正午、強い日差しがゴーイングメリー号の甲板を眩しく照りつけていた。

気候は真夏、風は緩やかな南風。

ナミはみかん畑の木々の隙間にしゃがみ込み、もうすぐ甲板に出てくるであろうロビンを待った。

予想した通り。まもなくロビンは船室から出てくると、デッキチェアを取り出してその上に座り、優雅な動きで脚を伸ばした。
日よけの為のつばの大きな白い帽子をかぶり、薄い水色の麻のワンピースを着て、白い小さなリボンの付いたヒールの浅いサンダルを履いて。

そして、その膝の上にはチョッパーを装備。


_ _ _ _ _ _ _ _

 

ロビンを見るたびにもう痛くもないはずの左頬がひりつく気がした。

あれから3日。

あの日、私を組み敷いたロビンは一度だけ、私の唇に口付けを落とすと、緊張してガチガチになっていた私をソファに残し、すぐに女部屋の外へ出て行ってしまった。

みんなが寝ている甲板に行かれては、ロビンの後を追いかけて謝ることすら叶わなかった。


それから今日まで、ロビンとは食事の時間以外まともに言葉を交わせていない。

 

____ロビンは今も、私を好きでいてくれているだろうか?

 

ロビンの心を乱して、傷つけておいて。

あたしはそんな身勝手な事ばかり何度も考えてる。

海は連日穏やかで、みかんの木の手入れも実は十分に行き届いていた。

あの夜、ロビンに叩かれた方の頬を、ぬるい汗が伝った。軍手をはめた手の甲でグイと拭う。

ナミは腹の中がもやもやする思いがした。

ロビンがチョッパーの頭を愛おしそうに撫でているからじゃない。

……いや、それもある。が。

もやもやは3日前からずっと続いていた。

どうして早くロビンの気持ちに応えなかったのかと後悔する気持ち。

しかし、その一方で、まだロビンに対しての気持ちがどんな種類のものであるかを定められないでいる、もどかしさ。

ロビンの頬を流れた涙の映像がフラッシュバックする。

また左の頬がひりついた気がした。

あたしがロビンに対して抱いている気持ちが、果たして恋愛感情であるかどうかを判断するには、ロビンとのこれまでの関わりを客観的に整理しなければならない。

 


_ _ _ _ _ _ _ _

 

「ロビン」という存在を、ただの仲間以上に感じるようになったのは多分、あの日___。


_ _ _ _ _ _ _ _

 

その日、見張り当番のナミはブランケットに身を包み、見張り台でぼんやりと月を眺めていた。

しばらくそうしていると下のほうで船室の扉の開く音。

見張り台から顔をのぞかせると、甲板で手を振るオールサンデー。もとい、ニコ・ロビン。


「月が綺麗ね」

「そうね」

「……そっちに行ってもいいかしら?」

「暗殺しないって約束してくれるなら良いわよ」

「ふふ、約束するわ」


_ _ _ _ _ _ _ _

 

ロビンは円形の見張り台の中でナミの正面に座り、持っていた二つのタンブラーの内、一つをナミに渡して寄こした。

「ホットティーで良かったかしら?」

「あ…ありがと」

「今夜は十三夜月ね」

ロビンが言った事が分からなくて眉を少し上げると、ロビンが右手の人差し指で左の空を指した。視線を誘った指先につられて空を見上げると、そこにはさっきまで見上げていた銀色の月。

瞬く満点の星空に、燦然と輝く大きな月。ナミはため息を吐くように「あと2日で満月ね」と言った。「そうね」と帰ってきたロビンの言葉に、この船にもまともな会話のできる人が増えたことを改めて喜びたい気持ちになった。

「今夜は十三夜月。満月の次に美しい月の形だと言われているわ」

そう言われてナミは僅かに形の足りない月に目を細めた。

「詳しいのね」

「たまたま…本に書いてあっただけよ」

「ねえ、あんた。寝なくていいの?」

「……お邪魔かしら?」

「んーん。でも、夜更かしはお肌の大敵よ」

「それもそうね」

ロビンが月から視線を外し、こちらを見てきたのでナミもロビンを見た。

光と闇を内包したロビンの青い瞳が夜空みたいで美しいと思った。

「……眠れないなら、ここにいてよ」

ふと、そんな言葉が口をついて出た。ロビンの瞳が僅かに大きくなってすぐに元に戻った。

「お言葉に甘えるわ」

ナミはロビンの隣に座り直して、ブランケットを半分ロビンの肩にかけてやった。

「ありがとう」

「ううん、飲み物もらったし」

ロビンは終始穏やかな口調で月にまつわる伝説をいくつか教えてくれた。

長くて綺麗な指が、空に輝く月の輪郭をなぞり、その一つ一つの影を指さしながら丁寧に言葉を紡ぐ。


ナミはロビンの肩に頭を預け、いつの間にか眠りに落ちていった。


博識で美しいロビン。
結局、代わりに見張りをしてくれていたロビン。
ブランケットを全部使ってあたしを包んでくれていたロビン。

 


ロビンは今も、
私を好きでいてくれているだろうか。