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あの頃、青の二欠片はC





:::一年、五月:::





怒涛のように中間考査は始まった。テスト前の部活動停止期間は、ほぼ毎日花井が田島の面倒を見てくれた。自分の勉強は大丈夫なのかと心配になったが、花井の苦手分野が明の得意分野だったため、うちに帰ってから教えてもらっているのだそうだ。(明は、英語以外は全て花井より成績がいい。西広に次いで西浦のセンセイでもある)

「やった…!」

考査終了後、二日目から続々とテストの結果が返ってきた。どれもボーダーラインスレスレではあったが、無事に田島は赤点を免れることが出来た。西浦高校野球部全員がそれを達成することが出来た。
そして、さらなる快挙が起こった。

「花井〜!!見て、見て!!俺、今回のテスト一番英語が良かった!!」
「マジかよ!!お前英語が一番やばかったじゃねーか?」
「マジだよおおマジ!!ほら!」


他のも見てと言わんばかりに、田島は返された全ての答案を花井に渡した。
一枚一枚めくって確認すると、どうやら見間違いではなさそうだった。


「なんだよお前やれば出来んじゃねーか」
「へへへ!もっと褒めて花井」
「58点で調子に乗るなよ?でもま、俺が教えたのが一番良くできたのはエライエライ」

言葉はツンツンしていても、田島の出した結果に満足したのか、花井はいつになく上機嫌だった。なんどもなんども田島の頭を撫で繰り回した。いつもの田島ならチビだからと馬鹿にされたのか、と少々不機嫌になるところだったが、花井がご機嫌なのと、思いの他撫でまわす彼の手が気持ちよく、もっともっとして欲しいと思った。

それ以来、田島の中での花井に対する距離感は微妙に変化していった。

田島が特有の無邪気さを振りまけば、花井は依然と変わらずに注意したり手を出したりすることもあった。だが、それを田島はいちいち煩わしいとは思わなくなった。勉強会の一件以来、すっかりと心を許してしまったのだ。今までは野球の枠の中でしか花井という人間に向かい合うことはなかった。部活中のギラギラとした眼差しにライバル心を掻き立てられる存在、あとちょっと口うるさい生真面目なチームメイト、そんな側面からしか花井という人物を捉えていなかったように思う。
だが、あちらが先に田島の傍に寄ってきた。それが勉強を教えるという名目であってもひどく嬉しかった。それから、花井がいちいち口うるさいのは、結局は自分のために繋がっていたということにも最近ようやく気付いた。花井という人物を知れば知るほど、田島は彼に懐いたのだった。


その日の四限前の休み時間。田島は世界史の教科書を忘れていたことに気づき、7組の花井のところに真っ先に向かった。確か木曜日は7組も世界史をやる日だ。以前も同じ曜日に忘れたときには、七組の教室に入ってすぐのところに居た水谷に教科書を借りた。あの時は2組に居る明のところに借りに行って、その日は持っていないのだと申し訳なさそうに断られたのが思い出される。

(あの頃は明がすげー優しくて、なんでも明のところ行って借りてたんだけどな)

最近の明は前とちょっと近寄りがたい。あの勉強会の日以来何だかちょっと様子がおかしい。あからさまに無視されたり態度を変えられたりされている訳ではないが、なんだか前より厳しくなったように田島は感じた。理不尽なことを言われたりするわけではないが、すっぱりと厳しいもの言いをするようになった。それも正当な理由で言い放つものだから、田島も言い返せずむっつりしてしまうことも度々あった。

9組から7組まで、歩いて向かっても物の30秒足らずで着いてしまう。

「はーなーいー!!歴史の教科書貸して!!」

いつものように、ドアのところクラス全員が注目するような大声で花井を呼んだ。窓際の席に居た花井や、近くに居た阿部、水谷もいつも通り振り返る。
が、
「うっせーな!!ちったぁ静かに借りに来い!」
いつもお決まりの怒鳴り声は聞こえてこない。ちょっと不思議に思いつつ、田島は花井の席に近づいた。

「なー、花井ってば聞いてんのか?」
「ぶっふふー、たじまー、これ明だよ?」
「あ、なーんだ。通りで静かだと思った。怒鳴らねーし」
「あいつ、教室だとそんなウルセーの??」
「イヤ、こいつにだけだよ」

花井が口を開くより先に、水谷が先にネタバレをしてしまった。花井だと思っていた相手は2組に居るはずの明だった。ぽかんとした顔でこっちを見てる時からどうも妙だと思っていたが。それにしても、阿部は最後にサラっとひどいことを口にしたような…。

「なー花井は??」
「便所」
「じゃあすぐ戻るよな。待ってよーっと」
「へー、お前最近教科書借りに来ねーなと思ったらアズに借りに来てんだ」
「だって最近花井怒らなくなったもん」
「前と特に変わらねーけどな」
「ちげーよ!!昔より全然優しいんだぜ。」
「それって田島が花井を見る目が変わったってことなんじゃない?」

手元のコーヒー牛乳を懸命に吸っていた水谷は、意味ありげな笑みを田島に向けた。

「どういうこと?」
「俺から言わせてもらえば、どっちかと言えば変わったのは田島の方だよね。今まで野球してるとき以外はあんまり花井と話すこととかなかったみたいだけど。最近何かと花井花井だよねー」
「勉強会以来割と懐いてるな」
「なんだよ、人を犬みたいに」
「変わらねーよ」
「ねーっ」
「ふーん…?」

阿部と水谷は楽しげに笑っていた。横で聞いていた明は不思議そうな声を上げた。

「おお、なんだよ。人の机のまわりで揃って」
「あー、花井!!歴史の教科書貸して!!」

お目当ての花井がクラスに戻ってきた。田島は嬉しくて再びクラスの中で大声を張り上げた。「うっせーな!!んなでけー声出さなくても聞こえるっっつーの!!」
ああ、花井だ!!いつも通りの怒鳴り声を聞けて、田島はご満悦だ。

「田島、なんで怒鳴られて機嫌いいわけ?」
「さあな、天才天然四番様のヨロコビなんて、凡人の俺らには分からなくて結構だ」

盛大なあくびをかまし、急な眠気に襲われた阿部は短い睡眠タイムに入る。
水谷は、今度は明に意見を求めるが、その表情がいつもより険しいのでそれ以上追及するのをやめてしまった。

(明は、田島が花井と仲よくするのがイヤなのかな?)
以前、田島はどちらかと言えば明に懐いていたと水谷も思っていた。だが、今は完全に兄の方に懐いているのは目に見えて分かる。もし自分の読みが正しいのだとすれば、明も結構可愛い所があるもんだ。水谷の読みは当たらずしも遠からずといったところであった。

「あ、田島、今日わりーけど俺も世界史の教科書忘れたんだ。で、明に借りてそのままにあるんだけど、お前返しといてくれるんならこれ使ってくれ」
「明の?いいのか??」
「いままで何回お前に貸したと思ってんだよ。変な落書きしなきゃいくらでも貸してやるよ」
「やったっ!サンキュウな明!」

あっという間に時間は過ぎ、気が付けば授業開始まで一分を切っていた。田島は急いで教室に戻り、明も足早に二組の教室に戻っていった。

「そういえば明って七組になんの用事があったのかな?」
「あ、なんかあいつも数学の教科書がないとかなんとか言ってたような…、てか結局借り忘れてるしアイツ」

ハハハ…、七組一同が楽しげに笑い声をあげているとき、教室に向かう花井明の怒りのボルテージが頂点に達していたことなど誰も気づかなかった。















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