の人の声。

 声のする奥の間へ、ぼくたちは急いだ。

「な……」

 そこで目にした神秘の光景に、思わず声を失ってしまう。

 中央にある広々とした寝台の上に、一人の女性が伏せっていた。
 姿かたちはあまり人間と変わらないが、両耳は魚のひれに似て、頭には2本の白い角がある。

 血の気が引いた青白い顔は、美しさと相まって、壮絶なものさえ感じさせた。
 病気なのか、命の火が尽きる寸前であると一目で分かる。

 けれど代わりに、その女性は新たな命を生み出そうとしていた。

「私は竜の女王……神の使いだ」

 女王は苦しい息の下から語りかけた。
 ぼくたちにふっと微笑んだ後、自らの腹に目を落とす。

「我は天界に戻るが、まもなく生まれ出る我が赤子が……我に代わり、この世を……見守るだろう」

 正統な竜神の血を引く、竜の女王の子供。神の使いとなる存在。

「これを……、持って行くがよい」

 女王はぼくを寝台の傍に呼ぶと、光り輝く玉をぼくの手の上に置いた。
 オーブよりさらに力強い、太陽そのもののような玉だった。

 神の、生と死の瞬間。
 自分の命と引き換えに卵を産み落とし、女王はこと切れた。

 ぼくたちが城を後にしかけた時、女王の間に黒い影が差すのが見えたけれど、何が起こったのかは分からない。

 飛び立つラーミアの背に乗り、ぼくはただ祈りを捧げることしかできなかった。

 どうか、女王の魂が安らかであるように、と。


WEB:イングリッシュパーラー

大空を飛ぶ

 神殿がどんどん小さくなっていく。
 ラーミアは地上を歩く時の何倍、何百倍もの速さで大空を飛ぶ。

 澄んだ大気が快い。
 もし落ちれば、とんでもないことになるのは分かっていたけれど、ぼくの心にそんな恐怖はこれっぽっちもなかった。

「すげえ! 俺たち、飛んでるんだ!」
「少しはじっとしてろよ。落っこちるぞ」

 大はしゃぎするカダルに、フルカスが苦笑しながら忠告する。
 でも多分皆、カダルと同じ気持ちなんだろう。

 遥か上空から見下ろすと、何もかもが豆粒のよう。
 瞬く間に後ろへ遠ざかる氷の島を見ていると、不思議な気持ちになる。

 遠い昔、こんな風にラーミアの背に乗ったことがあるような気がした。
 そんなこと、あるはずがないのに。

 時折、夢に見る。
 ラーミアに乗るぼくと、そして傍らで微笑む美しい女性。

(一緒に空を飛んだ……あの人は、誰なんだろう)

 もちろん、いくら考えても偽りの記憶はおぼろげで、不鮮明な像しか結ばない。

 思い出すことを諦めて、ぼくは再び眼下の景色を眺めた。
 海を越え、山を越え、ラーミアは飛び続ける。

 レイアムランドを離れてからは、草原や山林ばかりで、場所がまったく分からなかった。
 てっきり、ラーミアはネコロゴンドに向かっていると思っていたのだが。

「え、おい、アレル! あれ、世界樹じゃないか?」

 いきなりカダルが声を張り上げた。

 真下には針葉樹林が広がり、前方にムオルの西にあった世界樹が頭を突き出している。
 ラーミアは、世界樹の頂上とほぼ同じ高さを飛んでいた。

 おそらくこの辺りは中央大陸北部、ホビットのほこら地方だ。

「ラーミア! 違うよ、ネクロゴンドはこっちじゃない!」

 慌てて方向転換を促してみても、ぼくの言うことを聞かず、ラーミアは一心に飛行した。
 まるで、どこかを目指すところがあるかのように。

「あれは、お城?」

 フォンが眉を寄せて、指差す。
 目のいい彼女が指さす先には、白い大きな建物が見えた。


WEB:イングリッシュパーラー

ラーミア復活

 オーブに導かれるままに、ぼくたちはレイアムランドの神殿に辿り着いた。

 神殿は氷のほこらのようで、中は広く吹き抜けになっていた。
 中央にしつらえた祭壇の上に、楕円形の巨大な白いものが置かれている。

 どこから見ても、それは卵。
 けれど、大きさが桁外れだ。

 ぼくたちが入ってきたことを悟り、神殿の巫女とおぼしき女の人がふたり、姿を見せた。
 まるで鏡に映したかのように、同じ碧色の長い髪と瞳、そして尖った耳を持つ。

 人間ではなく、エルフの双子だろう。

「私はミルフィーユ」
「私はメルヴェーユ」

 ふたりの声は、心地よいハーモニーとなって耳に届く。

「私たちは」
「私たちは」
「この日をどんなに待ち望んでいたことでしょう」
「この日をどんなに待ち望んでいたことでしょう」

 どこか歌にも似た韻律で、ふたりが代わる代わる告げる。

「あの、ぼくたちは……」

 とりあえず名乗らなければ、と口を開きかけたぼくを、双子は手を挙げて優しく遮った。
 言わなくても分かっている――そんな風に。

 六つのオーブを金の冠の台座に捧げた時、伝説の不死鳥ラーミアが蘇る。

 台座にオーブを置くように言われ、ぼくは卵を囲んで設けられた台座に近づいた。
 ひとつひとつオーブを置くたびに、燭台に火が灯る。

「でも、ラーミアはどこに?」
「これが、ラーミアの卵です」

 尋ねるフォンに、双子は声を揃えて二重奏で答えた。

『時は 来たれり
 今こそ 目覚めるとき
 大空は お前のもの
 舞い上がれ 空高く――』

 ぼくが最後のオーブを捧げ終えると、巫女たちは卵の前にひざまずく。

 それは、とても厳かで神秘的な光景だった。
 ぼくと仲間たちは、声を出すこともできず、ただ目を奪われる。

 六つのオーブから発した光が卵を包み込み、ひときわ強く光った瞬間、真っ白にはじけて。
 やがて眩しさに目が慣れた頃、光の中に姿が見えた。

 銀の羽を持つ大きな鳥の姿が。

(ラーミア……)

 なぜか、ぼくは胸が締め付けられるような懐かしさを覚えた。
 まるで、長い間離れていた大切な友人と再会したかのような感覚。

 クウウ、とひと声鳴き、ラーミアはあどけない丸い目をこちらに向けた。

 ラーミアは、人間4人がその背に十分乗れるほどに大きい。
 羽を休めて座った状態でも、家の屋根程度の高さはある。

「伝説の不死鳥ラーミアは蘇りました」
「ラーミアは神のしもべ。心正しき者だけが、その背なに乗れるのです」

 巫女たちはそう告げた後、天空を指し示す。

 こうして、ぼくたちの前に大空への扉が開かれた。


WEB:イングリッシュパーラー
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