「またあそこに帰るの?」
あそこはあなたのふるさとだから。だから、きっと将来あそこに帰る日が来ると思う。あの家に。
「さぁな。でもたぶん俺は、戻らないよ」
少し伸びて邪魔そうな髪が、風になびいた。とても綺麗な黒髪。太陽の光で輝いている。
「俺にはお前がいる。だからきっと、これから先何十年も生きるだろう」
「わたしの方が、先に死んじゃうからね。それは覚悟しておいてね」
こんなこと言いたいんじゃないのに。わたしが居なくなったら、あなたはどうするんだろう。どう生きていくんだろう。そんな何年先になるか分からないことを考えると、頭痛がしてくる。
わたしが死んだら、そうしたら、新しい誰かを探してね。
そう言いたいのに。なんて強欲で嫉妬深くて、自分勝手な女なんだろうか。風にそよぐ花を見ながら思う。
居なくなったらなんて、そんなのいつか分からない。明日かもしれないし、気が遠くなるほど先かもしれない。
「ひとりにしない。絶対に。お前が生きている間、俺はお前を見守る。一緒に居る」
そばに居てくれと言ったあなたは、これからはわたしのそばに居てくれる。
「それから、俺はとても長生きするだろうから、お前の生まれ変わりを探すんだ」
「生まれ変わり?」
「そう。どこかにきっと居ると思うんだ。そして、俺ならそれがお前だって、きっと分かる。大勢の中から、どこに居たって……必ず見つけ出す」
ふっと微笑んでくれた。つられて笑う。夢物語みたいなことを言ってくれるね。じゃあ、なにか目印でも決めておかなくちゃ。
「あそこに帰る時が来るとしたら……お前が居なくなったあと、かな」
そんな寂しそうに笑わないで。わたしは、あと何年生きられるだろうか。
「わたし、長生きするね。60歳は越えるつもりだから」
「おお、できるだけそうしてくれ」
「ヨボヨボになったら、歩くときに支えてよね」
「そうだな。こうやって」
あなたの大きな手が、わたしの腰に添えられて、引き寄せる。
「お前の一生の間、ひとりにしないと約束する。寄り添って一緒に生きていく」
いつあなたに恋をしたのだろう。愛したのだろう。スタートもスイッチも、わたしにはよく分からない。
でも、それでも、こんなに深く好きになることができる。心って不思議だね。
「わたしも。もうとっくに、そう決めているの」
自分の心に正直に生きるよ。
「いま、あなたのお母さんの気持ち、分かる気がするよ」
相手が誰でも、何者だろうが、国が違っていたって、命の長さが違っていたって。きっと、こんな気持ちで目の前の恋を選び、あなたを産んだんだと思う。
サァっと強めの風が吹いた。
あなたのふるさとでは、こんな温かい風は吹かないだろうけれど、でも、辛い思い出ばかりじゃなくて、温かい思い出だってあるに違いない。
ふいに、抱きすくめられた。
「ねぇ……どうして泣いているの? ……ね、泣かないで」
あなたの瞳は、黒の中に、深い青。わたしが映る、深い青。優しくて、胸がいっぱいになる。
泣かなくても大丈夫。わたしが居るから。
それは初めて会った日と変わらないもの。あなたに拾われたあの日、何かが変わった。
わたしを見つけてくれて、愛してくれて、ありがとう。
そう。愛を欲しがっていたのは、わたしの方。
悠久の時は過ごせないかもしれないけれど、想いは共に居るよ。
ずっと。