今剣→鶯





ぼくはあれがだいきらいです。あれはとんだ阿婆擦れで、常識もない、一族の恥です。一族だなんて言っても、ぼくにはとおい話で、あんなものとおなじにされたくはありません。

三日月おねえさまは、あれのせいで大層かなしみました。三日月おねえさまの姉君なら、大層うつくしく良識のあるお方だったのでしょう。ぼくもかなしくなりました。あれはただの阿婆擦れだなんてかわいいものではありません。ひとごろしです。どろどろの血が流れた、ひとごろしです。

ぼくが帰る頃、あれの姿を目にしました。あれは図書館に入りました。そのあと、何度も、何度も、毎日のように、図書館に入るあれの姿を見かけました。あれがそのままの理由で図書館を利用するはずなどないと思い、ぼくは理由をさがしました。
あまり訪れない図書館には、ぼくの知らない、ひとりの女性がいました。あれと笑い合う、うつくしい女性がいました。そのガラス玉のようにきれいな瞳に、思わず見とれてしまいました。夕方の色を映しだして、すこしオレンジ色に染まった瞳を見ていると、なぜだかとてもどきどきしました。もしも目が合えば、胸がおかしくなってしまうかもしれない。それなのに、目が離せないのです。
それは起こりました。しばらくすると、信じられないことに、あれはうつくしいひとの肩を引き寄せ、口づけたのです。ぼくの頭は真っ白になりました。
静かな、ひとのいない図書館の一角で、からだを寄せ合って、何度も口づけていました。ぼくはその場から動けなくて、胸がどくどくいやな音を立てて、泣きたいような気分になりました。
ゆるせない。あのようなうつくしいひとと、あんなにも幸せそうにしている。ゆるせない。三日月おねえさまを悲しませ、一族の名を汚したあれが、幸せになるだなんて、ゆるせない。どうして、あれの、なにがよいのですか。ぼくは走り出したい気持ちをおさえて、音を立てないように逃げ出しました。


くやしい。くやしい。くやしい!
図書館を出てから、闇雲に走りました。疲れて足を止めました。手を痛いほど握りしめて、それでも、がまんしていた涙がぽろぽろとこぼれました。ぼくの大切なひとから大切なものを奪い、気の狂ったようなあれが、あんなに幸せそうにしている。
たったそれだけのことが、どうしてこんなに悲しいのでしょう。自分でもわかりません。わかることはただひとつ、三日月おねえさまが奪われたのと同じように、あれの大切なものを奪いたいという、おろかな復讐心が自分の中で息づいているということだけでした。
図書館の、うつくしいひと。あの棘の手に触れられていたら、きっとあなたも傷ついてしまうでしょう。ぼくがあなたを守ります。そして奪います。何年もかかるかもしれない。けれど、あなたをそのままにしておくことが、どうしてもおそろしいのです。ぼくは、あの怪物からあなたを引き離さなければいけないのです。

まっていてください。どうか、うつくしいひと。