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葛西から壱八への『ゲーム案内メール

ゲームセンター99区『調査書




壱八

(壱八から葛西へ連絡先を教えたと連絡が入った当日、ポチの携帯に受信したメールは思わぬ恋仲報告から始まり己の知らぬ主人の素性を嬉々として物語る文章と、何やら危なげな妄想が織り込まれたサプライズの企てが詰め込まれた長文。彼らの仲がどう言ったものとなろうと口を挟む権利など無いが、主人の危機ともなれば容易に荷担できる立場でもなく。随分と変な者同士が奇妙にくっ付いたものだと内心妙な感覚に襲われながらも、主人に不穏な気配が迫る事を報告すべきか暫し悩んだ末、そんな葛西の性格をも理解しての事だろうと告げ口する気も失せ、葛西からの一人語りの妄想文にはただ『零六が許すのであれば、出来る限りの協力は惜しみません』との無難な返信を送ったポチ。恋仲に発展したのも或いは葛西の妄言かと疑ったが、後日壱八が顔に似付かわしくない深紅の薔薇が咲き誇るボトルフラワーを塒の棚に飾ったのを見て、メールの内容が半ば真実であった衝撃を受けたのは言うまでもなく)

(依頼した情報屋からの報告書を受け取った当日その内容に怪訝そうに表情を顰めながら、VRゲームの元となった『エターナルロードRPG』及び『凪八木 慈一』の情報、或いは危険性を調べろと指示を投げたのは地上の飼い犬たる六の元。地上の事であれば裏世界についてであれ情報収集に長けた飼い犬からその日の内に受け取った報告は『ゲーム開発、運営共に不穏な影は見られず。凪八木についても遣り手の証券マンで、軽く調べた所で危険性は薄いように見えるけど、こう言うのは絶対裏で何かしてる。僕の勘。直接的に関わらなければ大丈夫じゃないの』との事。もっときちんと調べるべきかを問われたが、そもそもゲームに誘ったのは恋仲となった葛西であり、情報屋からの報告を見る限りその葛西とも幾分親交があるならばわざわざ己を生命的危険に追い込むような可能性はないだろうと、経営自体に怪しい影はちらついたが深く疑心を抱く意味は無いか。本来足を踏み込んだ事のない閉鎖的な空間に赴く前には入念な調査と下準備を施すが、今回は飽くまでデート。葛西が何かしらを企んでいる事は明らかだが、報告書に僅かに記されているアダルトステージと
やらが彼の目的だろうかと見当を付けるだけに留め、約束の日までに仕事を片付けるべく少しずつ予定を詰めてゆく日々だが、会えるのを楽しみに思えば苦もない事。冷えた空気が肌を刺す末冬から徐々に日も長くなり始め、地上では春の風物詩たる桜が蕾を綻ばせ薄紅色の花弁を開かせた約束の4月某日。ダークグレーのプルオーバーニットの下にタイト目な長袖の黒シャツ、装飾の無い同色のスリムパンツとショートブーツ、ライトグレーのキャスケット帽を浅めに被り、携帯や財布と少々の小物をポケットに突っ込んだだけの身軽な装いで待ち合わせ場所である葛西の職場へと続く道を歩み進もう。日の落ちたばかりの夜の時間帯は商店区も人通りが多く、雑踏の端で人混みを避けながらやがて大通りから逸れた細道へと入り、幾度か通った道を辿って)…人ばっか…これだからこっちァ苦手だ(スラム周辺もこの時間なら人通りは幾分多いが、一際賑わうこの界隈と比べれば静かなものだろう。好んで寄り付かぬ地区であるのはその喧騒故もあるが、これから行くゲームセンターについての情報屋からの報告書が脳裏へ過ぎり、その最後に記されていた奴隷を見せ物にした
悪趣味な賭博が催される事もあると言う地下でしか開けぬゲームセンターの所以は、自らの厭な過去を引き起こされる様で苦々しく奥歯を噛み締め、細めた片目、鼻筋へ僅かに皺寄せて歪ませ)ケダモノ以下共がマトモを装いやがって、獣らしく装いもシねェスラムの屑の方がまだ可愛げがあンぜ。……此処らに住み着いてる野郎は腹黒いのしか居ねェのかね(悪巧みばかり浮かばせる葛西への悪態をも交えながら、やがて大通りから数本奥へと入ったコンクリートの壁が連なる路地の細道に構えられたにこにこ保険のオフィス入り口の扉へと辿り着いたなら、顰めた顔筋から力を抜き傍らの壁へと背を預け彼が訪れるのを待つとしようか)


葛西雅隆

(ポチへと頭のおかしい一人語りの長文メールを送りつけた結果、返ってきたのは主の判断を仰ぐという感情が入らぬ無難な返答。それではサプライズの意味がないと一人呻いたが、頭の硬いポチをどう騙すかという難題を前に、却って悪戯を成功させたい欲求が強まったとか何だとか。今は、『壱八さんを可愛がる方法アイデア帳』に怪しい企みの断片だけを書き綴るに留め、いずれ良からぬ悪戯の材料として生かされることとなろう。そしてお尻の痛みも癒えすっかり元気になった4月某日、相手をデートに誘ったのは99区という名の怪しげなゲームセンター。悪質な賭博要素があり地上では運営できぬ店舗であるが、最新のVR技術が導入され、仮想世界を旅することが出来るという大人も楽しめる場所であろう。仮想世界ではありながら地下世界では味わえぬリアルな風景を楽しむことが可能で、好んで通っていた己のお気に入りの店舗。自分の知る楽しさを共有したいという純粋な気持ち、少しばかりの悪戯心が入り交じり朝から胸が躍っていたのは、相手からデートの断りの連絡が結局無かった為。不審がっていた場所に同行するならば、相応の覚悟や受諾の気
持ちはあると前向きに受け止め、仕事中もにやけた頬を引き締めることに気を配らねばならぬほどで。そして仕事の切りがついた19時、にこにこ保険の店舗からビジネス鞄片手に抜け出よう。身纏うのは仕事のままのダークグレイスーツに、ワインレッドと銀糸のストライプ柄のネクタイ。タイピンにはクリスマスに貰った桜木を飾り、地上の季節感をほのかに感じられるようで。仕事終わりの装いのまま抜けた扉を施錠して歩めば、壁際に佇む相手の姿が確認できよう。時間通りに待機していたその姿を見つけ、幾度か瞬いた後、安堵と歓喜とで口元は綻んで)こんばんは。良かった…、ちゃんと来てくださるか不安でしたが、逃げられなくて良かったです。仕事帰りのデート…、何だか照れくさいですねぇ(右手で後ろ髪を掻き上げ、浮かべるのは照れはにかんだ邪気の無い笑み。仕事から解放された瞬間に出会える特別感に胸疼かせつつ、軽く会釈し、通りへと歩みを進めよう。界隈は様々な店舗が連なる一角であるが、商売を終えた者も多いようで人通りの多さは目に入るだろう。地上からの客が夜を楽しむために降りてくる時刻であり、スラム方面とは異なる落ち着いた人種
が目立つようで。一本連なる通りの先へと返した掌を向け、これから向かう方角を示唆しよう)歩いて近い場所です。しばらく僕に付いてきてください。あー…、楽しみですねぇ。どんな冒険が待ち受けるかなぁ



壱八

(壁に背を寄せその場に佇んでから暫しも経たぬ頃、路地に響いたのは鉄扉が開閉する音。終業を迎えた彼がやがてその場に現れたなら、向こうの路地へと向けていた視線をそちら側へと馳せ、胸元で組んでいた腕を解いて左右に垂らし)お疲れサン。一応約束シたしねェ…どんな企みがあろうと仕返してやるのが恋人ってモンだろ(緩く眉端を垂らした表情は些か呆れ顔を示すものであったが、口角を吊り上げた口元は挑発めいた色。何であれ受けた挑戦は真っ向から挑むのは己の性格故であり、それが恋人と言う関係性からのものではないが、自ら彼との親密さを語る事にやや気恥ずかしさを覚えたのは、柔らかくはにかんだ彼の純朴な感情を目の当たりにしたからか。壁から背を起こして立ち、歩みを進めた彼の傍らに添って共に路地を歩き)何か、アンタっつーとスーツ姿だったが、最近だとそっちのが新鮮だな(傍らの相手へと視線を向け仕事終わりの装いを眺めよう、それは随分見慣れた姿ではあったがこの所プライベートな彼の私服姿の方がよく見る気がして、珍しいものを見るかのようにその姿を覗く最中、伸ばした右手の人差し指で彼のネクタイに飾
られた桜木のピンを軽く撫で、似合ってンじゃん、と照れ臭そうに肩を竦め笑うのは己のプレゼントを身に付けてくれる相手が居ると言う胸疼く慣れぬ感覚により。緩慢な瞬きを紡ぎ穏やかに表情を緩めながら、時間帯により人気の増えた通りに流れの侭歩みつつ、報告書に添付されていた地図は一応記憶に入れて来たが彼に先導を任せるとしよう。待ち構えるファンタジーの世界は期待の高いもので、VR自体あまり体験した事の無い己にとっては新鮮な経験となる筈で。然しモンスターを倒すというありがちなゲーム目的ながら何故か人気を博すアダルトステージの存在に疑念を抱くも、その仕様は一抹たりとも理解出来ぬ侭。楽しげな彼に含みのある言葉を投げ掛けつつ)…是非ともまともな冒険をさせて欲しいね。ところでそのゲーム、よくプレイしに行くン?地上にも無ェ異世界探検とか、アンタ嵌まりそォだよな


葛西雅隆

(胡散臭いデート先を警戒され逃げられる不安はあったが、やはり相手は不穏なもの、挑発への好奇心が尽きぬ性格のようで。改めて『恋人』という関係を言葉として紡がれ、気恥ずかしい心地とともに胸疼き、緩んだ頬は穏やかに震えて含み笑う気配を示して)確かに、仕事外で会うことが多いですからね。壱八さんに頂いたプレゼントをお見せしたかったので、スーツで会えて良かったです(ネクタイに飾られるのは、柔らかく温かみのある触り心地の桜木のピン。昨年共に見た桜色の世界を連想させるそれは、落ち着いた雰囲気ながらも繊細な造形が施され、スーツによく馴染むお気に入りとなったもの。あえて仕事帰りの合流を選んだのは身に付けた姿を見せたかった為でもあり、早速それに気が付かれると穏やかに眼を細め、照れたように視線は相手から前方へと逸らして)今からプレイするゲーム、凄く面白いですよ。にこにこ保険内でも流行ってて、同僚のオタク豚、イカレ戦闘狂と三人でいつもプレイしています(相手の言葉には警戒を伺わせる含みもあったが、それは気が付いても反応は示さず、あくまで健全な冒険ゲームとして語り続けよう。声音は軽快さを保ち、いか
に楽しいゲームであるか伝えるべく、相手へ向けた瞳孔は明るさを帯びて)僕のメインキャラは死霊術師で、死者の魂を扱います。敵を呪ったり、仲間に英雄の霊を降臨させたりとか…、地味ですがテクニカルな職ですね。イカレ戦闘狂は本人の性格のまま、高火力前衛の狂戦士。オタクは本人とは繋がらない美少女神官を使ってて気持ち悪いですが、性別も変えられるし好きなキャラを作れますからね。それで今は、古の魔王の魂を手に入れるクエストをやってて…(明るく瞳孔を膨らませてゲームを語る姿は純粋なもので、相手が疑う不穏な要素は匂わせず、あくまで王道ファンタジーゲームであることを伺わせるだろう。饒舌に語る様から、日頃から趣味として楽しんでいるゲームであることは伝わるか)でも今日はレベル1の壱八さんと冒険するので、僕も基本職のキャラを作ってやりますね。あ、やりたい職業は決まりましたか?(嬉々とした明るい声音でゲームに熱中していることを語った後、首を傾けて相手の反応を伺おうと。膨らんだ瞳孔、穏やかに垂れた眉は楽しさを共有したいという意志を露わにし、あくまで共に冒険をしたいという感情だけが伝わるだろう。それは好
きなゲームを語り楽しみたいという、子供のように純朴な様子で)職業はお知らせした中で好きなので良いですが、性別は必ず男性にしてくださいね!いや…何故かというと、壱八さんが女性キャラを使うとか、気持ちが悪いので…っ(比較的柔和な声音でゲームを語っていたが、キャラの性別への指示は強い語尾となり、譲れぬ拘りがあることが見て取れて。性別の指示を告げた直後、急に満面の笑顔を作り、その理由を語り始める様子から、本意を隠していることは付き合いの長い相手には悟られるか)



壱八

(地下に閉ざされ碌に地上の景色すら自由に拝めぬ彼が、映像や写真であれ熱心に集め地下街以外の世界に憧憬を抱いて居る事は知っており。仮想現実と言えど日常を忘れられるような体験を齎すゲームに心奪われる道理もあれば彼がその娯楽を提供する店舗に足繁く通うのも想像が付こう。思った通り相手は随分とゲームを楽しんでいる様子。仕事仲間として語られた内の一人は六やポチとも会った事のある人物か、もう一方は不確定ではあるが話の内容からも以前己が対峙したあの赤猿かと想像しながら、爛々と瞳を輝かせゲームの楽しさを物語る彼へ表情を綻ばせて耳を傾けて。事前にメールで教えられていた基本職とは違うキャラをメインとして扱うらしい彼等は相当遣り込んでいるのだろう、直接敵に打ち当たり力を以て貢献するよりも、周囲の状況に応じて味方を補佐し敵の能力を減退させたりと後方支援を狙うその特徴は普段の彼とも通じる物があり、性格が反映されたキャラを扱い力を合わせて勝ち進んで行く楽しげなゲームに、不穏な気配への懸念も薄れ期待が胸を膨らませて)へェ、アンタらしいキャラだなそりゃ。それぞれ特徴があるってのは良いな、協力して倒
すって感覚が強いし(ソロプレイも可能だろうが仲の良い人間と一緒に進むからこその楽しさが見出せるか。ゲームと言えば子供の頃騒がしいゲーセン内を彷徨いて一昔前のゲームをプレイするか、最近であれば六がプレイする画面を眺めるか程度しか関わりを持った事も余りない程度だが、経験者が居るならば不安も無いだろう。彼が饒舌に語る時は大抵何かしらの企みを抱く時ではあるが、純粋な興味や好意を語る時もまた同様で、意識は期待に傾く侭時が経つにつれ憂慮は胸内から薄れ散って)ひひひ、強いキャラ使って引っ張ってくれてもイイんだけどね。やりたいっつか、無難に剣士がイイかなァ…サポートはアンタに任せるから、さくさくブッた斬れた方が……(目的地に向けて歩みを進める侭やや視線を斜め上へと馳せ紡ぐのは面倒な戦略が余り必要無さそうな単純的火力を出せる職業への希望、己の性格からしてもサポートに回れるとは思えず、攻撃力重視なのは性格が反映された方が扱い易いだろうと言う判断により。事前のメールを読み在る程度築いていた構想を語る最中、不意に彼から上がったのは性別の指定。どうやらオタク豚の様に自身の性別と
は違う見た目を選択する事も出来るようだが、仮想世界内とは言え異性キャラを扱う自分を想像して失笑を零し)ふはッ、いや、まァ…女にするなんざ考えても無かった。俺が美少女とかすげー気持ち悪ィが…(選択可能であると後々知ろうとも己の意志は自然と男性キャラへと向く筈ではあるが、万が一にすら備えるかの如く唐突に意思表示を強く口調に示した彼からの希望に何処と無い裏の意図を感じ、それが何であるかは定かではないが彼の心境を揺さぶるように片目を細めた悪戯気な視線を向けて口端を吊り)…折角のゲーム内なら普段じゃねェ俺にするべき?くひひっ


葛西雅隆

(饒舌にゲームについて語る声音は軽やかで、膨らんだ瞳孔は明るく輝き、そこからは怪しい企みの気配を拾うことは出来ないだろう。相手が剣士を選択したことを耳にすると、右手を己の胸に押し当て叩き)なるほど、壱八さんらしいですね!じゃあ僕は僧侶を作って、全力サポートしましょう。初期の剣士は剣での攻撃、盾での防御しか出来ないので、初心者が操作を覚えるにも良い選択です(比較的操作が簡単な前衛を相手が担い、慣れた己が適度に支援、共闘を交えるのは良いバランスであろう。具体的なパーティスタイルが決定し胸弾む中、自然と通りを歩く足取りも軽いものとなって。好きな職だけでは無く性別も選択できることも告げたが、男性選択への念押しは不自然なほどに強く、相手も違和感を拾ったようで。要求に即応じるわけでは無い反応に僅かに口端は引き攣ったが、無理に維持していた笑顔が崩れぬよう努めようと)声はプレイヤー本人そのままですから、あまり現実と違う容姿にすると、かなり気持ち悪いですよ?美少女キャラが『くひひっ』なんて悪人笑いしませんからねぇ…(脳裏に浮かべたのは見た目は可憐な美少女で、声と中身が壱八という異様なキ
ャラクター。その恐ろしさを主張すべく大袈裟に肩を震わせた後、新たな閃きが沸き、胸前で手を叩いて)あ!…普段とは違う自分を体験したいのでしたら、装飾品『猫耳』を差し上げますよ。新キャラでも僕がメインで使っているアイテム倉庫の出し入れは出来て、良いアイテムも使えます。あまり性能の良いものはレベル1からのゲームバランスが崩壊しますので使いませんが、見た目だけ可愛くなるアイテムなら問題ないです(相手が普段と違う自分を体験したいならば、性別を変えるではなく、猫耳を付けることでも達成できるはずだと提案しよう。何故か拒絶されるとは思わぬまま、自らの機転を利かせた閃きに胸を張り、相手の頭を軽く叩いてそこに猫耳が生えることを伝えようと)猫耳剣士、良いですね。残念ながら尻尾は持ってないですが、耳だけで可愛いです。あ…そろそろ付きます(歩き始めて10分が迫ろうという頃、やや細目の路地へと足を踏み入れ、足を止めたのは無機質なコンクリートの建物。比較的新しく作られた店舗であり、灰色の壁には銀杭が打ち付けられた黒扉、銀色の看板、銀枠のガラス窓が埋め込まれている様子。看板には『会員制ゲームクラ
ブ99区』という文字が綴られ、歩道側の大窓からは受付ルームと思われる小綺麗なカウンターや、待機用のベンチが確認できるであろう。扉の横壁にはゲームのポスター、基本的な料金体系などが貼られており、店のサービス内容も伺うことが可能で。カウンターでは店員らしい男が待機している様子も確認でき、外から見る限りは明らさまな危険は無いようで)ここが目的のゲームセンターです。では、入りましょうか(先に歩みを進め、扉のドアノブに手を掛け、後方の相手へと振り返り視線を注ごう。朗らかな笑みを保ったまま、左手で店の入口へと招き入れる姿は楽しげなもので、不穏な企みは表には見せぬまま)


壱八

(剣士としてのデビューを申せば、サポート職に慣れた彼は支援も攻撃も可能な僧侶での共闘を決めたか。以前廃墟への冒険で語っていたようなパーティーが出来上り、空想として紡いでいた過去の話が現実的なものとして再現される喜びがじわじわと胸を疼かせ、実際にゲーム内を体感する事への期待は膨らむばかり。どんな冒険となるか、何が出来るかはまだ未体験故に想像も追い付かないが、現実世界にはない敵と対峙する魅力的な感覚に心を弾ませ想像を巡らせていたが。性別選択について念押しする彼の口調から淡い疑念を拾い、其処に何かの企みでもあるのかと敏感に察知するのは彼が意図して隠す下心を思い出したが故)あー、いやほら、最近じゃギャップ萌的な?…いや、普通にキモいな(そんな些細な違和感へ繊細に引っ掛かりを覚えたが、彼の意図するものが読めねば正直性別の変化で何が変わるとも思えず、些か表情の強張りを示しながらも笑顔に徹する仕草を横目で怪訝そうに眺めつつも中身が自分で外見が美少女と言うギャップ萌にも程遠い悍ましさを自覚し、無駄なチャレンジ精神は出さぬ事としよう。然し現実世界には無いような事をと理由に語っ
た軽口の願望を叶える為か、装飾品譲渡の申し出には小さく目尻を引き攣らせ、自らの発言が軽率なものであったと後悔の念が沸き)……気遣いどーも。いらねェ。(猫耳に果たしてどれ程の執着があるのか、仮想世界に於いても無駄なオプションを装着せんとする彼は何故か受諾されるのが前提のような自信の持ち様。鼻で笑い飛ばす吐息を散らし、彼の予想に反して即座に拒否を返そう。暫しの移動の先、移り変わっても然して色変わりしない灰色の風景の中、彼から示されたのは取り付けられたばかりの輝きを帯びる黒と銀とを貴重とした扉。商店区に並ぶ店舗と言うこともありひっそりし過ぎずあからさまに怪しい気配を拾う事も無いか。内部の様子が窺える大窓からは地下街に犇めく不穏な店舗の懸念も薄い、比較的新参客が入りやすい明るさを抱いた場所である事が見て取れ)へェ…案外マトモそうな店だな(奴隷を使った悪質な賭博をも持ち出すような外観には思えず、怪しさに足踏みする事が無いのがこの店の繁盛に繋がる理由でもあるのだろう。暫し外部から店内の様子を眺めたり扉の横に掲げられた料金表を目でなぞったりと視線を揺らしたが、先
導する彼が開いた扉へと招く素振りを見せるならば仮想空間での冒険が近付く期待と、不穏な彼の悪巧みの気配への憂心とが入り混じった緩やかな昂揚を抱きつつ、肺底から一つ深い呼吸を吐いた後いざ店内へと足を踏み入れよう)


葛西雅隆

『猫耳』は、野良猫の長に餌をあげる季節限定クエストの報酬で、今は入手できないレアアイテムですよ(猫耳不要を語る相手の言葉など耳には入らず、いかにそれが良いアイテムなのかを熱心に語り聞かせよう。楽しげにゲームについて語りながら扉を開け、相手が店舗内に足を踏み込んだ後に自らも足を進めて。まず眼に飛び込んだのは、通りからも確認できた十八畳ほどの受付スペース。入口脇には待機用の黒ベンチ、銀色のミニテーブル、飲料自販機、雑誌棚が置かれており、時に順番待ちが必要になるほどの人気店であることが伺えるか。床はマット調の落ち着いた黒タイルが貼られ、壁はコンクリート打ち放し、一部にステンレス板や銀杭を打ち込んでおりスタイリッシュな雰囲気。床面、天井の壁際からは間接照明が零れているが、白から青へゆっくりと変化を繰り返す光であり、近未来的な空間を演出するだろう。待機スペースの先には受付カウンター、その奥には黒扉が続いており、プレイルームが先にあることは伺えて。店内へ足を踏み入れた瞬間、カウンターに居た二十代半ばほどの中肉中背男が立ち上がり、『いらっしゃいませ、葛西様。いつもありがとうございま
す』と入店の挨拶を響かせて。男は栗茶色の髪を綺麗に整え、身纏うのは清潔感のある細身黒パンツ、白シャツという装いで、胸には『岡山』というネームタグが飾られて。壱八が集めた情報の経営者、店長ではなく、下っ端の従業員のようであり、ゲームセンターながら落ち着いた雰囲気から、この店の主客が地上の富裕層であることが推測できるだろう。朗らかな笑みを保ったままカウンターへと歩みを進め、軽く会釈し)こんばんは。予約しておいた部屋をお願いします。今日は初心者の、猫耳剣士さんと楽しみたいです。今日初めてですが、僕の彼氏です。可愛いでしょう?(岡山という従業員とは顔馴染みであり、語りながら壱八を手で差し示し、自らの恋人であると恥ずかしげもなく語る姿は自慢げに。岡山は眼を見開き、瞬き、何を思ったか一瞬ぎょっと顔を強張らせたが、客商売らしく壱八へ笑顔を向けて『彼氏さんですか。流石に葛西様の恋人様は素敵ですね。今日は楽しんでください』と無難な挨拶を漏らして)壱八さん、予約していたプレイルームの鍵を貰いましたので、部屋に行きましょうか。何か食べるならピザ、ハンバーガーとかなら注文できますが、ゲームの
説明とキャラ作りしながら軽く食べておきますか?(慣れた様子で部屋の鍵を受け取り、カウンターに置かれていた飲食メニュー表を手に取り相手に見せよう。そこには良くあるファーストフード屋のメニュー写真が見て取れ、簡単なものならば部屋に持ち込み食べられることが伺えて。相手の意志を確認すべく首を傾けよう)このゲームはプレイヤーも結構動くので、お腹が空きますよ



壱八

ンなレアアイテムなら自分で付けとけよ、俺にゃ勿体無ェ(猫耳に対して拒否を紡いだ筈だが不都合事は耳に入らぬ都合の良い聴覚を持つ相手には通じないのか、猫耳アイテムの貴重さを物語る彼に尚も重ねるのは不要の意見。店舗内部へと踏み入れば外から見るよりも広くオープンしたばかりとあって随分と小綺麗な室内である事が窺えよう、先端技術を取り入れたゲームセンター故か内装もまた近未来的な輝きを放ち、入った瞬間から仮想世界への期待を煽る雰囲気に呑まれるように心臓の音が緩やかに高鳴り行く心地は童心に還った気分で。室内へと巡らせた視線は未踏の地を探究すべく彼方此方へと彷徨わせたが、葛西がカウンターの店員へと声を掛けると同時に己もまた其方へと目を遣り歩み寄って。さり気なく視線を落としたのは店員の胸元に付けられたタグ、当人の名前が書かれたそれは報告書には無かった綴りであり、上役がカウンターに常在しているとも思っては居なかったが直ぐに興味が失せたように視線は葛西へと向けよう)オイ、付けねェっつってンだろ。…って…――(何故か既に猫耳剣士として扱われている事態に不満を零すのも束の間、顔馴
染みらしいとは言え居合わせた店員にさえ己が彼氏であると自慢気に語る声を聞けば、一瞬唖然と双眸を見開かせたのち苦虫を噛み潰した様な表情と共に左手で項を掻き撫で口隠り。一瞥した店員の表情が瞬間的に強張る様子を見逃さず、それが何に対する反応であるかは問わぬものの、傍らの同性が恋人であると唐突に告げられれば驚愕もしたくなると自己解釈。直ぐ様取り繕う様に世辞を向ける店員へ再び視線を注ぐ事も侭成らず、目元を抑える仕草で左手指を顔へと伏せ)…隠せ、とは言わねェが…何つーか、開けっ広げ過ぎンだよお前はよォ…(下手をすれば道行く見知らぬ人間にすら己との関係を語り出し兼ねない相手へ、溜め息混じりの窘める口調で自重を投げ掛けた所で理解されぬ気もするが。初対面の人間に彼との関係を明かされる気まずさにも似た羞恥を抱きつつ、目元に伏せた左手を垂らしメニュー表の文字をとんとんと指差して)アー…じゃあハンバーガーひとつ、あとドリンク…お茶か何か。アンタも夜飯まだだろう?(仕事終わりから少し余裕を持って赴いたが夕食は未だ取って居らず、職場からその侭待ち合わせた彼もまた食事には在り付
いて居ないだろう。此方の意を窺う彼へと顔を向け、その手の中にある表から軽食と飲み物の注文を申し出ようか)

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