十周年番外編 Another×Route



 エインスは何気ない素振りで辺りを見回して答える。
「何もねえ」
「見る気あんのかよ……」
「見る気あっても、ないものまでは見れねえからなあ。それともお前、見えるの?」
「へーへー見えませんよ。だからとっとと手がかり見つけて、さっさと帰るぞ」
「そのさあ」
 間延びした口調でエインスは言った。
「手がかりって結局どういうの?」
「は?」
 ギレイオは振り返る。その声が聞こえたようで、前を行くグラントも少しだけ振り向いて二人の会話の行方を窺っていた。
 エインスは視線を周囲へ向ける。
「樹皮がとか、道とか巣とか。そういうのオレわかんないんだけど」
「……あ?」
「言葉はわかるぜ? でも物がわからねえっつってんの。見た物と言葉が一致しねえんだよ」
 ようやくエインスの言わんとするところがわかり、ギレイオは溜息と共に相槌を打った。
 つまり、エインスの中に図鑑があったとして、言葉の説明は文章で書いてあっても、写真がないから参考に出来ないということである。だから、もし目にしていても、それが「これだ」と言われなければ文言と一致せずに通り過ぎるだけだった。
 これまでの付き合いで、落丁のようなそれはもうないとギレイオは思っていた。だが、エインスにとってこの世界はまだまだ広いようだった。
 ギレイオはグラントに言って少し待ってもらい、その間に言葉が表すものを見せてやる。
 ナイフで樹皮を剥がして見せ、雪を掘って道や巣の様子を表す。エインスは無表情でそれを眺めていたが、目にはギレイオの行動の端々まで取りこぼさず拾ってやろうという野心があった。
 一通り教えたところで再び行軍を開始しようとすると、バシムが笑って言う。
「なんか、ちっちゃい子に教えるお父さんみたいだな」
「やめてくれ。はげるわ、俺」
「はげんの?」
「ならねえよ!」
「ああそう。そんでさ」
「ああ!?」
「あの道ってやつ、さっきあったけど」
 反射的に言い返そうとして、ギレイオは勢いを失った。同時に、バシムとグラントが駆け寄り、どこでと問い質すと、エインスは元来た道を指差す。
 昼に入る前に見た、と言うエインスの前で、三人は肩を落とさざるを得なかった。



 速足で道を戻り、エインスが「そこ」と示した方へと雪を踏みしめて進む。細い木々の間を縫うようにして、大きな溝が山肌に沿って伸びていた。よく見ればまだ新しい道で、中には獣の毛がちらほらとこびりついている。かき分けられた雪の方向からして村へ向かっているようだった。いよいよ、これまでの行軍が無駄足だったことが知れ、どっと疲労が押し寄せる。

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