『夕方から雨よ』

早朝、前日の見張り番を終えて部屋に帰ってきた彼女は、至って普通の声と表情で私にそう告げた。

昨日の夕方、この部屋で向い合っていた時は、驚いた様な顔をしていたけれど、一晩の内に私の決断を受け入れてくれたのかもしれない。

 

終わってしまった。

終わらせてしまった。

でも、これでいい。

近づけば、近づくほど、航海士さんを傷つけてしまいかねないことは、もう充分に分かった。

所詮、私は闇の中で生きてきた人間。

太陽のような彼女とは、もともとが不釣り合いだった。

これでもう航海士さんの心を煩わせることもない。

我儘な凶暴さで傷つけてしまうこともない。

時間が経てばいずれ、この、ひりつくような想いも薄れていくだろう……


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霧吹きで吹き付けられるような雨が、しっとりと前髪を濡らしてくる。

小さな軽い雨粒たちが、風に揺らぎながら甲板へと染み込んでいく。

見張り番の夜は好き。

でも、雨の日はあまり好きではない。

本が読めないから。

あまり意味のない手元のランタンを吹き消そうかと思った時____

「ロビン」

見張り台の下から聞こえた声が、一瞬で私の脳を痺れさせた。

「そっち行ってもいい?」

船室で眠っている仲間たちに気を遣っているのだろう、少し押さえられた航海士さんの声。

迷って黙っていると、梯子を上ってくる音がした。

慎重に、一段一段確かめるような足音の後、航海士さんが見張り台に姿を現した。

「話があるんだけど」

「……なに、かしら」

「昨日、ロビンが言ってたこと」

「……」

「あれは、受け入れられない」

「でも、航…っ」

航海士さんが床を蹴って、胸に飛びこまれた。

ぶつかった衝撃で半歩下がり、見張り台の壁に腰を打った。

「……」

「……」

「航海士さん……?」

「ロビン、耳貸して」

「?」

「いいから」

頭に両腕が回って来て、顔を横に傾けられる。

なにするつもり___

航海士さんの顔が近づいてきて、耳に吐息が触れた。

「キスしたい」

___甘やかな感覚が背中を走った。

航海士さんの顔を見ると、ぱ、と逸らされた。

耳を赤く染めた顔に雨が降りかかる。

恐る恐る、濡れたオレンジ色の髪に触れた。

「それが……答えと受け取ってしまって、いいの?」

「うん」

「本当に?」

「本当」

「本当に?」

「本当だってば」

「ほん……っ」

今何が起きているのか。

航海士さんの言葉が、気持ちの伴った本当の言葉なのか、信じられなくて。

くり返し聞き返そうとした唇を唇で塞がれた。

ぐいっと押し付けてから離れた唇が、少し楽しそうに口の両端を持ち上げた。

「こっちは恥ずかしいんだから、早くしてよ、馬鹿」

震える腕で航海士さんの腰を抱きよせる。

額をつけ合って、自分からもう一度唇を重ねた。


「責任とってよ?」

「……責任を取らなきゃいけないようなこと、させてくれるの?」

「減らず口」

「ふふ」

「いいよ、ロビンなら」

「ありがとう……好きよ、航海士さん」

「うん。あたしも大好きだよ、ロビン」

 


fin