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運命DIYすな!(美容師×大学生/腹黒)
「はぁああああ?!」
 スマホを放り投げて叫ぶ俺、君塚 悦人。二十一歳。たった今失恋したばかりの、純情な童貞である。
「うっ……うっ、君のために清い体でいたのに……」
 がくりと崩れ落ちながら、ゴミ箱にダイブしてしまったスマホの画面をそっと覗きこむ。そこには、アイドルグループ・アフタヌーン娘の清純派担当、黒石真希ちゃんが電撃結婚したというネットニュースの見出しが踊っていた。
「……うっ……」
 苦しい。けど、俺は知らなくちゃいけない。真希ちゃんの結婚相手が何者なのか、いつ、どこで知り合ったのか。だって俺は、俺こそが、真希ちゃんの運命の相手なんだから……!
 見出しをクリックして、記事の詳細を確かめる。
『お相手は元アイドルで俳優の鳴宮 和也(24)。番組で共演したことをきっかけに交際がスタートし、このたびゴールインとなった。なお、黒石 真希は現在妊娠六ヶ月。』
「え、え、ええ!」
 鳴宮はしょっちゅう週刊誌にすっぱぬかれてる女関係が派手な男だ。ていうか、妊娠中? デキ婚? え、恋愛禁止のグループに所属してる現役アイドルだよね? それなのに子どもいるってどういうこと……?
 ショックがでかすぎて立ち直れない。盛り上がる涙を拭くこともせず、俺はなんとかメッセージを一通送った。

 そして翌日。やってきたのは、代官山にある小さな美容室。出迎えてくれた、栗色のきれいな髪におしゃれパーマをかけた超イケメンの保坂 瑛さんが、昨日のメッセージの送信相手だ。
「ばっさりやっちゃってください!」
「失恋で髪の毛切るってイマドキ流行んねえよ」
 柔らかな顔立ちの見かけによらず、保坂さんはけっこう俺様で口が悪けりゃ態度も悪い。だけど、手がけたスタイルは何度もヘアカタログの雑誌に載るほど腕が良くて、めちゃくちゃ有名な人気美容師だ。三年前に独立して、自分のお店を持つようになったんだとか。個人経営の小さなお店なので、予約するときはメッセージアプリで直接やりとりすることになっている。そこで俺は昨日、保坂さんにメッセージして、カットの予約を入れてもらったのだ。
 店内は黒を基調としたおしゃれな内装で、地味平凡な俺は気後れしちゃうほどである。このおしゃれ空間のほとんどを、保坂さんがDIYしたって言うんだから、すごい人は何やらせてもすごい。妬むのもばからしいくらいだ。……なーんて達観したふりしたところで、二十代前半、恋に夢みる男として、芸能人に言い寄られたこともあるらしい保坂さんには、ばからしかろうがなんだろうが、うらやましいっ妬ましいィイって思っちゃうけど! 同じ男なのにどうしてこうもスペックが違うんだよー!
「だから言っただろ、アイドルが運命の相手なわけないって」
 席についた俺にクロスをかけながら、保坂さんはそう言って鼻を鳴らした。
「あんな占い、信じるほうがどうかしてるっつーの」
 俺を見下ろす目が冷たい。
 あんな占いとは、女性ファッション誌「amam」に載っている、「玉川珠子のマルっと占いコーナー」のことだ。ゴリラみたいな姉ちゃんがおととし、この占いのとおり行動して優しい旦那さんをゲットしてから、俺は玉川珠子を恋の指針にしているのだ。
「十月生まれでA型で猫が好きなやつなんてごまんといるだろ。俺だってそうだし」
 その条件は、先月俺の運命の相手と紹介されていた子の特徴だ。
「そうですけど、だけど、先々月の占いでも黒髪ショートの子が運命って書いてあったし、真希ちゃんの顔タイプだし……」
 だから、真希ちゃんこそが俺のお嫁さんになってくれるもんだと信じていたのに……。
「ほんとバカすぎてかわい」
「えっ、なんですか?」
「なんでもねえよ。ンで、髪だけど、短くすればいいのか?」
「はい! とにかく短く!」
「オッケー。今度こそ運命の相手っつーのが見つかるように、めっちゃかっこよくしてやるよ」
 鏡越しに目があった保坂さんこそ、めちゃくちゃかっこよかった。くっそー! 俺はヤケクソ気味に、女子のような黄色い悲鳴をあげて、パチパチと拍手する。
「さすがカリスマ美容師!」
「で?」
「イケメン!」
「他には?」
「う、うーん、あっ、器用!」
「ああ? もっと他にあんだろ」
「えー、……俺様?」
 何が正解かわからなくて、上目遣いで背後に立つ保坂さんを見つめる。保坂さんは、鏡を見ながら俺の頭をガッとつかんだ。い、痛い! 力を込めたまま頭を引き寄せられて、息がかかりそうなくらい近い距離。うわあ、なんか怒ってません?
「かっこよくて惚れちゃう大好き愛してますくらい言ってみろよ」
「ぅえー! そんなの強要するもんじゃないっすよ!」
「うるせえ、言わねえとまた坊ちゃんカットにしちまうぞ」
「人の黒歴史を蒸し返すなんて鬼畜だー! チェンジだチェンジ!」
「ばかめ、今日は俺しかいねえよ」
 眉間のシワが緩んだと思ったら、口の端を持ち上げて意地悪く笑う保坂さん。もはや勝てる言葉はない。くそう、やっぱり保坂さんは性格が悪い! 俺が大学デビューに失敗した話をいつまでも持ち出すのは卑怯だ!
 小学生のころから通っていた地元の床屋で、大学進学を前に、流行りのアイドルとお揃いのテクノカットを頼んだはずが、気がついたら昭和の坊ちゃんカットにされていた。学部一かわいいと入学前から有名だった読モの荒木さんに爆笑され、新生活初日に俺は大爆死したのであった。その後、涙目の荒木さんにおすすめされて通い始めたのが、保坂さんの美容室だ。
「もーいいです! amam読ませてください!」
「雑誌整理しちまったから、占いのページしか残してないんだよな」
「えー!」
 実はamamの他のページも楽しみにしていた俺は、保坂さんにブーイング。男性アイドルのセミヌードやセックスについての特集が多いので、恥ずかしくて自分じゃ絶対買えないけど、読んでみるとけっこうおもしろいのだ。
「こ・の・お・れ・が! わざっわざおまえのために、占いコーナーのページ切り取って、大事にダーイジに取っておいてやったっていうのに、なんつー恩知らずだよ。雑誌全部捨てても良かったんだぞ」
「だってぇ……」
「ああ、そっか。おまえむっつりだから、ここじゃないとセックス特集とか読めないもんな」
「うっ……!」
 図星を指されてだまりこくった俺に爆笑しながら、保坂さんは俺の髪の毛を手櫛で整え始めた。
「なあ、今日時間ある?」
「ありますけど……」
「金いらねーから、新商品のトリートメント試させてくんねえ? あと、色ちょっと入れてみたいんだよなあ。あんま明るくしないから練習台になってくれよ」
「えー、タダでやってくれるんすか? それなら是非是非! ついでにメシもごちそーしてください!」
 今の時間は六時半。いろいろ終わる頃には夕飯時だ。
「図々しいやつだな」
 軽く睨まれたけど口元が笑ってるから、これはオッケーと解釈しよう。何食べるか考えとかないとな。前ごちそうになったのは洋食屋さんだったけど、今日はトンカツとか食いたい気分だ。
 そうして、俺は人生初のトリートメントとカラーをやってもらい、タダ飯も食べて、ほくほくで帰宅したのだった。

「君塚くん、髪いいじゃーん!」
「あ、荒木さん。はよ」
「うん、おはよおー! もう三限だけどね」
 必修科目の英語は友だちとクラスがわかれてしまって、一人ぽっちの俺。荒木さんもそんなかんじらしく、授業の前後によく話すようになった。ヒラヒラのレースみたいなやわっこい服がよく似合ってて、目がぱっちりで、小さくて、いい匂いもするし、いつも髪の毛のセットとか化粧とかすごいうまいし、これで金髪じゃなくて、実は留年してたら言うことなしなんだけどなあ……。俺の今月の運命の相手は「美形、身近な人、茶髪、手先が器用、年上」だから、荒木さんは美形と身近な人、あとはたぶん手先が器用っていうのは当てはまってるんだけどなぁー、うーん……髪の毛、茶髪にしてくんないかな。
「それ、どこでやってもらったの?」
「どこって、保坂さんのとこだよ」
「えー! いいないいなっ、最近ぜんぜん予約取れないから、わたし二ヶ月も美容室行けてないよぉー」
(ん?)
 おととい連絡入れて、昨日行けたけど。その前も、そのまた前も、だいたい二、三日前に予約のメッセージ入れて、断られたことないけどなあ……。まあ、いつも遅い時間か、ちょっと早めの時間だけど。
 女子の長い髪と比べて、男の短髪はちゃちゃっと切れちゃうってことなんかな?
 そんな疑問は、荒木さんの次のセリフで吹き飛んだ。
「昨日撮影でさあ、玉川珠子に会ったんだよおー!」
「えっマジ?!」
「マジマジー! 君塚くん好きだったよね?! サインもらってきてあげたよお!」
「うわあ超嬉しい! 荒木さん好きだ! 付き合おう!」
「ありがとお、でも君塚くんタイプじゃないからごめーん。で、はい、これ」
 俺の告白をスルーしながら、荒木さんがカバンから出したのはamamだった。パラパラとページをめくって、真ん中のほうを開く。「玉川珠子のマルっと占いコーナー」のページに、油性ペンでサインが書かれていた。しかも「君塚くんへ」って、な、名前つき……!
 俺は雑誌を抱きしめながら、何度も何度もお礼を言った。やばい、嬉しすぎる!
 その後授業が始まっても、俺はサインが書かれたページに見とれていた。今月の俺、運勢最強じゃない?! 今こそ運命の相手に出会う時かも!
 そう思いながら、なんとなしに自分の占い結果のページを見る。やっぱり荒木さんがお相手じゃないのかなあ、なんて思いながら……あれ?
 乙女座の俺の運命の相手は「尽くしてくれる人、優しい、小さい人、学生」だって。昨日見たやつと全然違う。雑誌の表紙を見直したけれど、最新号だった。「美形、身近な人、茶髪、手先が器用、年上」の運命の相手はいずこへ……て、いうか、この特徴って……!
 ピンときた俺は、その日の夜に美容室に押しかけた。

「運命の相手が保坂さんだって勘違いした俺を馬鹿にする気だったんすか?! ひどいっすよ!」
 ラックに置かれていた占いページを指さして、俺は大声を上げた。この占いページは保坂さんの自作だった。俺がこんなに占いに必死なのがわかってて、保坂さんは俺をからかったんだ! それが悔しくて、何より悲しい!
「バカにする気なんかねえよ」
「俺、ほ、保坂さんとは仲良くさせてもらってたつもりだったんですけど?!」
「仲良いだろ。っつーか俺より仲良いヤツがいたらぶっ潰す」
「んん? 何、どゆコトっすか?! てか、それじゃあなんでこんなことしたんすか?!」
 amam最新号を抱きしめながら保坂さんを睨むと、保坂さんは「うっせえな」と悪態ついて、まさかの壁ドンをしてきた!
「俺に惚れりゃいいと思ってやったんだよ!」
(な、なんで保坂さんが怒ってるんだよ!)
 イケメンの迫力に気押されて口ごもってしまったけど、怒りたいのは俺のほうだ。なんたって騙されてたんだから。てか、え、何、オレニホレリャイイ?
 予想外の発言すぎて、まるで呪文のようだけど、ぐぐっと間近に迫る保坂さんのお美しい顔はえらく真剣で、「嘘じゃーん!」って茶化すわけにもいかない、よな。
(え、本気? まじで?)
 壁ドンからこれまでの所要時間約二秒。めちゃくちゃ頭を働かせた挙句固まってしまった俺をどう思ったのか、保坂さんは俺の腕の中からamamを引っこ抜き、目の前にかざした。
「こんな占いより、もっと身近に目ぇ向けてみろよ。美形、身近な人、茶髪、手先が器用、年上の、超優良物件が近くにいるだろうが」
 普段は意地悪な顔ばっかするくせに、ちょっと眉を寄せたアンニュイな表情が俺のないはずの母性本能をくすぐる……と同時に。
「ぷっ」
「あ? てめえ何笑ってんだよ」
「す、すみませ……でも、フツー自分のこと美形だの有料物件だの言わないっすよ」
「事実だろーが」
「そうですけどぉ……」
 ふてくされた様子の保坂さんが可愛く見えてきた。年上なのにな。
 そしたら保坂さんが俺の髪をそっと撫でてきて、なんかそんなつもりなかったのに、なんか、なんかいい雰囲気になってきちゃった。俺様で意地悪な人だけど、このあまりにも整った美しさで愛しさ全開って感じに触られると妙な気になるから、イケメンってずるい。まさか相手が男だなんて想像もしてなかったけど、これこそ運命なのかな……こんなド平凡な俺のこと好きだって言ってくれる人、今後現れるかなんてわかんないし……。
 ドキドキしながら保坂さんを見上げる。目が合うと、保坂さんは口の端をくっと持ち上げた。あ、あれ。なんかいつも見てるやつ。意地悪いヤツだこれ。
「俺の運命の相手って、茶髪でサラサラ髪なんだと」
「へ?」
「だからおまえの髪の毛、色入れてツヤッツヤにしてやっただろ。つーわけでおまえ、俺の運命の相手ケッテーな」
「え?」
 まさかそんな裏があって、このヘアスタイルが出来上がっていたとは。っていうか、さっきから聞いてりゃ、俺の知らないところで何度も何度も勝手に……!
「運命DIYすな!」
「はっはっは。で、おまえの今月の運命の相手ってどんなやつ?」
 amamをめくって目的のページを見つけた保坂さんは、感嘆の声をあげた。
「尽くしてくれる人って、めっちゃ俺じゃん」
「っ、は、はぁ?!」
(そんな献身的に扱われたことないんですけど?!)
 自分のことよく言い過ぎじゃないかと不満の声をあげたら、保坂さんが流し目をよこしてきた。うわあ、甘。エロ。
「おまえに会いたいから、営業時間後だろうと開店前だろうと髪切ってたし、メシ食い行ったりいろいろしてたんじゃん。気づけよ」
 うわ、全然気づいてなかった。そっか、保坂さんそんなに俺のこと好きだったか。
 ちょろい俺は自分の気持ちがぐらっと傾きかけてることに気づいていた。
 こんなすごい、俺には手の届かないような人が、俺のこと好きって言うなんて信じられないけど、一緒にいて楽しいし、俺も嫌いじゃないっていうかむしろ好き、かも?
「まー、おまえみたいな鈍感バカは気づかねえよなあ。そういうバカだから騙せると思って占いページでっちあげたんだしなあ。っつーかこれ、マジでよくできてるよな。編集ソフトで二十分で作ったわりにいい出来だわ」
(あ?)
 保坂さんは俺の雰囲気が変わったことに気づかず、amamとニセ占いページを交互に眺めている。くっそ、そんなやっつけ仕事に簡単にひっかかったバカだけど、保坂さんの気持ちに気づかなかった鈍感だけど!
「ばっ、ばーか! 勝手に運命でっちあげてんじゃねえよ! ばーかばーか! 性格ブス! 誰が保坂さんにコロッといくかよ!」
 そう叫んで美容院を飛び出した俺の背中に、保坂さんから声がかかる。
「次は一ヶ月後の火曜でいいかあ?!」
「っ、それでお願いしますっ!」
 思わず返事しちゃった。けど、髪の毛はどれだけ俺が怒り心頭でも生えてくるものだし、切らなきゃ困っちゃうわけだし!
 だからこれっきりにするわけにはいかないじゃん、って言いわけしてる時点で、俺はやっぱり保坂さんの身勝手だけど一途なところに落とされかけてるのかもしれない。だけど悔しいから、次会うまではメッセージに返事なんてしてやらないんだ。

 自称運命の相手が恋人になるまで、あと三十日。

(230331)
Twitter企画『美平Only企画』の「タイトルシャッフルゲーム」参加作品です。
自分じゃない誰かが考えたタイトルを元に作品を書く、という企画です。
くじ引きの結果、G汰。さんの「運命DIYすな!」というタイトルで書くことになりました!難しかったけどたのしかったー!

企画してくださった楽さん、ご協力・ご参加してくださったみなさん、ありがとうございました!

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