揺れる水面(クジャジタかバツジタ)


※もし12回目の時にクジャの死をジタンが知ったらというif


クジャとの戦いから戻ってきたバッツ、スコール、ジタンの三人は命からがらといった様子で。最後までクジャの側を離れようとしなかったジタンはスコールが無理やりに抱えて連れてきた。
しかしジタンは怪我の治療も後回しに仲間にクジャを見なかったかと聞いて回っていた。

「クジャ…が…?」
「ああ、クジャならライトニングが倒したと聞いたが……」

聖域に張った水にぽつりと水滴が落ちて波紋を作る。わずかに揺れた水面はすぐに平穏を取り戻した。

「…ジタン?」

ぼろりと両目から涙を溢れさせたジタンの表情は凍りついている。
尋常ではない様子にフリオニールがジタンに触れようとするが、彼はぐいと強く涙を拭うと、笑った。

「そっか。みんなが無事でよかったよ」

そう言って、笑った。

「ジタン」
「怪我の手当て、してくるわ」

フリオニールの言葉を遮り、ジタンは言うとふらつく足取りでテントへと戻っていった。
それを遠目から見ていたバッツとスコールが顔を合わせる。

「ジタンは…まだクジャを信じているのか」

スコールが眉を寄せて苦しそうに呟いた。

「…だろうな。だって、ジタン、おれたちにクジャのこと話すときはいつも嬉しそうだったろ。戦う時だってずっと迷ってた」

バッツが目を伏せて言う。
スコールは拳を強く握った。クジャがカオスの戦士だと知った時、一番最初に怒りを露わにしたのはスコールだ。カオスの手先らしいやり方だ、と。
いつも笑顔でクジャのことを話すジタンの気持ちを考えたらスコールも酷く痛かった。アシストに入っていたジタンが何度も待ってくれとスコールを呼んだが、クジャの激しい攻撃にそんな余裕はなく、またジタンを傷つけたという怒りが先立ってしまって困惑しているジタンの気持ちを置き去りにしてしまったように思って、冷静になったいま自分の青さを責めた。
苦い顔をしているスコールを横目に見たバッツが口を開く。

「ジタンはスコールの優しさに救われたんじゃないか?」
「…どういうことだ」
「スコールはジタンが裏切られたことに怒ったんだろ。おれには、できなかった。スコールは優しいな」

敵だと言うなら戦う、それがバッツの出した答えだ。
うりゃあ、とスコールの髪をわしゃわしゃとするとスコールがあからさまに嫌そうな表情でバッツの手を払った。

「……っ!」
「やっぱ、痛むよなあ…すっげえ攻撃だったもん」

クジャにやられた傷は酷く、軽く動いただけで痛みが増した。

「大丈夫ですか!?」

他の仲間に連れられてユウナが急ぎ足で駆けてきた。

「いま、回復魔法をかけますね」
「あっ、おれは大丈夫」

バッツが手を上げてヒラヒラとする。

「大丈夫ってお前…」
「ジタンのとこ、行ってくるよ。あいつ傷の手当ても何もしてないだろうからさ。おれはエーテル貰ったから自分の傷もジタンの傷も治せるから」

よいしょ、と痛む体を起こしバッツはジタンのいるテントへと向かった。




「ジータン!」
「……バッツ」

ジタンはテント内に積み上げた薄い毛布に背を持たれて座り込み、のろのろとバッツの方へ視線を向けた。
背をかがめてバッツもテントへ入り、ジタンの隣に座った。
ジタンの顔色は青く、海の色の目を縁取る金色の睫毛が震えている。色をなくした薄い唇が少し開いていて表情を失くしていた。
無機質な人形のようで、普段の快活さを感じる少年とはまるで別人のようで、うつくしいと思った。

「ジタン、ひどい顔してる」
「………」
「手当てしてもいいか?」
「バッツだってひどい怪我してる」
「かすり傷、かすり傷。大きい怪我はここにくる前に直してきたよ。だからジタンの怪我を治したいなあ」
「いやだ。…このままでいたい」

ジタンは膝を抱えて蹲る。
バッツはジタンの怪我の具合を見る。
ジタンの怪我は腕に集中していて、逃げるための足や致命傷になりかねない箇所を避けられていた。
ーー歩けるうちに、早く逃げたほうがいいよ
クジャがジタンにかけた言葉を思い返す。

「そんなこと言うなよ。腕、だして」
「いやだ」
「ジタン」
「いやだ……」

顔を上げてバッツを見つめたジタンの両目からはぼろぼろと大粒の涙が溢れていた。

「クジャが死んだ」
「………」
「オレのせいだ……」
「ジタンのせいじゃない」
「オレのせいだよ」

ひっく、と息を詰まらせて肩を震わせる。
傷ついた両手で顔を覆う。

「きっと、本当は…っ、裏切られたかなんてどうだってよかったんだ…オレがクジャを信じていれば…!一緒に逃げようって手を引いていたら、それでよかったんだ…!それなのに…」

バッツも傷だらけの体でジタンの背に腕を回し抱きしめた。傷を回復してきたなんて嘘だ。ジタンの悲しみをバッツは理解できても共有できないから、痛みだけでも共有したつもりになりたかっただけだ。
冷たいなあ、おれ。そう、思う。
ジタンはぐいと強くバッツの胸に頬を押しつけて声を上げて泣いていた。
金色の髪を血塗れの手で何度も撫でた。震える体を抱きしめた。

「クジャが…っ、もう、いないんだ…ッ…この世界なら、やり直せると、思ったのに…!一緒に歩いて行けると思ったのに…!どうして…!!!」

子どものようにたどたどしい口調で吐き出す。何度も涙を流しながら、喉をならせて。

「どうして、オレの手はだれもまもれないの」

顔を上げた少年の涙で滲んだ青い目と、青年の鳶色の瞳がぶつかる。
ぼろぼろと止まらない涙をバッツが拭う。

「おれはクジャと会うのはあれが初めてだったからわからないけど、クジャはジタンに生きて欲しかったんだと思う」
「オレ、に?」
「ジタンの傷は腕にばかり集中してるだろ。逃げるための足は傷つけないで。傷ついた腕で武器を落として早く逃げるようにって。……不器用だよな」
「…なんで…そんなこと……!……っ、オレが、初めて会った時にクジャをコスモスの戦士だと思い込んだから…?ずっと、オレのために嘘をついてくれてた…?」
「わからない。でも、クジャはジタンがこんな風に苦しむのは望んでないと思うんだ」
「……無理だよ…バッツ…」

無理だよ、と繰り返してジタンはバッツの胸を叩く。そしてその胸に再び顔を埋めた。
いやいやをする幼子のように額を擦らせて嗚咽を漏らした。バッツはただ、それを受け止めていた。

「苦しいよ、クジャがいないのは…っ!オレはクジャに甘えるだけで助けられなかったんだ…!それどころか、クジャに助けられてオレだけ生きてる…!クジャを苦しめて、オレのせいで失った…!」

慟哭。
一番届いて欲しい相手への言葉は決して届くことはない。

「ジタン、少し休もう」

バッツが右手でジタンの頬に触れる。
するとくらりと意識が遠のいて瞼が落ちてきた。スリプルだ。

「バッ…ツ…」
「うん」

クジャに会いたいよ、そう途切れ途切れに呟いてジタンは意識を手放した。
眠るジタンを抱き抱え、寝かせるとブランケットを取りかけてやる。

「まずは怪我の治療だな」

ジタンの髪を撫でてから、少年の武器を握るには幼い手を取り痛めつけられた腕に回復魔法をかけた。
魔法はあくまで癒える力を強化するだけだ。
テントに置いてある救急箱からタオルを取り、水を汲みにいこうとしたところでスコールがテントへ顔を出した。

「スコール!スコールはもう大丈夫か?」
「傷の治療なら終わった。あとは寝てれば治る。………ジタンは?」
「いま寝たところ…っていうか、寝かしつけた」

眠るジタンとバッツを見比べてスコールが眉を寄せる。

「ああ、大丈夫。おれもジタンもいまから傷の手当てするとこだからさ」
「…なにかできることはあるか?」
「んー、じゃあ水汲んできてくれない?おれたち血がベトベトだから拭かないと」
「バッツ。お前も大概にしろ」
「ん、わりぃ」

他人からは分かりにくい心配の仕方にバッツが苦笑する。
スコールが水を汲んでくるまで大して時間はかからなかった。
タオルを水に浸して絞り、ジタンの身体についた血を拭ってやっているのはスコールだ。
バッツは自分の怪我の治療をしろ、とスコールから雷が落ちたからだった。
傷よりも、泣きはらして赤くなった瞼が痛々しくて、振り払うようにジタンの治療にスコールは専念する。

「…ジタンは大丈夫なのか?」

訊いて、大丈夫なわけがないだろうと自分でも思う。ただ、訊かずにはいられなかった。

「どうかな。すっげえ自分のこと責めてたよ」
「…ジタンのせいじゃない」
「うん。おれもそう言った。けど、ジタンの性格じゃあな。わかるだろ?」
「…そうだな。変な自棄を起こさなければいいが」
「ジタンってばいつも自分が犠牲になればって思ってるからなあ。いつも以上に目を離せないな」

眠るジタンの髪をバッツが撫でる。
するとジタンが小さく「クジャ」と呟いて、彼を見守るふたりはいたくて、同時に眉を寄せたのだった。




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