先日よりも幾分か冷たくなった風に吹かれつつ、山場を越えて一安心。落ち着いた休日をいつになく爽やかな心持ちで送っております。





乗るはずだったバスは行き去り、置いてけぼりな私はここで思考を停止してはまた次来る二度目の到来に心を弾ませる。足だけはよく動く。否、それ以外は全く。この有様に、歳の取り方を考えさせられるのです。




暑さはどこまでも暑く、まだ秋を其処に隠しては流れる汗に滞った焦りと倦怠をねじ込んで、今日も今日とて死んでいく。少しばかり影響を受けてしまっていると、実感せざるを得ないのです。




人間の怒りほど唐突で無神経で、それでいて繊細で危なっかしいものは皆無。それを日々味わいながらも、増長されていくそれに耐え忍ぶだけの今なのです。これから先が思いやられる。今やるべきは、バスに乗ること。





無くなったあの鍵一つで私の人格を語れるか?そんなもので語られるくらいの薄っぺらい人格なんて、トイレットペーパーといっしょにトイレに流してしまえ!そう悪態をついては、また己の罪なるものを隠して睨む。



無関心は罪なりや。正論。正論で無関心をねじ伏せようと、それは毛頭無理なハナシ。これぞまさしく罪なりや。残念無念、なりやりや。





さて、いざ参らん!







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