『トレインタフルール・クラッチ!!』
『ぎゃああああああっ』
男の断末魔。
死んでいるのかと思ったナミの体が、びくんと飛び跳ねた。
「ナミ!!」
「…ロビン…?」
_ _ _ _ _ _ _ _
人通りの多い街頭で特徴的な鼻をした狙撃手の彼が言っていた。
「ナミなら買い物するって、船出た時は一緒に出たんだけどな」
もうすぐ日が暮れるな、と言った彼につられて見上げた空。
オレンジ色の光が西の方に偏っていた。
辺りを見回すと、海賊らしい面構えの男たちが酒を片手にそこかしこで騒ぎを起こしている。
ロビンは歩いていた脚を早め、ナミの姿を捜した。
店の立ち並んだ通りを端まで捜しても見つからない。
仕方なく引き返す道で、日焼けした男達に何度も声を掛けられたが無視をした。
急いでいるのに腕を掴まれて、無理矢理振り向かせられた。
大きな身体の男がアルコールの匂いをさせ、にやつきながらロビンを見おろしてくる。
「いい女だな、いくらだ?」
「急いでいるの離して頂戴」
「気の強えのも悪くない」
「二度は言わないわ」
___ドスフルール・クラッチ!
___ぐあああぁっ
掴まれていた腕を逆に捻りあげ、走り出す。
西のオレンジがあと僅かで沈んでしまう。
_ _ _ _ _ _ _ _
「チョッパー!ナミを見なかった?」
息を切らしながら船まで戻ると留守番のチョッパーが甲板で出迎えてくれた。
「ナミ?ナミならだいぶ前に、大きな荷物を背負って出かけたぞ」
「大きな荷物?」
「多分測量しに言ったんだと思うけど」
「測量……」
「ナミがどうかしたのか?」
珍しく慌てた様子のロビンに、心配顔の小さなトナカイが覗き込んでくる。
ロビンは息を整え、そしてチョッパーにふわりと笑いかけた。
「なんでもないわ。ちょっと用があって捜しているだけ」
すぐ戻るわ、チョッパーにそう告げてロビンは再び船から下りた。
町で手に入れていた島の地図を広げ、白地図となっている部分にナミの居場所の目星をつけた。
測量に行ったのなら町中にいなかったのも納得できる。
でも___。
ロビンは西の空でいまにも沈みそうな細い太陽に目を細めた。
いつもこんなに遅くなるまで野外の作業をしたりはしない子なのに。
彼女だってこの島がならず者の集まる場所だと理解しているはず……
それがこんな薄闇になっても帰って来ないとなると……
ロビンは街から離れ、野草の生えたけもの道をずんずん進んで、少し先に見える岬を目指した。
緩やかに続く坂道、歩き続けて上がる息、不安な予感に逸る鼓動。
岬の近くまで来るとちらちらと揺れる松明の明かりがいくつか見えた。
目を凝らすと海賊らしい風体の男たちが岩場に集まっている。ざっと、20人。
その岩場に何かが横たわっている。
ロビンは脚を休まず動かした。
まだ距離があって岩場に何があるのか視認できない。
なにかしら……
生き物?
人?
あれは……、
松明の明かりを受けてキラキラ光るオレンジの髪。
「航海士さん!!!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
ナミは動かない。
まさか……
海賊たちが一斉にこちらへ振り向いた。
その内の一人は、ナミに向かって手を伸ばしているところだった。
電撃のように身体を突き抜けた憎悪。
容赦という文字は頭から吹き飛んだ。
「トレインタフルール・クラッチ!!」
「ぎゃああああああっ」
ひしゃげる身体、男たちの断末魔。
その途端、死んでいるのかと思われたナミの体がびくんと跳ねた。
「ナミ!!」
「……ロビン…?」
状況が飲みこめていないような彼女の声に、は、と身体から力が抜ける。
「……とにかくここを離れましょう」
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今、ロビンはあたしに何と言ったのだろう。
『好きと言った事を無かったことにして欲しいの』
___それはどういう意味、と聞き返せないまま。
あたしは展開の速さに、また、付いて行くことが出来ないでいた。
いつもそう。
いつもいつも、きっとロビンにとって、あたしは遅すぎる___。
しばしの間、あたしの反応を待っていたロビンは静かに席を立った。
ちょうどその時、部屋の外から聞こえた「ご飯できたよー」というサンジ君の声に、あたしは止めていた息をようやく吐きだした。
夕食でのロビンは至って普通といった様子だった。
いつもどおりに食事をし、みんなと会話し。時折、あたしの話にも相槌を打ってくれた。
あまりの通常ぶりに、先程の部屋での会話は、何か悪い夢か冗談だったのではないかと思ったくらい。
でも、夕食後に部屋へ戻ったロビンを追いかけて女部屋に入ると、そこにロビンの姿はなかった。
_ _ _ _ _ _ _ _
「今夜は満月か」
___タイミング悪い。
できれば今夜はロビンと話したかった。
見張り当番のナミはブランケットに身を包み、見張り台で、あの日と同じように月を眺めていた。
しばらくすると下の方で船室の扉が開く音。
見張り台から顔をのぞかせると、ロビンが女部屋の扉をするりと入っていった。
閉まる扉を見て、胸が苦しくなった。
ロビンの落ち着いた声が耳に甦る。
『好きと言った事を無かったことにして欲しいの』
そんなことを言っておいて、ロビンはいつまであたしを避けるつもりなのだろう。
戻りたいよ、ロビン。
穏やかに二人で並んでいられた時間の中に。
戻りたいよ。
これ以上、あんたが遠くへ行く前に。
ねぇ、ロビン。
このまま、ぶつかることを避けていたって、仕方がないと思うから__
あたし、決めたよ。
ロビンへの返事。