あの夜___。

航海士さんが酔ってキスをしてきた夜。


避けようとすれば避けられるものを、私はそのまま受け入れた。

好奇心旺盛な唇が、自分の唇を撫でまわすのを止めなかった。

自分が怖いと思った。

彼女の無防備さにあっさり取り入る狡猾さと、すぐに火の付く欲望の強さが。

 

航海士さんが返事をくれるまで大人しく待つなんて到底出来そうもない。

 


___戻りたい。

穏やかに二人で並んでいられた時間の中に。

戻りたい。

醜い私を知られる前に。

 


___貴女に好きと言った事を無かったことにして欲しいの


そう言おうとした瞬間。

航海士さんが「ぁ」と小さく漏らした吐息のような声に心が挫けた。

お酒で蕩けた瞳、光る唇、赤みの差した胸元。

渦巻くような欲望が身体をせり上がってくる。


少し頬を赤くして、へらっと笑った航海士さん。

「ごめん。なんか、したかった」


気が付くと航海士さんの頬を叩いていた。


そんなことしたくはなかったのに、そうしなければ、きっともっと酷い事が起こっていた。


航海士さんを叩いた右手がビリビリと痛む。

航海士さんはもっと痛かっただろう。

急に涙が溢れてきた、大切な人を叩いてしまった。

私の大切な航海士さん。


謝ることも忘れて、とにかく落ち着きたくて、航海士さんの側から逃げた。

ソファで毛布にくるまり、目を瞑り、声を殺して。

「ロビン」

航海士さんが近づいてくる。

こないで、と発した声が自分でも分かるほど震えていた。

毛布越しに航海士さんの手の平を感じる、背中を辿り、肩の辺りの毛布を撫でる手。


その感触だけで簡単に理性は焼き切れた。


華奢な手首を掴み。

ハナの手で航海士さんの身体をソファへ押し付ける。

驚いたような航海士さんの顔。

すぐにその身体が震えだす。

私の身体も震えていた。


___やめて!

___お願いやめてっ、私はこんな酷い事がしたいんじゃないの!


脚の間に膝で割入り、身体を重ねると、航海士さんの鼓動が聞こえた。

心音はひどく乱れていて、いつも快活な表情が今は怯えたものになっていて。

それらは私の気持ちを徐々に静めてくれた。


航海士さんの頬に私の付けた指の跡が赤く浮かんでいる。


「覚悟がないなら、あまり挑発しないで頂戴」


右手でその赤色を撫でた。

組み敷かれた身体がびくりと震える。

航海士さんの顔に私の涙が落ちた。


「好きよ、航海士さん」


航海士さんの唇に、そっと唇で触れて、私は部屋から逃げ出した。