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桜とコスモス、カボチャとあなたC



とりっくあとりーと、とりっくあとりーと!お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ。



近所のちいさな子供の声が、田島の家の庭までよく届いた。
あー、たかだかカボチャ如きがここまで事態を発展させるなんて、驚きだよ。田島は庭の端っこに置き去りにされたカボチャを見つけ、恨めしい気分になった。

部活以外の時間で、ちょっと長く話せたらそれだけでも、嬉しい。そんな簡単な思い付きで田島は花井を呼んだ。可愛らしく秘めた好意が、暴走して結果大変なことになってしまった。
あのとき、花井の体に触れてしまったとき、本当にただのいたずらだったと言ってしまえば、多少の怒りは買ってもこんなことにはならなかったのに。

後悔したり後ろめたい気持ちになったり、そんな薄暗い感情が田島悠一郎の人生にどれほどあったことか。恐らく常人に比べれば微々たる数だったに違いなかった。
そのほんの僅かな感情が、どうして今ここで集中して押し寄せてくるのか。

自己嫌悪の波に飲まれて、先ほどから田島は一言も言葉を発せなくなっていた。

「おい、田島」

しばらくジャリをにらみ続けた田島に向けて、先に声を発したのは、花井だった。

「な、に…?」
「お前、さっきの勢いはどうしたわけ??その、…人をご…かん…するとかなんとか言ってたくせに、急に大人しくなっちゃって」


さっきの暴走は、きっとなかったことにされてしまうのだろう。とぼとぼと歩きながらそう考えていた田島は、花井が恥じらいながらも話を蒸し返してきたのに驚いた。

「花井…」
「お前なあ、そんならしくねえとこ見せられるとこっちもなんか悪いことしちゃった気分になるだろうが!!」

よくわからない理由で、花井は突然怒り始めた。

「別に、花井が悪いことした訳じゃねーし、その辺は気にしなきゃいいじゃん」
「あんなことしといて、よく言うな」
「だって花井は気づいてなかったんだし。いいじゃん、また前にみたいに戻れば。花井がそうなって欲しいんだったら、俺、また前みたいになんもなかったように、するし。」

何もなかったかのようにされること、一番恐れていたそれを先に提案してしまったのは田島だった。そう、悲しいけど、結局それが一番穏便に済まされる唯一の方法だ。心はずきずきと痛んだが。

だが、田島のその提案に、花井の顔付きが険しく歪んだ。

「そうだな、前みたいに戻れればそれが一番いいな」
「そ、だよ…。」
「お前のドキドキってのが、明日にでも収まる程度のもんならそれでいいよな」
「花井…?」

明らかに花井は怒っていた。田島は困惑した。最良に思っていたその提案に、花井がこんなに怒りをあらわにするなんて思っていなかったからだ。

どうするか迷った田島は空を仰いだ。月の横を、何か黒いものが横切った。たぶんカラスか何かだろう。
あれがハロウィンの魔女か何かだったら、俺は必至で願いを掛けていたに違いない。
どうか時間を巻き戻して…と。

ジャリ…―

小石を踏みしめる音に田島は視線を戻した。花井が田島の方に近づいていた。

「明日にはもとに戻んだよな?」
「うん?」
「今日起こったことの全部明日には帳消しになるってわけだ」
「どうしたの花井?」

そんなに俺に触られたり、告られたりしたのがショックだったの?
花井の余りのしつこい問いかけに、田島の方がショックを受けて若干目に涙を滲ませてしまった。

「何泣いてんだ、田島」
「泣いてないし」
「なんだよ、ますます俺が悪いみたいじゃねーか」

花井が更に近づいて来た。いつもなら嬉しいばかりなのに、その行為は今の田島を苦しめた。
なんて卑怯な優しさなのか。田島は花井の優しさを、今日ほど呪った日はなかった。切り捨てる冷たさを持たない花井を恨んだ。そしてやはり愛おしいと思った。
好きで、やっぱり好きだと何回も心で繰り返した。今までも何回胸の中で呟いたことか。俺もよく飽きないもんだ。自分の未練たらしさを嘲笑した。

「ちっ…、あー、くっそ!!田島ぁ、目ぇ瞑れ!!」
「は、え?」
「いいからっ!!」
「うん!?」

常ならぬしおらしい田島に、元来気の短い花井の何かがブチ切れた。
そしてきっと何かがはっちゃけてしまったのだろう。
部活の時のような花井の威勢の良さに、田島は反射的に固く目を閉じた。

花井が更に接近したのが、空気の密度で分かる。

田島の唇に、柔らかく、暖かいものが触れた。


驚いて田島が目を開けると、すでに花井は田島から距離を取り終え、スタスタと門に向かって歩き出していた。


「な、花井」
「とりっくあとりーと…?よく使い方ワカンねーけど」
「ちょ、それ、どういう意味…」
「明日には全部元に戻んだろ?」

花井は一瞬立ち止まる。

「ドキドキし損だ、チクショウ。お前今日色々してきたんだから、これでおあいこだ」

ざまあみやがれ。
そう吐き捨てる花井はこちらを振り返らない。だが、頭に巻かれたタオルでも隠し切れない彼の耳は真っ赤に染まっていた。今、この場で何が起こったのか、花井のその態度だけで明白だった。

「じゃーな!!明日練習遅れんなよ!!」

花井は夕飯をごちそうになることも忘れ、田島家の門をくぐって道路脇に止めていた自転車に飛び乗っていった。

「な、なんだよ花井の奴」

田島は固まったように動けないでいた。
ドキドキが止まらない。
そして最後に花井が言っていた『ドキドキし損』ってのは、一体どっちのことだ??

夢を見ちゃいけない。脳が警告を鳴らしている。だが、それにしたって決定的なのはあの唇に触れた柔らかな感触。あれは絶対、…田島が一番貪ってみたいと思った場所の温かさに違いなかった。

「こんなん、期待しちゃうじゃんか…っ」

感触がまだ残っているそこを田島は指でなぞった。それだけで愛しさはあとからあとから零れだして、止まらなかった。
花井って本当は、本当に、馬鹿だったんだなあ。
こんなことしちゃって、一体誰が元に戻れるというのだろう??
田島は考えた。けれど結局熱に浮かれた頭に答えなど浮かばなかった。




甘いのに、苦い。慎ましく咲いた桜の花弁が、田島の頬を一片撫でた。





















::END::








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