▼憧れだけが肥大していく
 
text/御影/改(と威)
※企画提出物
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筆記用具がノートの上を走る音がちいさく響く教室。 模範的な授業風景と呼べるだろう、学び舎には理想の静謐な空間。
しかしそれが、それ故に、自らの集中力をこれほど乱すことになろうとは、と下鶴改はこの授業中何度目か判らない心中での嘆きの声をあげた。
彼が席を置くこの教室には、体育の授業を行うグラウンドからの声が遠く聞こえた。 それも余程意識しない限り、校舎内での学習の妨げなどにはならない些細なものである。
けれど──…けれど、その音の内に意識せざるを得ない存在の声があったならば、話は別なのだ。

外からの賑やかな声がいくつか重なる中、右サイド上がれ、と指示を飛ばす特定人物の声を、改の耳はそれはもう器用に拾ってしまう。
するとそれまで丁寧に板書を写していた彼のシャープペンシルは、不意にノートの水色をした淡い罫線を越え斜めに傾いた線を描いた。
しまった、と改は線のはみ出しを直す為に消しゴムを手にする。
しかし外からの歓声に混じって再び聞こえた想う人の声に、今度は罫線を挟んだ向こうの、直す必要もないきちんと並んだ文字列の上を消しゴムが滑った。

「………」

さすがに改自身、呆れを堪えきれず自らの目頭を抑えた。 無様だ…と、ちいさくちいさく吐息に混じらせて呟く。
それから改は観念したように、なるべく自重していた窓の外へゆるゆると視線を向ける。
広いグラウンドの端に設けられた二つのサッカーゴールのうちの一つの前で、校舎へ背中を向ける形でグラウンドを見据えて立つ背の高い後ろ姿。
その名を思うだけで、胸が熱くなる存在。 我らがサッカー部の主将。 彼に焦がれ、彼の率いるチームに相応しい存在になりたくて、自分は走り続けてきた気がする。
相手チームが蹴り込むボールを難なく受け止めるその姿を、改は瞼で細めた視界に写して、思う。
きらりと窓を透かして入り込む光。 グラウンドも、そこにある背中も、眩しくて、遠い。


──…時々、走っても走っても、届かないんじゃないかという思いが過ぎる。
一つ離れた年齢みたいに、どうしても埋められないものがある。 けれどまだ他にも、見えないところで、自分の気付いていないところで、もっと、もっと、自分と彼の間にはたくさんの溝が横たわっているんじゃないかと感じることがある。
不安という形に限りなく似た思考回路は、ぐるりぐるりと纏わりついて改を心身共に停滞させようとする。
自身を埋め尽くしていく、一人の存在に対して覚える感情全ての根本にある想い。
普段意識的にも無意識にも抑え込んでいるそれは今なお成長を続けていて、いつか自分の許容量というものを超えてしまいそうな気さえした。
そのいつかより先に、起こりうるエラーに対処できるだけの力を、自分は、得られるのだろうか。

「(……抱えきれなくなる、…それは、嫌だ)」

この想いもいつの間にか、ただ純粋なばかりでは無くなってしまった。 けれどそれでも、無くしてしまうなどという事はとても出来なかった。
思考を重ねる改は唇を震わせてそっと吐息すると、窓の方へ小さく手を翳して降り注ぐ光から目を守った。
影を被った瞳は、それでも変わらずにひとつの背中だけを見つめ続けていた。




憧れだけが肥大していく
(繰り返す増大。 重い、想い、おもい)








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>※企画提出物
>参加企画「In front of goalnet」
>nanos.jp

ゴールキーパー受けというなんとも素敵な企画様が発足されたので意を決して飛び込んできました。 企画提出なんて初めてなのですがこんなもので良いのだろうかと不安で…ああ…。
あらたけというか、改→→→威な感じになってしまいました…精進します…。 でもとても楽しかったです、ありがとうございました。

2010/01/11 23:43  


T◎P


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