Piece12



 ピエシュは少し遠くを見つめるような目になった。
「目的と必要に迫られて選んだ方法がたまたま一致しただけだ。これは本当に偶然。……それでまあ、環境に制約があった所為もあるし、さっきあの子が説明したように、あの花はそのままでも折れても匂いに毒がある。だから基本的に人は近づけない。昔話や何かであそこには近づくななんて話になってる場所は、そういう理由があるんじゃないかと、あたしは思ってるけどね」
「だが、ダルカシュにはそれが咲いていた」
「人が唯一、管理する群生地だと聞いたけどね。ただまあ、花が育つ環境を思えば、ぞっとしない話だよ。死体と綺麗な水と、毒に耐性のついた人々っていうのはね」
 ピエシュは大きく息を吐いた。
「そんな人たちが花のことを秘密にしたかったかどうかは知らない。あたしに教えてくれたのだって、断片に過ぎないから構わないと思っただけかもしれないしね。現に、あたしの知識はあの子の知識と微妙なズレがある。聞いたことのない部分もあった。話すつもりもないが、求められれば限られた部分だけ話してもいい。そんなところじゃないかい」
 サムナは視線を落とす。そしてしばらく思考を巡らせた後、口を開いた。
「あなたは、ギレイオがそこの出身だと聞いて動揺していた」
 途端、それまで穏やかだったピエシュの表情に緊張が走る。構わずにサムナは続けた。
「あなたが聞いたのは、花のことだけではないんじゃないのか?」
 ピエシュはサムナを見据える。返答を考えているようでもあるが、その目に迷いはない。話すつもりは毛頭ないらしい、というのは、先刻の会話で彼女自身も言い切ったことだ。
 二人の会話によって動いていた空気がぴたりと止まる。それだけで空気は重みを増し、見えない塊となって体も思考も縛っていく。動きだせば何かが溢れ出そうな、そんな危うさが家の中に満ちていった。
 しばらくして、ピエシュはそんな空気を動かさないように、静かに低い声で言う。
「あたしが花のことを聞いた時は、それ以外のことは聞かなかった。興味もなかったしね。その後でダルカシュの名を聞いたのは、全く別の筋からさ。ダルカシュの人間から、ダルカシュのことを聞かされたことは一度もない」
 一度も、という部分にピエシュは力を込めた。
 サムナはその意味を、ワイズマンたちと立てた推測を思い出すことで理解した。全く立場の違う第三者からも同じような言葉が飛び出れば、疑う余地もない。
──一度も、というのはつまり、そういうことなのだろう。
 結局、ギレイオはその夜、一度も家に戻らなかった。



 翌朝、いつ寝たのかわからないギレイオと共にサムナとピエシュは朝食を取る。昨晩と同じくサムナはお茶のみ、三人に会話はない。夜が明けて陽が射し込む分、家に漂う鬱屈とした空気を陽光が払拭してくれるため、それでも空気は若干マシになってはいた。

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