(気付かないでほしかった。)


「♪包帯は〜」


「おい、伊作」


「なんだい?留三郎」


同室の伊作は自分が何で呼ばれたのか全くわかってないらしかった。まあ、分かる訳もないだろう。伊作が俺達の部屋で保健委員会の仕事である包帯を巻く事は当たり前になっていたし、歌を歌いながらでないと上手く巻けないというのも周知の事。
だが今回、俺が伊作を呼んだのはその事ではない。


「他の保健委員はどうした。何時もなら、手伝いがいるだろう」


何時もなら、いる筈の他の保健委員が見当たらない。大体は乱太郎あたりがいる筈なのだが。
今日は大量の包帯を伊作ひとりで巻いているのだ。
歌を合唱されながらはこちらとしては、多少なりも騒がしくないので喜ばしい事なのだろうが。


「あー、それが…。俺以外の保健委員はみんな、風邪を引いちゃって」


「お前以外がか!?」


「うん…。普段なら、包帯もそんなに使わないんだけど。何故か怪我人も多くてさ」


風邪を引かない、というのは運がいいのか。それともひとりだけ引かなかったのは運が悪いのか。間違いなく、後者である。不運な伊作には慰めの言葉すらも見つからなかった。
慰めた所で伊作はへこたれていないだろうし、今はそれどころではない筈で、考えてもいないだろう。
キリキリ、カラカラ、と。
歌の伴奏をしているかのように、包帯巻きの道具が鳴いている。

まるで。
まるで、『手伝ってあげて』と泣いているかのように。
そう、聞こえるのは。
俺のよこしまな気持ちがそうさせるのか。


「はー…、仕方ない。おい、伊作。それはまだあるんだろうな?」


「え?ああ、あるけど」


「だったら、寄越せ。手伝ってやる」


手伝う事くらいで気持ちがわかるわけはない。
苦労している同室の仕事を手伝う事は不自然ではない筈だ。

何時だっただろうか。
彼を好いている、と。
気付いたのは。

いや、そんな事、分かるわけもないな。


「え?いいのかい!?」


「今回ばかりはな。終わらない以上はその歌をずっと歌うんだろう?」


「うーん、そうだね。歌わないとできないし」


「はー…、夜が明けるまで歌われるのはかなわん」


「そうかなー?あはは。でも、ありがとう、留三郎」


ふわ、と。
甘い菓子のような笑顔を見せる。
だから、弱いんだよ。
お前の笑顔には。


「ほら、早く終わらせるぞ」


「うん。でもー…」


「ん?何か言ったか伊作」


「ううん、なんでもないさ」



(気付かないでほしかった。僕が君に手伝ってもらいたいって、本当は思ってたって事。だから、君が手伝うって言ってくれた時僕ががどれだけ嬉しかったって事はどうか、気付かないで)













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