「あー!もうだめだ!お手上げお手上げ!!」
ばたーん!とチョコ塗れの両手を広げて、島はキッチンに大の字になって仰向けに倒れ込んだ。
料理が作れるんだからと、舐めてかかった菓子作りは大敗退だ。
「お菓子ってこんなに難しかったんだな…」
チョコは上手く溶けない、固まらない。
成形もうまくいかないわ、なんていっても美味しくないのが痛かった。
「くそっ…、変な乙女心を出すんじゃなかった…」
恥ずかしい。
島は手首を額に当てるようにして、顔を覆う。
部屋に広がる甘い香りに、自分の女々しい気持ちを突き付けられた気がして、苦々しい思いになる。
「ばっかみてー」
バレンタインが近づくに連れて毎日段々と増える、部屋に届く荷物。
もちろん同室の東山宛てのチョコレートだ。
東山がそれをなんとも思っていないのは知っている。
けれど、なんとも思ってないからこそ、何気なくお腹が空いた時に口に入れているのも、島は知っていた。
(はー、僕って意外と嫉妬深いのかなぁ)
東山がイベントを全く気にしないのもわかっている。
毎日届くチョコレートに、こっそり頭を傾げていたのも見ていた。
なのに。
なんだかわからない衝動に突き動かされて、島はキッチンに立っていて。
「慣れないこと、するもんじゃないねー」
大きくため息をついて立ち上がろうとした、その時。
「何がだ」
ぐっと両手首を床に押し付けられ、逆さまに視界に入ってきた綺麗な無表情。
「ひっ、東山!?」
島が驚きに身を起こそうとしても、床に縫い付ける東山の両手がそれを阻んで。
ただただ島は口をパクパクと開閉させた。
「き、今日は帰って来ないって…」
「悪ィか」
「いや、悪くはないけどさ、その、」
「お前が、なんかコソコソしてっから。」
帰ってきた。
真顔でそう言った東山に、島は愕然とする。
(ぼくが!東山に謀られただと…!)
目を見開いて自分を見る島を余所に、東山は注意深く辺りを見回し。
そうしてから、すん、と鼻を鳴らした。
「甘ェ」
言われて、島はキッチンに放りっぱなしのチョコレートの残骸を思い出して、大いに焦る。
それは失敗している上に、自分の情けない嫉妬心の表れだ。
どうしたって、東山には見られたくなかった。
「東山!離してくれって!」
「…んで、焦ってんだ?あァ?」
「ちょ、まてまて!そんな、怖い顔で凄まれるようなことじゃなくてだな…!」
「じゃぁなんだ」
「……いやー、そのー。っ、いっ」
じつ、と射殺すような視線で見つめられ、その視線から逃げるよう島がに目を反らして口ごもると、不意に左手の薬指に鋭い痛みが走った。
反射的にその方へ顔を向けると、チョコレートに塗れた島の指を口に含んだ東山と目があった。
「ちょ、ひがしやま、やめ、うわっ」
制止しようと声をあげている最中に、次いで指に感じた熱く濡れた感触。
チョコレートを舐めとるように何度も往復されるその感触に、ぞく、と背筋が震えた。
「わ、ばか、やめ」
島が手を振り払おうにも、元より仰向けの姿で手首を捕まれており、力の差もあって東山は少しも表情を変えることなく、島の指を蹂躙する。
戯れにしては性的な匂いが強いその舌の動きに、知らず島の瞳は潤んでしまう。
「言うまで許さねぇ。…言っても許さねぇ」
指から口を離し吐息が触れる程顔を近づけた、東山の咎めるような強い視線に。
あぁ長い夜になりそうだと、島は潤む瞳を閉じて、噛み付くようなその唇を待った。
***
生きてます!
生きてますよ…!
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