(銀誕/原作設定/銀土)



当たり前に過ぎていく日常は退屈といえば退屈なのかもしれない。
しかし、刺激ばかりの生活など疲れ果てて早死にしてしまうのがオチだ。
だからこそ退屈を享受してチマチマと小さな幸せを抱えることこそ良い人生といえる。
もっとも、これは仕事が来なさ過ぎて退屈を極める万事屋に対する言い訳ではない。ないったらない。


「脳内の釈明はいいですから、さっさと退屈を打破する努力をしてください」

「オイオイ人の思考を読んでんじゃねーよ新八ィ。んなことしたって同じ眼鏡でもお前は斎木にはなれねーから」

「どういう意味だそれ!…てゆーか眠いんなら布団敷いてきたらどうですか?」

「馬っ鹿、オメー。俺はジャンプ読んでるだけだっつの」

「その割にはページが進んでないようですけど」

「分かってねーな。ジャンプは一コマ一コマをじっくり読むもんだろうが。その一コマを作るのに漫画家がどれだけの血と涙を注いで…」

「あ、そろそろ僕帰りますね」

「オイ、スルーか新八くん」


ジャンプから目を離し顔をあげれば、荷物をまとめて居間を出ようとする新八が目に入った。
だらしなくソファから起き上がり、眠くもないのに欠伸をこぼす。そうして玄関へと向かう新八の後をのろのろとした足取りで追った。

廊下に出て玄関に近付けば、扉を開けた新八が空を見上げている。それにつられるように見上げれば、濁った雲が空を覆っているのが闇夜の中でもはっきりと分かった。


「なんだか降りそうだなぁ。傘、借りてってもいいですか?」

「おー、持ってけ持ってけ」

「ありがとうございます。じゃ、僕はこれで」

「ん。気ぃつけて帰れよ」

「あ、寝るんならちゃんと布団敷いて寝てくださいよ。最近寒くなってきたし」

「うるせーな。お前は母ちゃんか」

「あと、明日はちゃんと予定空けててくださいね」


飲みの約束とか入れちゃだめですよ、とこちらを指差す新八に、おー、とあいまいな声を漏らす。
痒くもない首筋を掻くと、新八が苦笑する気配がした。

ではまた明日、と律儀に挨拶を返す新八が扉が閉めると、万事屋には静寂が訪れる。
居間へと戻り、なんとなくテレビをつける。と、同時にもうすでに眠っている神楽を思い出し、ほんの少しボリュームを下げた。

そのまま適当にザッピングしていると結野アナの姿が目に入る。
スタジオの近くだろうか、どこかの公園で大きな温度計をバックに結野アナはいつもの可憐な笑顔を見せた。


『今日の夜から明日にかけてお天気は下り坂になりそうです。明日は旧体育の日。残念ながら運動会日和とはいかないようです』


でも雨なんかに負けず一日を過ごしてくださいね、と笑う結野アナはやっぱり可愛い。
そんな感想を思い浮かべている間に番組は次のコーナーへと移った。
興味をなくした銀時はそのままソファへと持たれかかり目を閉じる。
テレビの雑音の向こうで、サァァと雨が降り出す音が聞こえた。

この日に雨が降るのは何年振りだろう。そんなことをふと考え、すぐに意味のないことだと気付く。
そもそも、誕生日だというこの日付を意識し出したのは、万事屋を始めてからで。もっと正確に言うと、新八や神楽と万事屋をやるようになってからで。
なんとなく居心地が悪い気持ちになる。
いや、居心地が"悪い"というのは語弊があるかもしれない。
なんていうか、やっぱり慣れない。


「………やめやめ」


難しいことを考えるのは性に合わない。己の思考に結論をつけて、銀時はズルズルとソファへと寝転がる。机に置かれたリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を切り目を閉じた。
帰り際に言った新八の小言を思い出すが、すぐに忘れたフリをして意識を手放そうとした。

が、それはガンガンと扉を叩く音に邪魔されてしまう。
すぐにパチリと目を覚まし、怪訝な表情で時計を見上げた。時刻はあと数十分で日を跨ごうとしている。
雨風による聞き間違いかもしれない、という可能性は、再び鳴らされた扉を叩く音によって否定される。

非常識な来客だ。
そんな感想を浮かべながら、廊下へと顔を出せば玄関先で黒い影がうごめいているのが見えた。なんとなく見覚えのあるその、黒づくめの影。
はぁ、と小さく息をもらしつつ、どたどたと玄関に近付きガラリと扉を開けた。


「今、何時だと思ってんだコノヤロー」

「雨に降られちまったから風呂貸せ」


非常識な時間に訪ねてきて早々、図々しくのたまう来客者、土方十四郎に銀時は呆れの溜息をこぼした。


「訪ねてきて第一声がそれってどうなの社会人としてさァ」

「テメーにだけは社会人云々言われたくねぇニートのくせに」

「ニートじゃねぇっつってんだろ!自営業!社長だから俺は!」

「なんでもいいからさっさと上がらせろ。寒ィだろうが」


ぐだくだな言い合いを遮るように告げた土方は、ぶるりと身体を震わせた。
玄関先からは静かながら断続的な雨の音が聞こえている。
この雨じゃそりゃびしょ濡れだよな、とぼんやり感想を浮かべながら、すっかり濡れてしまっているその黒髪に手を伸ばす。
なぞるように頬に手を当てると、雨に体温を奪われたのかすっかり冷たくなっていた。
そのまま少し血色の悪くなった唇を親指の腹でなぞる。
が、すぐに土方の手によってパシンと払いのけられてしまった。


「さっさとタオル持ってこいタオル」

「どんだけ自己中ですかオメーは」


かわいくない、と心の中で愚痴りながら睨みつければ、さっさと行け、とばかりに土方はふてぶてしく顎をしゃくった。本当にかわいくない。
銀時は土方に背を向け浴室へと足を進めた。

なんとなく、土方が来るような気がしていた。
それは予感というよりは期待に近いのかもしれない。認めたくはないのだけれど。

銀時と土方の関係はただの腐れ縁から微妙に変化していた。
たまに酒を酌み交わし、たまに身体を重ねる関係。
といっても友好的な関係とも甘ったるい関係ともいえず。会えば喧嘩を繰り返すのにまた再び会ってしまう。
そんな明確な言葉では表せない関係がずるずると続いていた。

とはいえ、この不毛な関係に嘆いているのかといえば、そうでもなく。
だいたい中途半端な気持ちで男に手を出すほど酔狂でもなければ暇でもない。
銀時自身も、恐らく土方も。


「ったく、優しい銀さんがタオルと風呂用意してやりましたよっと。感謝しろ。つーかひれ伏せ」


タオルを片手に再び玄関へと姿を表した銀時は悪態をつきながらガシガシと己の髪をかきまわす。
が、返ってこない反応に不思議に思いながら土方を見やれば、己の携帯電話をかじりつくように眺めていた。


「携帯に夢中ってどこの女子高生だテメー」

「うるせーな。…あと10秒」

「はァ?」


素頓狂な声を上げる銀時をよそに土方はパタンと携帯を閉じると、タオルを持つ銀時の腕をぐいと引っ張った。

予想外の動きに驚いたように目を見開く銀時をスルーして土方はその唇に口付けた。

触れるだけの口付けを何度か繰り返したかと思えば、土方の舌が口内に侵入してくる。
不意打ちを食らった悔しさに、負けじとさらに引き寄せ口付けを深めれば、土方は少し苦しげな息をもらした。
触れる頬は冷たいのに、口内は焼けるように熱い。

頬に手を当てたまま唇を離せば、ほんの少し息を乱した土方と至近距離で目が合う。
一瞬、ぐ、と眉をひそめたかと思うと、土方はぐいと銀時の胸を押し身体を引き離した。


「風呂、借りる」


素っ気なく告げ、銀時から奪い取ったタオルでおざなりに身体を拭くと、土方は廊下に足を踏み入れる。
そのままぐんぐんと浴室へと向かう後ろ姿をぼんやりと眺めた。
黒髪からわずかに覗く耳が、赤い。


「……照れんならやるなよ」

「………うっせ」


不貞腐れたような、それでいて弱々しいその声に、顔が見たい衝動にかられる。
が、それは墓穴を掘る行為だと理解していたのでなんとか踏みとどまる。
多分、己も相当情けない面してるに違いない。

浴室へと消えていく土方の背中を見送り、ずるずるとその場に腰を下ろす。
そうして、はぁー、と深い息を吐き出した。
やっぱり、いつまでたっても慣れない。
この誕生日特有のふわふわしたような、それでいてじわじわと染み渡るような、幸福感。

己の思考に照れ臭さを感じ、銀時は誤魔化すようにわしゃわしゃと髪を掻き回す。
そうして目を細め、幸せそうな笑みを浮かべた。


(天邪鬼な幸福論者に祝福を)


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