※ちょっとしたご注意※
健二と夏希が付き合っていたというものがあったり、ちょっと健二さんがひどい感じもあるので、苦手な人はご注意を!
少し長めのお話かもです。
大丈夫なお方は以下よりどうぞ。
ログイン |
何時までも貴方を想う
2010年の夏。初めて恋をした。
2013年の夏。初めて告白をした。
『……ごめん…僕には、わからないんだ…どう返事をしていいのかも…』
『いいんだ。ただ、健二さんを想い続けることだけは、許してほしい』
『佳主馬くん…』
初恋は実らない、とよく言うけれど、僕の場合は曖昧なままに、平行線をたどるように、彼との関係が続いた。
それから5年後――2018年の夏。
「今年も綺麗な朝顔が咲いたわね」
「そうだね、夏希姉さん」
上田にある陣内家の庭には沢山の綺麗な朝顔が咲き誇り、きっと栄が見たら喜ぶだろうと思って笑みを浮かべている夏希が言うと、彼女の隣にいる佳主馬が軽く頷いて返事をする。
「…あんた、また背大きくなった…?」
「夏希姉さんが縮んだんじゃない?」
「あ、あんたねぇ〜!」
夏希の隣で不敵に笑う佳主馬はあの夏の日からは想像もつかないくらいに成長し、可愛らしかった面影を残すことなく、格好良くなった佳主馬は所謂イケメンといえる部類だ。
「ほら、早く戻って準備しなきゃだろ?」
「あっ、逃げるなー!」
佳主馬が家の中へ戻ろうと足早に歩き始めると、その後を慌てて追いながら夏希は白いワンピースをはためかせて続く。
今日は八月一日。栄の誕生日だ。
「あれ、健二君はまだかしら?」
「昼頃には着くって連絡きたけど」
携帯の画面を見ながら会話する二人は、健二からのメールがきていないかを確認していた。
あの夏の日から陣内家と親密な関係となり、毎年夏にこの陣内家にやってくるようになった健二は、どんなことがあっても八月一日までにはこの上田に来る。どれだけ忙しかろうが、レポートに追われていようが、必ず来るのだ。
健二は数学者になるべく、院生に通い日々数学付けの生活を送っている。ここ数年では忙しい時は連絡も全くとれないし、OZにログインすらしない。
そんな健二だが、この時期になると必ず上田に行く日を陣内家の皆に連絡していた。
「もしかしたら、もう着いていたりして」
夏希が楽しげに微笑みながら玄関へと向かおうとすると、佳主馬は反対側へ体を向ける。
「佳主馬?」
「ちょっとやることあるから」
片手を軽く上げてひらひらと振りながら言うと、夏希はまた後でと声をかけて、健二が着いていないか玄関へと向かった。
佳主馬は広間へ行くと縁側から外へ出て、離れの庵を目指す。そこに、栄の墓があるからだ。
「…結局、夏希姉さんとはイイ先輩後輩のままなんだね」
熱い日差しを受けて出る汗を腕で拭い、ぽつりと独り言を零す佳主馬。
佳主馬が言うように、健二と夏希の関係は先輩後輩のままだった。あの夏の日から、いい雰囲気にはなっていたのだが、進展したとは聞いたことがない。陣内家の皆は最初こそ横やりを入れていたが、一向に進展しない二人を見て、何も言わなくなった。
けれども、健二も陣内家の一員だと万助は言い、それに反論する者もいなく、こうやって毎年上田に彼は来てくれる。
「ま、何があっても俺の気持ちは変わらないけどね」
健二と出会って8年が経った。何時の間にか彼に恋をし、告白をしてから5年経った。佳主馬ももう成人し、大学に通いつつも、相変わらず今までの仕事をこなし、OZで不動のチャンピオンとして君臨し続けている。
そしてずっと健二のことを想い続けている。
一途といえば聞こえがいいが、しつこいと言われれば終わりだ。細心の注意を払い、健二と仲がいい関係のままつかず離れずと絶妙の距離を保ってきた。
辛くない、と言えば嘘になるが、それでも健二とのこの関係が途切れてしまうことがもっと辛い。幸い、健二に浮いた話は全くなく、佐久間からも健二のことを聞いているので、今はフリーのはずだ。
「……でも、他の誰かに健二さんをとられるくらいなら、夏希姉さんがまだいいや…」
自嘲的な微笑を浮かべ、らしくない弱音を吐き出す佳主馬だが、ふと、目先に誰かが居ることに気付くと軽く首を傾げた。
「…っ!」
その後姿をハッキリと捉えた瞬間、佳主馬は走り出す。あっと言う間に栄の墓の前まで走りつくと、墓の前で佇んでいる人物の後姿を、じっと見つめた。
「健二さん…」
相変わらずの細い体は色白く、室内に篭っていることが多いこと物語っている。彼の足元には少し大きめのリュックサックが置いてあり、陣内家に着いてそのままここに来たことが分かった。
「久しぶりだね、佳主馬くん」
佳主馬に背を向けたまま明るい声で言う健二は、背後を振り向く気配がない。普段なら、ちゃんと相手の目を見て話す健二なのに、今は様子が違う。
「…うん、久し振り」
だがそのことには触れず、普通に返事をする佳主馬。周りには蝉や鳥の声が響いており、騒がしいはずなのにどこか静かな気がした。
「ねぇ、佳主馬くん……聞きたいことが、あるんだ…」
明るいのだが先程よりも硬い声色で紡がれた言葉に、思わず佳主馬は身を固くする。健二と佳主馬との距離は1メートルもないのだが、なんとなく遠くに感じる気がした。
「君は…今でも、僕が好きかい?」
「当たり前だろ!」
問われた言葉に反射的に返すが、思わず大きな声で叫ぶように言ってしまい、佳主馬は口元を押さえて軽くうつむく。
「急に大声出して、ごめん」
「ううん…いいんだ…」
そこからは互いに沈黙してしまい、少し気まずい雰囲気が流れる中、自然が奏でる音だけがやけに響き渡った。
「今から言うのは僕の独り言なんだけど、聞いててもらえると嬉しい」
「えっ」
急に沈黙を破った健二がまだ固い声で言うと、普段は猫背でやや丸まっている背中をしゃんと伸ばし、拳を握り締める。
「8年前、佳主馬くんと…陣内家の皆さんと出会った。その時は夏希先輩の恋人役で来て…。あの後ね、夏希先輩とはいい雰囲気になって、実は付き合ったんだ」
その言葉に切れ長の瞳を見開かせ、健二の後姿を穴が開くほどにじぃっと見つめた。だが、彼の言葉に違和感があった。
「付き合ってた…でも、別れちゃったんだ」
陣内家は誰も知らないであろう出来事に驚きを隠せない佳主馬は言葉が出ず、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
健二と夏希が付き合っていたことも、そして別れたことも、誰も知らなかったのだ。陣内家ではそんな噂も全くなく、佐久間からも聞いたことがない。
いや、もしかしたら佐久間は知っていたが、誰にも言えなかったのかもしれない。
「最初は幸せだった…憧れの夏希先輩と付き合えたことが。でもね、段々と擦れ違うことが多くなった。時期が悪かったのもあるのかもしれない。夏希先輩は大学で新しい生活、僕は大学受験で毎日勉強の日々」
その話を聞くと、ラブマ事件後―遅くともその翌年から付き合い始めたのだろう。
「互いに気を遣いすぎて、連絡もあんまりしなかったし…。僕は益々数学にのめり込んで、夏希先輩も自分のやりたいことに向かって頑張ってた。夏希先輩は大学でも人気者で…」
淡々と語っていた健二だったが、途中で言葉が途切れてしまった。佳主馬はその続きを察すが、どう言葉をかけていいのか分からず唇を噛み締める。
「……恋人が、いないような状態で素敵な人と出会ったら…気持ちが傾くのは、分かるよね…」
「でもっ…!」
そんなの酷すぎる。佳主馬はそう思うが、健二は緩く首を左右に振るだけだった。
「夏希先輩は、最初にちゃんと断ったんだって『私には素敵な彼がいます』って…。それでも相手の人は先輩を諦めなかった」
その状況に佳主馬はドキリとする。まるで自分と同じではないか。
「そんなに熱烈な告白されたらさ…僕は、そんな風な言葉を先輩に送れるほど器用な人間じゃなかった…だから、先輩を不安にさせてしまった。先輩は積極的に僕との時間を作ろうとしてくれたけれど、僕は馬鹿だから…自分のことばかりで夏希先輩の気持ちも気付いてあげられなかった」
少しずつ震え始めたその声に、佳主馬の胸が痛くなる。もう言わなくていい。そう言いたいのだが、それではだめな気がした。健二の為にならないと。
「それで…振られちゃった。先輩は何度も僕にメッセージを送っていたのに、僕がちゃんと先輩と向き合えなかったから。僕が悪いんだ。振られて当然だと思ってる」
健二の表情は見えないが、きっと哀しい顔をしているのだと佳主馬は思った。そして、震える健二の体を抱き締めてあげたい。そう強く思った。
「でもね、先輩と別れて…辛いって気持ちがなかったんだ。ただ、寂しかった」
「えっ…」
思いがけない言葉に佳主馬は声を上げてしまう。健二の言葉の意図が汲み取れず、眉を寄せて考えた。
「…ずっと、考えてみたら…先輩のことは好きだけど、恋愛感情の好きとは違ったんだ」
「そ、んな…」
佳主馬はあの夏の日のことを思い出し、健二のあんなにあからさまな態度だったのが、恋愛感情の好きではなかったのか、と驚きにまた瞳を見開かせる。
「先輩は、僕と違って人気者だし、何でもできるし…僕とは真反対の、僕の憧れるひとなんだ。皆に好かれていて、先輩の周りにはいつも沢山のひとがいた。先輩が一人でいることってあんまり見たことないんだよね」
一人、という言葉に佳主馬は反応して肩を揺らした。
健二の家庭の事情を知っている佳主馬は、彼が孤独に弱いことをしっている。だから、どうしようもなく寂しい時は大好きな数学にのめり込んで現実を忘れていた、という過去の話も聞いたことがあるのだ。
「きっと、僕は先輩になりたかったのかもしれない…。先輩と一緒にいることで、そう感じられたのかもしれない。でも、それじゃあダメなんだ。ちゃんと好きになって、ちゃんと向き合わなきゃ、一緒にいちゃだめなんだってやっと気付いた」
ほんと、馬鹿だよね。小さく呟かれた言葉に、佳主馬はもう我慢が出来なかった。足を動かし、健二の元へ向かい、手を伸ばして抱き締めようとしたその瞬間。
「っ佳主馬くん!」
まるで佳主馬の行動を止めるように声を張り上げた健二に、佳主馬は手を伸ばしたまま動きを止める。
二人の距離は、こんなにも近いのに、遠い。
「健二さん…」
「佳主馬くん。僕はひどい男だ」
「そんなことない」
「ううん、そうなんだよ…だから、ちゃんと話を聞いて、一つ答えてほしい」
「…それは、なに?」
無理に話をこじらせても、平行線を辿るままだと思った佳主馬は自分の気持ちを必死に抑えながら健二に続きを促した。
「僕は、一人がこわい。誰かと繋がっていることを感じられないと、不安定になる。佐久間は付き合いが長いから、それに気付いていたし、構ってくれた。でも、ずっと一緒にいられるわけじゃない」
佐久間と健二は幼い頃からの付き合いで、親友といえる存在なのは佳主馬も知っている。佐久間は以外にも世話焼きで気配り上手な一面があり、だからこそ健二と長く付き合っていられたのだろう。まさに唯一の親友だ。
「本当のことを言うとね、君の言葉を信じられなかったんだ。夏希先輩のように、眩しいくらいの君を。でも君は…佳主馬くんは、大人になっても僕に好意を寄せ続けてくれた」
きっと、今まで試されていたのだろうということが分かるその言葉に、佳主馬の今までの気持ちが報われた気がした。どんなことがあっても、健二を好きでい続けていたのだから。
「まだ、本当に人を好きになることも知らない…こんな僕でも、佳主馬くんはまだ好きだといってくれるの?」
健二の問い掛けに、佳主馬は全身に電流が流れたような、そんな感覚に陥る。心臓がドクドクと脈打ち、昂る。
「卑怯なことを言っていると思ってる。それでも、僕の隣にいたい…?」
真夏の暑さとは違う熱さに襲われ、くらりとした。
「僕のこと、好き…?」
ゆっくりと、健二が振り向き、佳主馬を真っ直ぐに見上げる。
その瞳には怯えの色が混じっていたが、それでも真っ直ぐなその瞳に、佳主馬は吸い込まれそうになった。
手を伸ばせば、この腕に閉じ込められる距離に健二はいる。
「好きだ」
一言、ハッキリと言い切った佳主馬は伸ばした手で健二を引き寄せ、今度こそ腕の中に閉じ込めた。
「もう、離さない。どんなことがあろうとも」
肉つきの薄い背中と細い腰に腕を回し、しっかりと抱き締めながら、夢にまで見た健二の体温を感じると嬉しさに胸が痛む。この心臓の音が健二に伝わるようにと、きつく抱き締めた。
「愛している、健二さん」
これはきっと健二が求めていた言葉だろう。愛を知らない彼が、愛を知りたがっているに違いないと。
「ありがとう…佳主馬くん…」
健二の腕が、そうっと佳主馬の背に回される。恐る恐るといったように、壊れ物に振れるかのような手の温もりに、佳主馬は泣きそうになった。
「どんな健二さんでも、俺は愛せるよ」
「…ありがとう」
「いつか、俺のことを愛しいって思うときが必ずくるから」
「すごい自信だね…」
くすっと笑いながらも否定の言葉は浮かべない健二に、佳主馬はチャンスがあることを悟る。恋愛感情は知らないかもしれないが、好意というものは分かっているからだ。
「8年間、ずっと健二さんだけを想い続けていたんだから、覚悟しておいてよ?」
「うん」
「健二さんがイヤっていっても離さない。ずっと愛すよ」
「うん」
そっと腕の力を抜いて健二の体を少し離すと、顔を上げさせ視線を合わせる。
そのまま、ゆっくりと顔を近付けて唇を重ね合わせた。
これが本当の健二を受け止めた佳主馬と、佳主馬の誠意を受け入れた健二が、交差した瞬間だった。
end
********
恋愛を知らない不器用な健二と一途な佳主馬を書きたかったんです…!
これ本当はもっと長いんですが、このくらいにしておきました。
いつも長くなってしまう…orz
そして、色々あれな感じですみません。
健二と夏希は一度付き合って、別れて、でもいい先輩後輩で仲良くしてほしい。
付き合ってみて、それまでは見えなかった景色ってあると思うんですよね。
そして佳主馬は一途だろうなと。健二さんを幸せにしてあげてください。
ちなみに、タイトルは佳主馬と健二の互いの気持ちだったりします(´ω`)
本当はこれ8月1日にUPしようとしていたんです←