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one-sided love K 【最終話】

『夕方から雨よ』

早朝、前日の見張り番を終えて部屋に帰ってきた彼女は、至って普通の声と表情で私にそう告げた。

昨日の夕方、この部屋で向い合っていた時は、驚いた様な顔をしていたけれど、一晩の内に私の決断を受け入れてくれたのかもしれない。

 

終わってしまった。

終わらせてしまった。

でも、これでいい。

近づけば、近づくほど、航海士さんを傷つけてしまいかねないことは、もう充分に分かった。

所詮、私は闇の中で生きてきた人間。

太陽のような彼女とは、もともとが不釣り合いだった。

これでもう航海士さんの心を煩わせることもない。

我儘な凶暴さで傷つけてしまうこともない。

時間が経てばいずれ、この、ひりつくような想いも薄れていくだろう……


_ _ _ _ _ _ _


霧吹きで吹き付けられるような雨が、しっとりと前髪を濡らしてくる。

小さな軽い雨粒たちが、風に揺らぎながら甲板へと染み込んでいく。

見張り番の夜は好き。

でも、雨の日はあまり好きではない。

本が読めないから。

あまり意味のない手元のランタンを吹き消そうかと思った時____

「ロビン」

見張り台の下から聞こえた声が、一瞬で私の脳を痺れさせた。

「そっち行ってもいい?」

船室で眠っている仲間たちに気を遣っているのだろう、少し押さえられた航海士さんの声。

迷って黙っていると、梯子を上ってくる音がした。

慎重に、一段一段確かめるような足音の後、航海士さんが見張り台に姿を現した。

「話があるんだけど」

「……なに、かしら」

「昨日、ロビンが言ってたこと」

「……」

「あれは、受け入れられない」

「でも、航…っ」

航海士さんが床を蹴って、胸に飛びこまれた。

ぶつかった衝撃で半歩下がり、見張り台の壁に腰を打った。

「……」

「……」

「航海士さん……?」

「ロビン、耳貸して」

「?」

「いいから」

頭に両腕が回って来て、顔を横に傾けられる。

なにするつもり___

航海士さんの顔が近づいてきて、耳に吐息が触れた。

「キスしたい」

___甘やかな感覚が背中を走った。

航海士さんの顔を見ると、ぱ、と逸らされた。

耳を赤く染めた顔に雨が降りかかる。

恐る恐る、濡れたオレンジ色の髪に触れた。

「それが……答えと受け取ってしまって、いいの?」

「うん」

「本当に?」

「本当」

「本当に?」

「本当だってば」

「ほん……っ」

今何が起きているのか。

航海士さんの言葉が、気持ちの伴った本当の言葉なのか、信じられなくて。

くり返し聞き返そうとした唇を唇で塞がれた。

ぐいっと押し付けてから離れた唇が、少し楽しそうに口の両端を持ち上げた。

「こっちは恥ずかしいんだから、早くしてよ、馬鹿」

震える腕で航海士さんの腰を抱きよせる。

額をつけ合って、自分からもう一度唇を重ねた。


「責任とってよ?」

「……責任を取らなきゃいけないようなこと、させてくれるの?」

「減らず口」

「ふふ」

「いいよ、ロビンなら」

「ありがとう……好きよ、航海士さん」

「うん。あたしも大好きだよ、ロビン」

 


fin

one-sided love J

『トレインタフルール・クラッチ!!』

『ぎゃああああああっ』

男の断末魔。


死んでいるのかと思ったナミの体が、びくんと飛び跳ねた。


「ナミ!!」


「…ロビン…?」

 

_ _ _ _ _ _ _ _

 

人通りの多い街頭で特徴的な鼻をした狙撃手の彼が言っていた。

「ナミなら買い物するって、船出た時は一緒に出たんだけどな」

もうすぐ日が暮れるな、と言った彼につられて見上げた空。

オレンジ色の光が西の方に偏っていた。

辺りを見回すと、海賊らしい面構えの男たちが酒を片手にそこかしこで騒ぎを起こしている。

ロビンは歩いていた脚を早め、ナミの姿を捜した。

店の立ち並んだ通りを端まで捜しても見つからない。

仕方なく引き返す道で、日焼けした男達に何度も声を掛けられたが無視をした。

急いでいるのに腕を掴まれて、無理矢理振り向かせられた。

大きな身体の男がアルコールの匂いをさせ、にやつきながらロビンを見おろしてくる。

「いい女だな、いくらだ?」

「急いでいるの離して頂戴」

「気の強えのも悪くない」

「二度は言わないわ」


___ドスフルール・クラッチ!


___ぐあああぁっ


掴まれていた腕を逆に捻りあげ、走り出す。

西のオレンジがあと僅かで沈んでしまう。

_ _ _ _ _ _ _ _


「チョッパー!ナミを見なかった?」

息を切らしながら船まで戻ると留守番のチョッパーが甲板で出迎えてくれた。

「ナミ?ナミならだいぶ前に、大きな荷物を背負って出かけたぞ」

「大きな荷物?」

「多分測量しに言ったんだと思うけど」

「測量……」

「ナミがどうかしたのか?」

珍しく慌てた様子のロビンに、心配顔の小さなトナカイが覗き込んでくる。

ロビンは息を整え、そしてチョッパーにふわりと笑いかけた。

「なんでもないわ。ちょっと用があって捜しているだけ」

すぐ戻るわ、チョッパーにそう告げてロビンは再び船から下りた。

町で手に入れていた島の地図を広げ、白地図となっている部分にナミの居場所の目星をつけた。

測量に行ったのなら町中にいなかったのも納得できる。

でも___。

ロビンは西の空でいまにも沈みそうな細い太陽に目を細めた。

いつもこんなに遅くなるまで野外の作業をしたりはしない子なのに。

彼女だってこの島がならず者の集まる場所だと理解しているはず……

それがこんな薄闇になっても帰って来ないとなると……

ロビンは街から離れ、野草の生えたけもの道をずんずん進んで、少し先に見える岬を目指した。

緩やかに続く坂道、歩き続けて上がる息、不安な予感に逸る鼓動。

岬の近くまで来るとちらちらと揺れる松明の明かりがいくつか見えた。

目を凝らすと海賊らしい風体の男たちが岩場に集まっている。ざっと、20人。

その岩場に何かが横たわっている。

ロビンは脚を休まず動かした。

まだ距離があって岩場に何があるのか視認できない。


なにかしら……

生き物?

人?

あれは……、


松明の明かりを受けてキラキラ光るオレンジの髪。

「航海士さん!!!」

自分でも驚くほど大きな声が出た。

ナミは動かない。


まさか……


海賊たちが一斉にこちらへ振り向いた。

その内の一人は、ナミに向かって手を伸ばしているところだった。

電撃のように身体を突き抜けた憎悪。

容赦という文字は頭から吹き飛んだ。

「トレインタフルール・クラッチ!!」

「ぎゃああああああっ」

ひしゃげる身体、男たちの断末魔。

その途端、死んでいるのかと思われたナミの体がびくんと跳ねた。

「ナミ!!」

「……ロビン…?」

状況が飲みこめていないような彼女の声に、は、と身体から力が抜ける。

「……とにかくここを離れましょう」


_ _ _ _ _ _ _ _

_ _ _ _ _ _ _ _

 

今、ロビンはあたしに何と言ったのだろう。


『好きと言った事を無かったことにして欲しいの』


___それはどういう意味、と聞き返せないまま。


あたしは展開の速さに、また、付いて行くことが出来ないでいた。

 

いつもそう。

いつもいつも、きっとロビンにとって、あたしは遅すぎる___。


しばしの間、あたしの反応を待っていたロビンは静かに席を立った。

ちょうどその時、部屋の外から聞こえた「ご飯できたよー」というサンジ君の声に、あたしは止めていた息をようやく吐きだした。


夕食でのロビンは至って普通といった様子だった。

いつもどおりに食事をし、みんなと会話し。時折、あたしの話にも相槌を打ってくれた。

あまりの通常ぶりに、先程の部屋での会話は、何か悪い夢か冗談だったのではないかと思ったくらい。

でも、夕食後に部屋へ戻ったロビンを追いかけて女部屋に入ると、そこにロビンの姿はなかった。


_ _ _ _ _ _ _ _

 

「今夜は満月か」

___タイミング悪い。

できれば今夜はロビンと話したかった。

見張り当番のナミはブランケットに身を包み、見張り台で、あの日と同じように月を眺めていた。

しばらくすると下の方で船室の扉が開く音。

見張り台から顔をのぞかせると、ロビンが女部屋の扉をするりと入っていった。

閉まる扉を見て、胸が苦しくなった。

ロビンの落ち着いた声が耳に甦る。

『好きと言った事を無かったことにして欲しいの』

そんなことを言っておいて、ロビンはいつまであたしを避けるつもりなのだろう。

 

戻りたいよ、ロビン。

穏やかに二人で並んでいられた時間の中に。

戻りたいよ。

これ以上、あんたが遠くへ行く前に。

 

ねぇ、ロビン。

このまま、ぶつかることを避けていたって、仕方がないと思うから__


あたし、決めたよ。

ロビンへの返事。

one-sided love I

あの夜___。

航海士さんが酔ってキスをしてきた夜。


避けようとすれば避けられるものを、私はそのまま受け入れた。

好奇心旺盛な唇が、自分の唇を撫でまわすのを止めなかった。

自分が怖いと思った。

彼女の無防備さにあっさり取り入る狡猾さと、すぐに火の付く欲望の強さが。

 

航海士さんが返事をくれるまで大人しく待つなんて到底出来そうもない。

 


___戻りたい。

穏やかに二人で並んでいられた時間の中に。

戻りたい。

醜い私を知られる前に。

 


___貴女に好きと言った事を無かったことにして欲しいの


そう言おうとした瞬間。

航海士さんが「ぁ」と小さく漏らした吐息のような声に心が挫けた。

お酒で蕩けた瞳、光る唇、赤みの差した胸元。

渦巻くような欲望が身体をせり上がってくる。


少し頬を赤くして、へらっと笑った航海士さん。

「ごめん。なんか、したかった」


気が付くと航海士さんの頬を叩いていた。


そんなことしたくはなかったのに、そうしなければ、きっともっと酷い事が起こっていた。


航海士さんを叩いた右手がビリビリと痛む。

航海士さんはもっと痛かっただろう。

急に涙が溢れてきた、大切な人を叩いてしまった。

私の大切な航海士さん。


謝ることも忘れて、とにかく落ち着きたくて、航海士さんの側から逃げた。

ソファで毛布にくるまり、目を瞑り、声を殺して。

「ロビン」

航海士さんが近づいてくる。

こないで、と発した声が自分でも分かるほど震えていた。

毛布越しに航海士さんの手の平を感じる、背中を辿り、肩の辺りの毛布を撫でる手。


その感触だけで簡単に理性は焼き切れた。


華奢な手首を掴み。

ハナの手で航海士さんの身体をソファへ押し付ける。

驚いたような航海士さんの顔。

すぐにその身体が震えだす。

私の身体も震えていた。


___やめて!

___お願いやめてっ、私はこんな酷い事がしたいんじゃないの!


脚の間に膝で割入り、身体を重ねると、航海士さんの鼓動が聞こえた。

心音はひどく乱れていて、いつも快活な表情が今は怯えたものになっていて。

それらは私の気持ちを徐々に静めてくれた。


航海士さんの頬に私の付けた指の跡が赤く浮かんでいる。


「覚悟がないなら、あまり挑発しないで頂戴」


右手でその赤色を撫でた。

組み敷かれた身体がびくりと震える。

航海士さんの顔に私の涙が落ちた。


「好きよ、航海士さん」


航海士さんの唇に、そっと唇で触れて、私は部屋から逃げ出した。

one-sided love H

ゴーイングメリー号は今朝、夏島に入港した。

賑やかそうな町があり、メリー号のほかにも海賊船が何隻か停泊している。

どうやら悪党に寛容な町らしい。

みんなに滞在中のお小遣いを配りながら行動予定のすり合わせ。

「騒ぎを起こさないでよ、ルフィ!」

「おう!まかせろっ」

「ナミさん、俺も食材の買い出しついでにルフィについて行くから、どうぞご安心を」

「ありがとう、サンジ君」

「おれも出かける。この町にはちったぁ強ええのがいるといいんだけどな」

ゴン!!

「だから騒ぎを起こすな!」

「俺はメリーの修繕用の木材を買いにいくぜ」

「俺は船に残るぞ、やりたい実験があるんだ。船番は任せてくれよ」

「わかった。じゃあ船番は頼んだわよ、チョッパー」

「おう!!」

「それでロビンは…あれ?」

甲板を見回してもロビンが居ない。

「チョッパー、ロビンは?」

「ロビンはさっき出かけて行ったぞ」


_ _ _ _ _ _ _ _

 

「水平距離は…まぁ、だいたいこんなもんか。右稜線は……42度、と」

町で島の地図を買うと、町以外の部分は島の輪郭ぐらいしか描かれていなかったので、一度船に戻り、機材を背負って測量に出た。

海の見える丘に赤白棒を突き立て、傾斜の面積を測る。

長年使っている測量ノートに細かく数字を書き込んでいく。

これは世界地図を描きたいという大切な夢の過程。

____なんだけど。

どうしてだろ、うまく集中できない。


_ _ _ _ _ _ _ _

 

ここ数日、ロビンはあたしを徹底的に避けている。と、思う。

あんなことしたんだから、避けられても仕方がないと思うけど……、左頬を手で擦るのがくせになりそう。

集中できない作業を一度中断して、近くの岩場に腰かけた。

左の膝に肘をつき、手の平に顎を乗せて陽光に輝く海を眺めた。


あたしはロビンをどう思っているんだろう。


ロビンのことは好き。
知識が豊富で頭も良くて。
それをひけらかさないところも素敵だと思う。
身のこなしも優雅だし。
物腰も柔らかい。


でも、そう思う感情に名前を付けるとしたら何だろう。


参った……、相談できる相手もいないし。

まさかビビにそんな内容の手紙は送れないし。

まあ、あの子のことだから、不思議に思っても真剣に考えてくれると思うけど。

 

目をつぶった。

数日前のロビンとのやり取りが瞼の裏に甦る。

『覚悟がないなら、あまり挑発しないで頂戴』

そう言って、ロビンはあたしにキスをした。

あたしのことを好きと言った。


あれから、ろくに口もきけないまま今日で1週間。

 

___ロビンは今も、私を好きでいてくれているだろうか?

 


_ _ _ _ _ _ _ _

 

トレインタフルール・クラッチ!!

ぎゃああああああっ

 

至近距離で男の悲鳴。

驚いて飛び上がった。

「ナミ!!」

「ロビン…?」

「無事なの!?」

「え、ええ……あたし、ちょっと寝ちゃってたみたい」

「あなた、こんなところで寝るなんて危ないわ。その海賊たちに囲まれていたのよ」

言われて周りを見渡すと20人くらいの日焼けした男たちが、妙な方向に身体を捩じられて地面に転がっていた。

「ひえっ」

「とにかくここから離れましょう」

「う、うん」

急いで機材を背負って走り出した。


_ _ _ _ _ _ _ _


メリー号、甲板。

「町で会った長鼻君に、航海士さんは町の中にいるはずだって聞いたのに、どこを捜してもいなかったから。この島の治安は良いとは言えないし、暴漢にでも襲われたのかと」

「それで、あそこまで捜しに来てくれたのね」

「案の定で驚いたわ」

「う……ごめんなさい」

あれ、でも___

「なんで町の中であたしを捜していたの?」

「それは……」

「?」

「……航海士さん、話があるの」

「…うん」

ロビンが目線で女部屋を指して歩き出したので、ロビンの後ろについていった。

ロビンの表情はいつものポーカーフェイス。

あまりいい予感はしない。

部屋の真ん中の白い丸テーブルで向い合って座った。

「航海士さん」

「うん」

「避けたりして、ごめんなさい」

「え、ぁ、いや……ううん」

やっぱり、ここ何日もすれ違ってばかりだったのは意図的に避けられていたからなのね。

「話って、そのこと?」

ロビンが顔を横に振る。

ロビンは硬い表情でこちらを見つめてきた。

その深い青色の瞳の中に、何かしらの決意が見て取れた。

 

 


なぜか___、


話の続きを聞きたくないと思った。

その唇がもう動かないで欲しいと思った。

 


ロビンの落ち着いたアルトの声が耳に届く。

「貴女に好きと言った事を、無かったことにして欲しいの」

one-sided love G

正午、強い日差しがゴーイングメリー号の甲板を眩しく照りつけていた。

気候は真夏、風は緩やかな南風。

ナミはみかん畑の木々の隙間にしゃがみ込み、もうすぐ甲板に出てくるであろうロビンを待った。

予想した通り。まもなくロビンは船室から出てくると、デッキチェアを取り出してその上に座り、優雅な動きで脚を伸ばした。
日よけの為のつばの大きな白い帽子をかぶり、薄い水色の麻のワンピースを着て、白い小さなリボンの付いたヒールの浅いサンダルを履いて。

そして、その膝の上にはチョッパーを装備。


_ _ _ _ _ _ _ _

 

ロビンを見るたびにもう痛くもないはずの左頬がひりつく気がした。

あれから3日。

あの日、私を組み敷いたロビンは一度だけ、私の唇に口付けを落とすと、緊張してガチガチになっていた私をソファに残し、すぐに女部屋の外へ出て行ってしまった。

みんなが寝ている甲板に行かれては、ロビンの後を追いかけて謝ることすら叶わなかった。


それから今日まで、ロビンとは食事の時間以外まともに言葉を交わせていない。

 

____ロビンは今も、私を好きでいてくれているだろうか?

 

ロビンの心を乱して、傷つけておいて。

あたしはそんな身勝手な事ばかり何度も考えてる。

海は連日穏やかで、みかんの木の手入れも実は十分に行き届いていた。

あの夜、ロビンに叩かれた方の頬を、ぬるい汗が伝った。軍手をはめた手の甲でグイと拭う。

ナミは腹の中がもやもやする思いがした。

ロビンがチョッパーの頭を愛おしそうに撫でているからじゃない。

……いや、それもある。が。

もやもやは3日前からずっと続いていた。

どうして早くロビンの気持ちに応えなかったのかと後悔する気持ち。

しかし、その一方で、まだロビンに対しての気持ちがどんな種類のものであるかを定められないでいる、もどかしさ。

ロビンの頬を流れた涙の映像がフラッシュバックする。

また左の頬がひりついた気がした。

あたしがロビンに対して抱いている気持ちが、果たして恋愛感情であるかどうかを判断するには、ロビンとのこれまでの関わりを客観的に整理しなければならない。

 


_ _ _ _ _ _ _ _

 

「ロビン」という存在を、ただの仲間以上に感じるようになったのは多分、あの日___。


_ _ _ _ _ _ _ _

 

その日、見張り当番のナミはブランケットに身を包み、見張り台でぼんやりと月を眺めていた。

しばらくそうしていると下のほうで船室の扉の開く音。

見張り台から顔をのぞかせると、甲板で手を振るオールサンデー。もとい、ニコ・ロビン。


「月が綺麗ね」

「そうね」

「……そっちに行ってもいいかしら?」

「暗殺しないって約束してくれるなら良いわよ」

「ふふ、約束するわ」


_ _ _ _ _ _ _ _

 

ロビンは円形の見張り台の中でナミの正面に座り、持っていた二つのタンブラーの内、一つをナミに渡して寄こした。

「ホットティーで良かったかしら?」

「あ…ありがと」

「今夜は十三夜月ね」

ロビンが言った事が分からなくて眉を少し上げると、ロビンが右手の人差し指で左の空を指した。視線を誘った指先につられて空を見上げると、そこにはさっきまで見上げていた銀色の月。

瞬く満点の星空に、燦然と輝く大きな月。ナミはため息を吐くように「あと2日で満月ね」と言った。「そうね」と帰ってきたロビンの言葉に、この船にもまともな会話のできる人が増えたことを改めて喜びたい気持ちになった。

「今夜は十三夜月。満月の次に美しい月の形だと言われているわ」

そう言われてナミは僅かに形の足りない月に目を細めた。

「詳しいのね」

「たまたま…本に書いてあっただけよ」

「ねえ、あんた。寝なくていいの?」

「……お邪魔かしら?」

「んーん。でも、夜更かしはお肌の大敵よ」

「それもそうね」

ロビンが月から視線を外し、こちらを見てきたのでナミもロビンを見た。

光と闇を内包したロビンの青い瞳が夜空みたいで美しいと思った。

「……眠れないなら、ここにいてよ」

ふと、そんな言葉が口をついて出た。ロビンの瞳が僅かに大きくなってすぐに元に戻った。

「お言葉に甘えるわ」

ナミはロビンの隣に座り直して、ブランケットを半分ロビンの肩にかけてやった。

「ありがとう」

「ううん、飲み物もらったし」

ロビンは終始穏やかな口調で月にまつわる伝説をいくつか教えてくれた。

長くて綺麗な指が、空に輝く月の輪郭をなぞり、その一つ一つの影を指さしながら丁寧に言葉を紡ぐ。


ナミはロビンの肩に頭を預け、いつの間にか眠りに落ちていった。


博識で美しいロビン。
結局、代わりに見張りをしてくれていたロビン。
ブランケットを全部使ってあたしを包んでくれていたロビン。

 


ロビンは今も、
私を好きでいてくれているだろうか。

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