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シュガーA

たしかに耳栓はあった方がよかったかもしれない。
いやぁ、あんなに面と向かって嫌味を言えるってけっこうすごいと思うんだ。人の悪口をあんなにずっと言い続けられると、それはそれですごいなぁって、悲しいとか傷ついたとか、ムカつくとか通り越して、びっくりした。
すごかった。
なんだっけ?もうありとあらゆることにケチをつけてた。重箱の隅をつつくくらいならまだいいけど、あれ、私のことも含めてほぼ差別発言だし。パワハラだし、セクハラだし。訴えられてもおかしくないんですけど。
ほら、そんなに人の悪口ばっかり言ってるから、三人が三人とも、ものすっごく。
ブス。
そう、ブスだった。ひどいレベルだった。もともとのスペックが違っているとしたって、ひどかった。とっても……ブスだった。

「疲れただろ?」
「はい」
「正直だな」

彼がクスッと笑い、白ワインの入ったグラスをくるりと回して唇を添えた。

「はい。だって、あれは、ひどいです」
「……」
「なんなんですか。あの三人」

性格って顔に出るんだ。そうおばあちゃんに教わった。人に優しくできる人は、表情も優しく。皆のことが大好きな人は、皆に好かれる笑顔。だから、あんなに悪口を言ってたら、そりゃ口もひん曲がるし、気持ちも、そして外見もひん曲がっていくんだよ。きっとそう。うちのおばあちゃんが言ったことは本当だったよ。

「だから、耳栓しろって言っただろ」

「あー!たしかに!そしたら、すっごい嫌味返しができたかもしれないですよね!お前らのひどい物言いはもううんざりだああああ!って」
「……おい、酔ってるだろ」
「酔ってま……」

あのブス達の前で、凛と立つこの人はたしかにそれだけの器があると思った。

「す」

でも、それと同じくらい、無理もしてるんだろうなぁって、思った。

「間がありすぎて、何言ってんだか分かんねぇよ」
「酔ってますっ!」
「はいはい」

ほら、この笑顔だよ。ちょっと笑顔が意地悪なんだ。口元を釣り上げて笑う感じ。私をからかう時もこんなふうに笑ってた。でも、あのブス達の前では綺麗に笑ってたんだ。それを見て思った。
あぁ、無理をしているんだなって。

「お酒飲んでるんだから!そりゃ酔っ払うでしょう!」
「お前は酔っ払いの手本みたいに酔っ払うな」
「なんじゃそれ」



初めて会った時、怖い顔をした人だなぁって思った。

「たくさん飲みますね」
「そうか?」

「はい。強いんですね」
「お前に比べれば誰だって強いだろ」

っていうか、お酒強そうな外見してるもん。そう、今言ったら、彼は笑って、それはどんな外見なんだって言いそうだなって思った。

「の、飲めますよ!」
「甘いカクテルだけどな」

仕方ないじゃん。お酒の味とかあんま分かんないし、ジュース飲んでる方が美味しいんだもん。

何て、軽いやり取りをしながらも、さっきのことを考える。

あんな奴らにひとりで立ち向かうなんて、やってられない。だから――。

「耳栓、しなくてよかったです」
「……?」

「あんなこと言われるのをひとりでずっと聞いたりしなくていいですよ」
「……」
「すっげぇ、ムカつく!って、誰かと文句くらいなら言っちゃっていいと思います。その文句ならきっと神様もスルーして、ブスにしないでいてくれます」
「……」

だって、あの暴言をひとりで浴び続けることなんてない。

「お前、相当酔ってるだろ」
「?」
「言ってることがちゃんと繋がってねぇよ。何、神様って、ブスにしないでくれるって」


「でも、お前がそう言ってくれて、嬉しかった」
「……」
「ありがとな」

怖い人だと、そう思ったのに。

「いえ……」

案外、よく笑う人だった。ちょっと意地悪だけどさ。

「ほら、酔っ払い、次も同じカクテルか? それと、食い物は……」
「あ、えっと、そ、そしたら、次のカクテルは」

なんだろう。いつもは甘っまいカクテルばっか選ぶのに、なぜか、今日は胸のところがふわふわして熱いくらいに火照ってるから、スッキリしたくてさ。だから、ちょっと背伸びして、レモンを使った爽やかで甘さ控えめ、大人っぽいのに挑戦してみたんだ。




ほわほわ、ユラユラ、あと、顎を乗っけているところが硬い。

「おい、顎で肩をぐりぐりすんな。いてぇよ」

あ、うっかり。私ってば、おんぶとかしてもらってんじゃん。うわぁ、ありえない失態だよ。

「うえ……ぎぼぢわるい……」

ここで吐いたら、失態レベルじゃないよね。失墜?失笑?いや、失笑はないか。笑ってすませてくださいなレベルじゃないか。

「おい、お前、スーツのジャケットに鼻血の次は、シャツに吐いたりすんじゃねぇぞ」
「うっ……」
「おいっ」

「吐くか?」
「が、がんばる」
「吐くなら吐いちまえ。楽になるから」
「ぎぼぢわるいんだから!吐く吐く言わないでください!吐く!」
「……お前も連呼してるだろうが」

私はいいんです!って、言い切ると、よく笑うその人はまた笑って、肩からズリ落ちそうな私を抱え直した。そして、ぼそりと文句を呟いた。

「ったく、手のかかるやつだな」

あ、いけないんだ。文句とかブー垂れてると、本当にブー垂れた顔になるんだからね。そう教えてあげたかったけど。
やめた。
背負われながら少しだけ暴れて首を伸ばして、今どんな顔をしているんだろうと覗き込んだら、ブー垂れからは程遠い、カッコいい横顔が柔らかな月明かりに照らされていたから。

シュガー

きっと思っていたことが、この人にはダダ漏れだったのかもしれない。また笑って、今度は頭を撫でられた。掌を乗っけて、ぽんぽんって、二回。

「行くぞ」

足が長くて、駐車場からお店まで三歩程度で行けちゃいそうなほどだった人が、靴擦れのある私の歩調に合わせて、ゆっくり前へと歩き出す。その人の背中を見て、手を見て、胸の辺りがくすぐったかった。

「あ、はい」

この人の手は硬いのに柔らかくて、そして、とても温かかったから。
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