切った角 高級万年筆に 奈良とシカの物語(4)
軌跡
農産物の食害とともに、鹿の被害で目立つのが人身被害だ。春から初夏にかけては出産後のメスが子鹿を守ろうと気が荒くなる。秋はオスが発情期で興奮し、角も硬くなるので注意が必要だ。けがを防ぐため、初めて角きりが行われたのは1672年。天理大学おやさと研究所の幡鎌一弘教授は「17世紀後半は開墾が進み鹿の生息場所が狭くなる一方、奈良の町も都市化が進み観光客も増えた。鹿と人間の接触が増え、放置できない都市問題になった」という。
奈良奉行所の役人らが鹿と格闘し、のこぎりで角を切る勇壮な光景は、多くの見物人を集めるようになり観光資源となった。現在は奈良の鹿愛護会により、毎年10月に行われている。
切られた角は加工業者に売却され、帯留め、箸といった生活用品や置物などに加工されてきた。こうした鹿角細工は奈良土産として人気があったが、職人の高齢化や後継者難で衰退。ところが新たな角の利用法が目立ってきた。
筆記具メーカーの呉竹(奈良市)は3年前、創業110周年を記念して、軸に角を使った高級筆ペンを発売。今年5月下旬には軸とキャップに角を使った6万円の高級万年筆を売り出した。企画した小林千春さんは「角は手になじむ。長く使うと愛着が出る」と言う。奈良ホテル(奈良市)も持ち手に鹿角を使った3万6000円の高級ステッキを販売する。角を奈良らしさや高級品の象徴として再評価する動きが出始めている。