「 」
「アキ、ハルは調子悪いのか?」
「……起きてこなかったよ」
いつもおっとりとした彼だが、この返答はいつにも増して時間がかかった。不安と心配の影が皆を包み込もうとする中、ダイキは手を叩いて皆の意識を自分へと集める。
「俺が後で見に行くよ。とりあえず、元気な君たちは元気に授業ね」
軽快な物言いに空気はほぐれ、午前の授業が始まった。
昼休憩に入る時、ダイキは職員を呼んで食堂までの引率を頼んだ。共について行きたがる面々をなだめ、自分は端末で医療スタッフに連絡しながらハルの部屋へ向かう。ジュライとツバキの二人は遠巻きに見ているだけであった。
道すがら、医療スタッフに聞いた限りでは健康状態に異常はないという。朝食時に食堂へ来なかったハルのことをアキに訊ねたが、ダイキが先刻聞いたのと同じ答えを彼はしたそうだ。そしてスタッフが部屋へ赴き、ハルの様子を診たが異常はない。しかし、今日は調子が悪いから行きたくないの一点張りで、決して譲らなかった。
原因がわからなければ、対処のしようもない。と言って、ハルを諭すだけの技量もない彼らは、ハルの欠席を承認してしまったというわけだった。
一部始終を聞いたダイキは呆れ声を出さずにはいられない。
「……んなの、サボりに決まってんだろ」
ご丁寧に対応するような事案ではない。その相手が雛鳥だからこそ医療スタッフも尻込みしたのだろうが、ダイキは馴染みのスタッフ相手に同調してやる気など一ミリも起きなかった。
「俺もお前も何度かお世話になったやつだろうが。俺は聞いてて懐かしくなったけどな」
ダイキの声に一瞬は怯んだ空気を見せたが、転じて素早い声が舌鋒鋭くダイキへ切り込む。
『それなら、対処法も懐かしさとやらで思い出せたな? じゃあ、後は任せた。担当官殿』
「あ」
ちょっと待て、と言いかけたのを、電話を切る音が断ち切る。ダイキにそのつもりはなくとも、相手の神経を逆なでするのが上手いとコウヤに言わしめるだけあった。だからといってそれを誇れるわけもないが、直すつもりもダイキにはないのでこういうことが起きる。
いざというときの理詰めでのサポートを頼もうと思っていたが、進んで味方を失いに行ったダイキは、端末へ溜め息をぶつけた。後で謝りにいかねばなるまい。
端末をしまい、ダイキはハルたちの部屋の前に立つ。ダイキはインターホン越しに呼びかけた。
「ハル、俺だ。ドアを開けてくれ」
回答はない。それでも辛抱強く、何度か同じ呼びかけをしたダイキだが、一分ほど経過したあたりで忍耐の方が早々に降参した。
「じゃあ、勝手に開けるからな」
一応は雛鳥たちにあてがわれた個室ということで、鍵はある。しかし、担当官には非常時の為にと開錠する権限が与えられていた。
- 282 -
[*前] | [次#]
[しおりを挟む]
[表紙へ]
0.お品書きへ
9.サイトトップへ