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カモナ・マイハウスF


「花井ーーっ!!」

薄気味悪い建物の中に、想い人の名前が反響する。先に工場内に入っていった花井の姿は確認出来ない。
急速な日暮れで、建物の中がどのような様子になっているのか全く分からない。
花井がどこにいるのかも分からない。同じ入口から入ってきたというのに。
この薄暗い工場のどこかに秘密の部屋に通じる扉があって、そのなかで見知らぬ野郎とよろしくやっているのだとしたらどうだろう。

絶対嫌だ。女ならともかく、…いや、女とだって許せない。俺以外の人間とどうにかなっているなんて考えたくもない。
祈るような気持ちで、俺はグラウンドに居る時以上に馬鹿デカい声を張り上げた。

「いるんなら返事ぐらいしろっ!!花井のアホっ!!」
「うっせぇなっ。聞こえてんだよ」
「花井っ」

怪しい妄想に心が押しつぶされそうになったその時、暗闇のどこかからぶっきらぼうな応答が聞こえた。花井の苛立った声に、それでも安堵を感じずにはいられない。声がした方向に目をやると、一か所だけ小さな窓から薄明りが差し込んでいるのが見える。街灯の灯りが丁度よい具合に入り込んでいたため、その付近だけは身動きするのに不自由ない程度の明るさが保たれていた。
目を凝らしながら明かりのほうに歩み寄ると、街灯の光で見えるか否かという薄暗い場所に、花井の姿がぼんやりと浮かんだ。何やら大きめのマットのようなものが敷かれており、そこに浅く腰かけ、男はこちらをじっと見つめていた。
暴走する妄想が現実にならなかったことに、俺は心底感謝した。

「花井、何やってんの?」
「お前こそ何やってんの」


しかし、先程とは打って変わり冷めきった声で話す花井に、俺は一瞬怯んでしまう。

「お前が、急に飛び出してったりするから心配したんだよ。そんなの、ずっと後付いて来た時点で分かるだろうが」
「何だそれ、責任感じて追ってきたわけ。そんな理由だったら早く部屋戻った方がいいぞ、明が心配する」
「責任、って、なんのだよ?明が心配する?そりゃそーだ、お前が帰るの一番待ってたのあいつなのに、急に出てったりマジで意味分かんねーよっ」


普段の花井らしからぬ言動に戸惑いを覚える。
花井は声を荒げることもなく、こちらを見つめていた。ただ、冷淡な声音とは裏腹に、薄暗い場所でもわかるほど花井の眼差しからは怒りが滲んでいた。

「明と、…何かするつもりだったのか?」

数秒の沈黙の後、花井は語尾を震わせながら呟いた。

拒絶から一転、ようやくこちらに関心を向けた質問が投げかけられ、俺はほっとした。
想像を裏切ることなく、花井は壮大な勘違いをしていた。ある意味予想通りだったため、俺は動揺することもなかった。

「何って?プロレスごっこ?」
「そういうんじゃなくて」
「明とエッチしようとしてたんじゃないかってこと?」

露骨に言葉にすると、花井の表情は強張った。

「そんなことしそうなイヤらしい雰囲気に見えたわけ?」
「そういう風には、…見えなかったけ、ど」
「けど?なんだよ。俺は朝ちゃんと宣言したぞ。明を食べちゃうようなことはしないってな」

胸を張って、俺は繰り返し訴えた。弟の身を案じて親が天敵に牙を剥くライオンの如く怒り狂った花井に向かって断言した言葉は嘘じゃない。

「明をどうにかしようなんてこれっぽっちも考えてなかったよ。それとも、明が俺の上に乗っかってんの見て、嫉妬しちゃったか〜?」

ここまで来ると、立場は形成逆転だ。俺は潔白を声高らかに宣言し、花井の壮大な勘違いをネタに茶化してみる。

強張らせた花井の表情を眺め、不謹慎ながら俺は顔がにやにやと緩みそうになった。
ここで照れ隠しに一発怒鳴ったりするに違いない。だがそれで、恐ろしい誤解が解けて円満解決するのだったら甘んじて受け入れよう。

自分の間違いに気付いて、怒り狂いながらも恥じらう花井は結構…、いや、かなり可愛い。それが見ることが出来るのなら、たとえ理不尽な怒りの矛先を向けられようともおつりは十分に返ってくる。明が帰った後にネタとして掘り返せば熱い夜のカンフル剤にもなるやもしれない。
数日先の布団の中での妄想を繰り広げ、俺は一人楽しんでいた。

わくわくしながら花井の怒鳴り声を待ち構えること数秒。だが、期待したそれは放たれることはない。思惑が外れると、今度は不安が過る。

「花井…?」

珍しく何を考えているか分からない、不気味な沈黙を守る花井を不審に思う。じっと動かずにこちらを見る花井の眼差しは相変わらずギラギラと鋭い。

まだ何か謂れのない疑いを掛けられているのだろうか。可愛い弟を魔の手に掛けようとした男としての濡れ衣は晴れないままなのだろうか。だとしたら問題である。
これからどうしようかと考えながら、俺はだだっ広いマットに腰かける花井の方に歩み寄る。
そして、手を伸ばせば触れることの出来るほどの位置に来たとき、事件は起こった。

「へ?」

手を伸ばして俺の腕を掴んで来たのは花井で、そのまま強引に身体ごとマットレスの上に投げ出される。マットは器械体操に使う物のように特厚で、花井の家のパイプベッドよりもずっと心地よい弾力があった。ぼふっと大きな音がしたものの、衝撃は少ない。

「ててて…、いきなり何すんだ花井」
「…するんだよ」
「は?何だよ急に。するってまさかここでエッチ始めちゃうってのか」

花井の突拍子のない行動に、軽口を叩くのも内心一苦労だ。
しかし、そんな俺の苦労など知らない花井は、今季一番のホームランワードをかっ飛ばした。

「そーだよ。ここで、俺がお前にすんの」
「へ、へーマジか。そりゃちょっと急だ、な。」

花井の突拍子のない行動に流石の俺も動揺を表に出さずにはいられない。それでもその提案が俺にマイナスになるようなことではないため甘んじて受け入れるだけの度量はあった。
こんな時に半野外プレイまがいのことが出来るなんて、ラッキーとしか言いようがない。刺激的なことは決して嫌いではなかったし、好奇心もある。男同士というのもあるし、何より非常識なことを殊の外嫌う花井が相手なら、自分達が自室以外で行為に及ぶことなど夢のまた夢としか思っていなかった。
だがしかし、ここに来て千載一遇の大チャンス。花井の方がまさか野外でその気になってくれるなど誰が想像出来ただろう。妄想大魔神の俺ですらそちらの方向に思いを馳せることはなかったというのに。これは夢か現実か。あまりの僥倖にそれすらも分からなくなってくる。

「何か良くワカンねーけど、花井から奉仕してもらえるなんてラッキー」

仰向けで寝っころがりながらくふふとイヤらしい笑いを浮かべる俺を一瞥し、花井は恐ろしい言葉を口にした。

「何言ってんだ。奉仕するんじゃなくて、俺が、お前をヤルの」
「………はい?誰が、誰を?」
「俺が、お前を。いつもお前が俺にするような感じで俺がお前にする」
「な、何言ってんの花井。動揺して頭どっかにぶつけたか?」

花井が頭をぶつけてないのは百も承知で、それでも問わずにはいられない。
この男は自分の言っていることを理解しているのだろうか。

いつも俺が花井の後ろを美味しくいただくように、今日は俺の後ろが美味しいかどうかはさておき食されるということだ。
花井の目は真剣そのもので、パニックを起こしている様子もなく思考は極めて冷静のように見える。正気だ。正気の本気で、花井は俺を襲うつもりなんである。

「どこもおかしくねーよ。てか、今までが変だったんだ。俺のがデカいし、誕生日も早いんだから、俺が上じゃない方がおかしい」
「おかしいのはその理屈だろっ!今まで俺が上でやってきたんだから、変更なんてナシ!絶対禁止!!そもそも横なら俺のがあるし、チンコだって俺のが太さある」
「その理屈で行くなら、初めて後ろに入れられても俺ほど痛い思いをしなくて済む。田島、良かったな。帰りは送ってやるからよ」
「長さはノーカンかよっ!!なんでもう俺が襲われる前提なんだよっ!どうしたんだ花井!!」
「うっせっ!俺も男なんだよっ」
「俺だって男だ!!」

変なテンションではあるが着実にいつもの感じに戻っていることにお互いに気付かない。

自体はそんな緩やかな変化を感じ取れないような急展開を迎えていた。














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あきゅろす。
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