8月30日。
本日も太陽は休むこと無く光を注いでおり、窓の外は唸るような暑さ。雑多に並ぶビルの向こうの方に入道雲が見えるあたり、もうすぐ秋だとは思えない天気だ。

そんな暑い日に誕生日を迎えたエディは、ひとり涼しい談話室で休憩をとっていた。


「エディーっ、誕生日おめでとうっス!」


勢い良く談話室の扉が開いた途端、金髪の男が満面の笑みで祝いの言葉を述べる。
どこからその情報を聞き出したのだろうとエディが突然のことに呆然としていると、ぱんぱかぱーん、と効果音がつきそうな仕草で包装された水色の箱を取り出した。


「これはほんの気持ちっス。よく味わって食べてほしいっス。それじゃ!」
「えっ」


箱をエディに押し付けると、キリクは反応も待たず行ってしまった。まるで台風だ。
よくわからないが、誕生日プレゼントということだろうか。そう結論付けて、包装紙を破き蓋を開く。中身は美味しそうなクッキーで、少し大きめのが5枚程度入っていた。


「……まさかの手作り?」


キリクの台詞から食べ物系だとは思っていたが、これは予想外だ。
形はどれも半月型で、餃子のように中心で半分に折られている。
試しに一口齧ってみる。シンプルなプレーン味のクッキーは口溶け良く、舌触りも良い。ほんのりとした甘さが自分好みだ。少し焦げている部分があるのは手作り故だろう。美味しい。
量も少ないので、荷物にならないよう食べてしまおうと2枚目3枚目に手を伸ばす。誰も居ない談話室で男から貰った手作りクッキーを口にするのはなかなかに虚しい気分になる、とエディは学んだ。
そして最後のクッキーを口にした時、その断面から何やら紙が飛び出しているのに気付いた。取り出して広げてみると、しっかりと文字が書かれていた。


『食べてくれて有難うございます。今日の20時、訓練場のベンチで待ってます。』

「………」


見覚えのある明朝体と、指定された場所、今日が何の日かを総合的に考え――この手紙の差出人であり手作りクッキーの本当の製作者が誰かを結論付けると、エディは膝から崩れ落ちた。





日が暮れ、世界が暗闇に包まれた頃。指定された時間の5分前に訓練場に到着したエディは、目的の人物を探すため辺りを見回す。しかしそれほど時間はかからなかった。その人物は、いつかの雨の日に傘を差し出した、懐かしいとも言えるあの場所に座っていた。


「ユノ!」


名前を呼ぶと白い髪が揺れてこちらを向く。そしてどこかホッとした表情で、ベンチから立ち上がった。


「来てくれたのですね。エディ」
「勿論だよ。クッキー美味しかったよ」
「有難うございます」


その言葉で、やはり自分の推理は間違っていなかったとエディは確信する。といっても、この場にキリクが居ない時点で製作者は決まっているのだが。


「直接渡してくれれば良かったのに…」
「……すみません。ソルドの監視の目が厳しくて」


いつかのように遠い目をするユノ。理由の検討は付いていたが、何というか、ここまで来るといっそ清々しい。本部の中でそわそわと待っているであろうソルドを想像していたら何故か拳銃を向けられたので、エディは頭を振って回避した。


「それと、プレゼントはクッキーだけではありません」


そんな台詞と共に、ごそごそとベンチの裏に隠していたそれを取り出す。
ラッピングはリボンだけの簡素なもので、ほぼ剥き出しのそれが何なのかは手に取らなくてもわかった。


「傘?」
「はい、そうです」


差し出されたのは赤い傘。
どこにでもあるような、普通の傘だ。
エディの頭に浮かぶ疑問符が見えたのだろう。ユノは申し訳なさそうに説明する。


「……すみません。ユノは人の誕生日を祝うのが初めてで、何をプレゼントしたら良いのかわからず……。キリクさんにご相談したところ、思い出の品などどうかと勧められまして」


ですが折角の誕生日にビニール傘はどうかと思いましたので、悩みに悩んでこれにしました。

それを聴いて、エディは原点回帰を大切にするユノらしいな、と思った。この場所を指定したのも、あの時のことを思い出してほしかったからだろう。


「遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。エディ」
「ありがとう、ユノ。大切にするね」


傘を受け取り、抱きかかえるようにして持つ。
するとユノが、エディと向き合う形から寄り添うように隣に移動し、腕時計を確認し始めた。


「どうしたの?」
「実は、傘を選んだ理由はもうひとつあるのです」


ユノの台詞の意味がわからず首を傾げていると、ぽつり、と冷たいものが頬を打つ。指で撫でてみると、それは水滴だった。

ぽつり、ぽつり。
上を見上げれば、いつの間にか星を隠してしまうほどの雨雲が。


「今日は20時から雨の予報です」


いたずらが成功した子供のように微笑むユノ。彼女が自分の傘を持っているようには見えず、勿論エディは傘など持ってきていない。

真っ赤な傘が花開く瞬間は、本部の窓からも良く見えたそうな。


【雨空の下、花一輪】

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