悪酔い
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desire:壱八

(白の長袖カットソーに黒ベストを羽織りボンテージパンツとブーツ姿、館のロビーから続く日の当たらぬ地下への道は些か冷たい空気を帯びて静寂に染まり階段を下った突き当たりに立つ扉を開けば向こうに広がる空間は光が交錯する独特の雰囲気を帯びたバーで。視界の妨げにならぬ程度の薄暗さを保つ部屋へと足を踏み入れては背後にしたドアは静かに閉まり、緩慢とした歩調で室内へ歩み寄る内カウンターのスツールに腰掛ける人影を見付けよう。その背姿が相手であると見定めては何処か見覚えのある光景だと口端持ち上げながら足取りは緩い侭彼へと歩み寄って)――…寒ィなァ。マスター…何か作っテ(空調の効いた館内と言えど外気の風を浴びて館へと辿り着いたのがつい先程ならば肌は未だ冷え。その肉に染みるような熱を欲し酒作りの上手い彼へ一杯頼もう)



desire:葛西雅隆

(先日までの肌灼く残暑の余韻はなく、朝晩の冷え込みが顕著になれば身纏うスーツも程良く季節に馴染んで。独り腰掛けるのは地下BARのカウンター席。イベントが無ければ滅多に人と対面する事がないこの空間、纏う独自の雰囲気に惹かれ入館当初から頻繁に足を運んでは独り飲むのが慣習になっていて。手元のロックグラスを満たす蜂蜜色のウィスキーカクテルを半ばほど胃に流した後、血に溶け全身に広がりゆくアルコールに溺れるべく瞼を閉ざしていたが、静寂を引き裂き響く足音に気が付くと幾度か瞬き意識を傾け)……(扉を開く音に重なり響いた声音、姿を確認せずとも声主を特定をすると強張りかけた肩からは力が抜けて。グラスに口付け残ったカクテルを流し込めば、ハーブと蜂蜜が滲んだ重厚な甘味がウィスキーに溶けてゆっくりと喉を潤し)いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ(空になったグラスをテーブルに置くと立ち上がり、身を反転させ胸に手を添え一礼を。視界に入った相手の姿を前に口端を綻ばせながらカウンター越しにあるキッチンへと入り、食器棚に輝くグラスに視線を這わせて)どんなお酒を御用意させていただけば宜しいですか?


desire:壱八

(己の声を聞き立ち上がった彼が見せる変わらぬ律儀な所作にくつりと小さく喉奥を笑みに震わせつつ相手が腰掛けていた隣の椅子へと身を寄せようか。カウンター向こうへ立つその姿を暫し眺めたが、注文を聞かれると視線は傍らに置かれた空のグラスへと。手を伸ばし彼が飲み干したそれを手に取り鼻を寄せればウィスキー独特の鼻腔に絡むような濃厚な香りの中に仄かな甘み、名も知らぬこのカクテルを示すように軽くグラスを掲げて見せ)コレ、おんなじの頂戴。(片肘をカウンターに付けて頬杖に頭を傾けつつ、室内の光を反射して煌めく硝子の美しさを背に注文品を作るであろう彼の動作を些か興味滲ませて見据えよう)――…アー、そうだ(暫し目の前へと瞳向けていたが途中不意に思い出したように眉根を持ち上げ視線は自らの腰元へ、一方の腕をパンツのポケットへと滑らせ、其処に潜らせた指を引き抜けば折られた茶封筒。中には先日宿屋で肩代わりしてもらった分の代金が入っており、テーブルへ乗せて彼の方へと差し出し)こないだァドーモ、忘れねェ内に返しとくわ。アンタに借り作ると何要求されっか知れたモンじゃねェからなァ…ひ
ひっ



desire:葛西雅隆

(相手が示したのは己が飲み干した空グラスで、確認し頷くと棚から取り出したのはロックグラス。それに氷を入れた上からスコッチウィスキー、ハーブと蜂蜜のリキュールを注いでバースプーンで軽く混ぜればグラスと氷が掠れる繊細な音が響き。それは鼻孔を擽るモルトの香りに混ざる清涼感伴う甘さに反し、アルコール度数の高いカクテルで、赤茶に染まる滴を眺めながら相手の前へグラスを差し出し)ラスティ・ネールです。スコットランドの銘酒を使ったカクテルで、飲みやすいですが度数は高いので御注意ください(先ほど飲んだ熱が指先にまで滲みるのを感じ、心地良い高揚感と浮遊感に表情は綻んで。しかし不意に相手が茶封筒を差し出すと、その意図が読めずに一瞬だけ眉を顰めて)…あー…先日の。壱八さんが忘れた頃に莫大な利子を乗せて請求、払えないなら身体で払え的な展開に持ち込む予定でしたが。意外とお金にはしっかりされているようで(内心で企んでいた都合良い展開は砕けたようで、複雑な笑みを浮かべながら一礼をし、受け取った封筒はジャケットの胸ポケットへ。空になっていた己のグラスに水を注ぎ入れ、先ほど腰を降ろしていた相手の隣へと再
び着席し)お金、お酒、セックスにだらしない人は駄目になるものです。壱八さんは駄目になりそうに見えて、意外と芯があるお方で、簡単な隙が得られず残念です。


desire:壱八

(慣れた手付きで空のグラスにボトルから注がれる彩りを混ぜ合わせ仄甘い香りを帯びて透き通った琥珀色の飲み物を作り成す動きを視線で追いつつ待つ事少々、目の前へと差し出された完成品を手に取り口を寄せて。初めて飲む酒を味わうように少量口へ含んで飲み下せば氷の冷たさ広がる液体は粘膜に触れ熱を発して、ウィスキーの辛味を包む蜂蜜の柔らかい風味が程良い甘さで喉へと溶け落ち。嚥下すると共に鼻腔へと抜けてゆく香りを堪能し息零しつつ緩慢としたペースでグラスを傾け)んン、美味い。呑みやすい甘さでイイ…(喉粘膜から肉へ染みてゆく熱が冷えた体を暖めるようで心地良く双眸細めて口許緩め相手へと視線向ければ、次いで告げられた言葉に心外そうな口調で語りながらも唇は弧を描いた侭)ハ、何処の悪徳金融だァそりゃ。…意外で悪かったな、借りたモンは返す主義でよ。金も借りも、仇もなァ(含み込めた口調で語った後ひひひ、と喉に掠れた笑い声響かせて。胃腑を焼く液体を一気に飲まぬよう口へ寄せたグラスから少量ずつ喉へと通してゆき、カウンター越しに佇んでいた彼が隣へと戻るならばグラスをテーブルへと置き離した
手の指を三本立てた内一本ずつ折りながら思案するように)金に細かくねェがだらしなくァねェつもりだし、酒も浴びる程呑みゃシねェ、セックスだって気持ちイイのがスキなだけで溺れちゃねェし…アー…俺サ、結構人格者じゃね?





desire:葛西雅隆

好意も敵意も、どんな借りもお返しになる。男らしく潔い、近年は絶滅危惧種の男性像ですねぇ(どこか含んだ物言いは己にとっては心地良いもので、水の入ったグラスに付けた口元を歪めながら熱が染み入る身体に冷たいものを流して。アルコールが程良く回った身体に落ちる冷たい水は脳を刺激し、双眸の奥から覚醒するような爽快感に心地良さそうに眼を細め。そのままテーブルに重なる相手の指へと視線を落としていたが、三本目が折り曲げられると響いた心外な言葉に含んだ水を噴き出しそうになり)っ…っく…人格者ですか。あー…確かにね、他の模範となる素晴らしい人格者ですよ壱八さんは(咄嗟に口付けたグラスを外すも溢れた滴は顎へと伝い、あえて笑み浮かべ同調を示しながら手甲で濡れた口元を拭って。テーブルに重なる相手の掌、その横に己の掌を添え置き、真似るように指を一本ずつ折り畳み)薬物にも手を出さない、恋愛依存の気配はない、神仏に酔狂するでもない。…壱八さんは何に溺れ、深くに沈んでくださるのかな(身を前面に傾け低くなった視界、下から覗くように相手を見上げた双眸は輝き帯び膨らんで。三本指曲げた掌を握り締めテーブルに立て
た膝を軸に頬杖付き、愉しげに口角を吊り上げて)溺れかけた時に暴れると身を捕られ、逃れる術なく溺死します。僕は今、浮かぶか沈むか解らぬまま流れに身を任せています。


desire:壱八

ナニ、もォ呑まねーの?付き合えよ、ウィスキーストレートで2杯くらいサ(傍らの彼が口を付けるグラスは透明な液体が満ちアルコールの香りするでもなく喉へと落としていく姿を視界に捉え、然して酔いの影も見せぬ様子に些か不満示して促すようにボトルが並ぶ棚を指差し。水が彼の咽頭を上下させる内真面目さ滲ませて語った冗談は相手の笑いを誘ったか、口端から水を零して笑う彼に同調するように笑み湛えたが否定されると予想した事柄に対する肯定には怪訝と眉を顰めて苦笑い)うわ、どう言う意味かナそりゃ。そこァ、有り得ません。つーところダロ(テーブルへと乗せた互いの手、折り畳まれてゆく中紡がれる言葉に小さく頷きつつ聞いていたが不意に問い掛けにも似た口調で顔を覗き込まれ一瞬驚き染みて膨らんだ瞳孔は直ぐに彼の視線から逃れるようにグラスへ寄せた自らの手へと視線落として目を細め、手持ち無沙汰に人差し指で氷を回せばからころと澄んだ音が幾度か響いて)…俺の場合呑まれて溺れりゃ行き着く先ァ浮かべもシねェ泥沼だ。前も見えねェ泥濘に、他人を引き込むくらいなら沈まねェ浅瀬に身を委ねたいンでね(
持ち上げたグラスを口へ運び半分程残る液体を一気に煽れば喉から体全体を焼くような熱の塊が胃腑へと流れ落ち、痛みの刺激に近い熱さに些か噎せ掛けたが眉根顰め脳へと響く昂揚に似た強い熱に口端は緩く吊り上げた侭。手放したグラスの冷たさで冷えた掌の体温を擦り付けるように彼の額へと指を伸ばし、叶うなら前髪を掻き乱すように撫でてみようか)ちゃんと浮かんでろ。じゃねェと引き擦り込んじまうぜェ…ひひ



desire:葛西雅隆

(下から覗いた視線から顔を背けられ、グラスへと落とされた相手の瞳。その横顔が語る言葉を一語ずつ脳へと落としては、深くまで伺う事のできない意味を推測して思考を巡らせ、結局は何の確信も得られずに結んだ口端を緩めて頬震わせて)泥沼…か。足掻くにしろ身を委ねるにしろ、両足踏み込めば沈むしか道なき闇だ。貴方の最期に相応しい(一気に相手の肺へと流される琥珀、朱帯びた照明下では鮮血にも見えて、連想される血を吸われる感覚に背筋を這うのは悪寒とも高揚とも付かぬ淡い痺れ。顔前へと迫り来る指には気が付いたが頬杖付き相手を見上げたまま、焼け付く脳を鎮火させるような額の冷たさ、乱れた髪が皮膚を撫でるのを細かな刺激を甘受して)貴方という泥沼に、僕は片足を突っ込んだだけ。水面を波立たせ泥水の重さを把握しながらも、自分の意志で逃れる事ができる(テーブルに付いた膝を崩して傾いた姿勢を正し、その手で手繰り寄せたのは先ほどのカクテルで使用したウィスキー。冷たい瓶を飾るラベルを指先でなぞりながらゆっくりと腰浮かせ、椅子に腰かけたままの相手との距離を詰めようと)引き擦られるリスクは伴いますから、どうなるかは解
りません。浮かぶか沈むかは成り行き、風向きに委ねるしかない。…でもね、溺れ沈む感覚に興味はあるんですよ(酒瓶の蓋を外し持ち上げ、瓶口へ口を付けて傾ければ喉灼くような濃いアルコールが口内を満たして。噎せ返えそうになるほどの熱、鼻孔から脳へと染み入る芳香は一度は冷えた思考を赤染めし、良し悪しの判断すらせぬままに数口を胃へと流し入れ。なおも満たす数口は含んだまま左掌で相手の後ろ髪を鷲付かみ固定し、その唇へ同じ柔肉を重ねようと)



desire:壱八

(抵抗示されるでもなく伸ばした手指が髪に触れられたならばその黒糸を指先に絡ませて撫で乱し、彼の温度で些か温もりを取り戻した指は最後横髪を柔らかく梳いて髪先から滑り落ちるだろう。グラスから視線を離した瞳は再び彼の陰を映し、ボトルを弄ぶ仕草を暫し眺め)堅実そうに見えて、アンタは足を踏み外したがる。横が底無し沼と知って、わざわざ覗きに行くような馬鹿はアンタくれェなもんだ(些か嘲笑を含んだ口調は穏やかに紡ぎながら、喉へと通した酒は瞼を閉ざせば淡い浮遊感をもたらす程脳へと浸透し思考能力が削がれていくようか感覚、心臓が脈拍を増し血流を増加させる緊張は獲物を目の前にした時の徐々に沸き立つ興奮にも似て。不意に静けさ漂う空間に響くのはボトルが傾けられ内部で液体がぶつかる小さな音、彼が己との距離をつめる気配を感じて伏せた瞼を持ち上げると眼前に近付く相手の顔が視界に広がり。視線を傍らへと揺らせば口の開いたウィスキーボトル、其処から直接酒を摂取したであろう事は悟れて反射で身を引こうとするも先に頭部の髪を掴まれて制されれば退く事も叶わず唇は触れ合うだろう。相手の胸元を押すようにして当
てた右手だが、正常な思考力を放棄した回路は欲の侭更なる深い口付けを求めるべく胸倉掴んで引き寄せて。重ねた唇を割開かんと舌先差し込めば彼の口内に満ちた酒は先ず舌の粘膜から灼いて己の口腔を浸蝕するか、他の酒で割られた訳でもない原液は先程呷ったそれよりも熱く気管を炙り心臓を更に煽り立て。口内へと差し込んだ舌先は内部の熱を這って彼の舌を絡め取ろうと)ハっ、ァ"…あつ…ッ



desire:葛西雅隆

(他所より柔らかな肉同士が重なった刹那、胸倉にかかる力に寄せられるままに身は前方へと傾いて、未だ腰掛けたままの相手へ上方から被さるような形で距離は縮まろう。唇の合間を濡らす舌が捩じ込まれる気配を見せるなら受け入れるべく薄く開き、幾らかは暖められたウィスキーを相手の口腔へと流し込むべく髪を鷲掴んだ掌を下へ引き、相手の顔を上向かせようと)っん…っ…(閉ざした瞼の裏側で灼けるような熱が湧き、眩暈に似た浮遊感が脳へと伝わるのは衝動的に摂取した濃いアルコールの作用か。絡み付く酒濡れた舌を貪るたびに細胞へ染み入る熱は鼓動を昂らせ、不足しゆく酸素を欲し蠢く心臓の鼓動は痛みを感じるほどで)きっと僕はね、台風の時に海を見に行って、そのまま流されてしまうような人種です(一度浮かせた唇の合間から酸素を取り込みながら吐く言葉、嘲笑滲みた笑いで同時に喉を震わせて)危険なものほど綺麗に見えてしまう、馬鹿野郎なんです(気怠い熱に捕らわれたまま右手に握った酒瓶を持ち上げて、口腔へと流し込む動作には戸惑う様子はなく、再びウィスキーを含んだまま相手の唇へと重ねようと)


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