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飛ぶ鳥が君の名を呼ぶ時
飛ぶ鳥が落ちるときは一体どんな時だったか。それを答えてくれたのはかつての上司だったが、その答えを忘れてしまっていた理由が自分にはあった。
温かい場所を知ってしまった。それは答えにならないのかもしれないが、飛ぶ鳥が落ちるとき、そこに温かさは存在しない。
少なくとも自分は、例え翼が折れてしまっても、飛べなくなっても、地を共に這いずってくれる仲間たちが居る。
それだけで十分だと悟ったのは二年前で、縋り付いて放したくなかった人を見捨て、自惚れた理想を掲げた男を叩き伏せた。
間違いじゃなかった。その時の判断も、あの時の幸福感も間違いじゃなかった。言い聞かせるように立ち尽くして、天を仰ぐ。
処刑台の向こう、広がる空は蒼く。瞳から消え失せそうになる希望にも似た感傷をあっさりと流して捨てた。

    *飛ぶ鳥が君の名を呼ぶ時*


例えば、夜。静かで美しい星が光り輝く夜。それが塗りこまれたような黒。それが最初の印象だった。
瞳には燻った様な焔が見えていたが、それでもその燻りを表に出せるほど男は子供じゃなかった。それでも自分には子供と言える年である。
彼は自分を見ながらよく笑ったし、仲間の背をそっと叩き、真っ直ぐに前を向いていた印象があった。
そう、自分が知っているユーリ・ローウェルという男はどうしてか整った顔よりも後姿が多い。そして振り返って笑う顔か。

「なぁ、オッサン」

そのユーリが珍しく自分を訪ねた理由がまったく分からず、途方に暮れる。そもそも来客のように現れる意味が彼には無い。
同じギルドに所属する間柄である以上、普通に顔を突き合わせる日も多いし、何よりこれから一緒の仕事につく予定が入っていた。
カロルから連絡がいってないということは無さそうだが、もしかすると忘れてしまっているのだろうか?
肝心なところで少し抜けた所がある相手だから仕方の無いことだと、四畳半も無い部屋の片隅、出窓の淵に熱いコーヒーを入れたカップを置いた。
カップといっても上等なものじゃない。つい最近売り出したステンレスとかいう新しい金属(シシリーが言っていた)で出来たカップで軽くて丈夫なのが売りらしい。実際、飲み物が美味しくなる器は多々存在するらしいが自分はお目にかかった覚えが無かった。
勿論ユーリもそんなカップとは縁遠いだろうから、このステンレスとやらで十分だろう。

「んで? どしたの?」
「ん〜、ちょっとな。オッサンに聞きたいことがあって」

一体、何を捜させられてんの? デュークに。
あっさりと告げられる言葉に、返す答えが無かった。
極秘任務として旧暗部の人間を集めろと言われているのだが、今のところ誰も呼び戻せていないし、そもそもこのことをカロル以下【凛々の明星】の仲間達には告げていなかったのだ。
告げる理由が無い。別に嘘をついているわけではないが、余計なことは漏らさない方が世の中のシステム的な意味で安全なことが多い。
ましてや、相手があのデューク・アシオンでは到底勝ち目の無い話であるし…。
ユーリは自分の言葉を見透かしているかのように笑った。そりゃあ、話せないよなと笑ってコーヒーを啜る。
これ美味しくねぇな、と言ったユーリは「もう聞かねぇから」と言って窓の向こうに目線を移した。何が見えているんだろう、と思った。
その表情が誰かに似ている。見覚えのある誰かに似ていたのだ。こんな風に普通に話して、そして死んでいった友に似ているのだろうか。いいや、それとも。
あの燃えるような赤に解かされてしまった人々に似ているのか。しかし、この予感は何とも言えない―――そう、言ってしまえば悪い方向のものであると思ってしまう。
これは直感だ。ユーリは何かを伝えるために此処へきている。だが、それを口にすることは無いだろう。彼は口に出せないからこそ【こうして、ここに来たのだ】と分かる。
ユーリはカップのコーヒーに砂糖を二粒入れると「エステルがさ」と切り出した。

どうにもエステルの様子がおかしいんだと。それを言ったのはリタだという話をした後、まるで昔話のようにジュディスやカロル、ラピード。そして彼の親友である男の話をした。
別段語るほどの内容でもない。ただユーリにとっては【それを語るべき相手が自分】であるということは確からしい。話を聞いて欲しいわけじゃないのだろう。
この言葉の中からこれからユーリに起こる何かを察知して欲しいと思っているんじゃないだろうか。しかし、その答えはまったく出ないまま彼は二杯目のコーヒーを飲み干して立ち上がった。

「なぁ、オッサン」

最初に切り出されたのと同じ言葉で、ユーリは言う。

「俺、頑張るから。全部忘れてくれ」

何を? と問うことが出来ないまま「うん」とだけ返事を返すしかなかった。


    ***


あの日の事をずっと思い返している。ユーリが死んだ後、フレンが騎士団を抜けて旅に出たという話を聞いたのはつい先日だ。
あろうことか
その連絡をくれたのはフレンの親愛なる部下ソディアで、彼女は個人的なルートを用いてユニオンに暗号文書を送りつけてきてくれた。
ユーリの死を止められなかった事を悔やむフレンに同情はしたが、何となくユーリは分かっていたのではないかと思う。
それは自分やジュディスの見解だったが、処刑される前日にフレンとソディアが彼を逃がしてくれようとして手を貸してくれたのにも関わらず、それを断ったり。
自分達がユーリを救出しにいくのさえも断ったのだから、ユーリは自身の死に何か意味を見出していたのではないだろうか。そう思わなければ、何だか立っているのも辛くなる。
人の死が苦手だというわけではない。寧ろ人の死に直結することを沢山やってきたし、感動的なものも、悲劇的なものも多々目撃している。
勿論一度死んだことだってあるのだから、別に死に対して恐ろしい見解を持っているわけではなかった。ただ、何だか脱力してしまう。

あの日、エステルが何といったのだっけ?そうそう、エステルが【皆】の小指の長さを測った時の話だった。
そのあと続いた話は、カロルが古代言語を練習し始めたら接続詞の【の】をどう書いていいか分からないと泣きついた話だったか。
えと、あと言っていたのは何だった? そうだ、リタが【事】の事情をまったく説明しない癖についての話だ。

何だか曖昧に思い出されて、全部の内容が出てこない。ユーリが笑って頑張るといった言葉しか鮮明に出てこないのだ。

確か、あとはジュディスに届けるのを【頼む】はずだった手紙を結局直接届けに行ってしまった話と――――。
自分に、全部忘れてと言ったことか。そんなことばかりを話していたのだろうか。結局出てこない答えの先を、ただ自分は都合の良い解釈で治めようとしているように思えた。
馬鹿馬鹿しい。差し出されたカップを手にとって苦く笑った。

「で? 私にユーリの残したロジックを解けと?」
「いいえ、そういうことじゃ…」
「ではここに来た理由は何だ、レイヴン。よもや、ユーリを失って悲しいから泣きに来ました、とでも?」

自分の向かい側に腰を降ろした相手は、きっと眠っていないのだろう。自分からの報告書を片手にコーヒーを啜りながら、銀色の髪を風に揺らしている。
フレンが居なくなった騎士団で皇帝と戦うための士気を守り続けるというのはどれだけ大変なことか。それでも彼は何も言わずに続けるのだろう。
まるで何かと約束を交わしているかのようだと思う。確固たる意思がそこにある様は、今も昔も代わらないというのに。実際自分は何だ、と思った。

「ロジックの答え、解けてるんだ」
「そうか」
「でもねぇ、副官。俺は、どうして俺になんだと思っちまったんだ」

溜息をついても、その答えは見つかるわけも無い。どうして自分にだったんだ、と思う。ユーリは敬愛する友にでもなければ、仲の良かった首領にでもない。
ましてや心が強い彼女にでもなければ、目の前の男にでもなく。どうして自分にだったんだと思うのだ。

「仲間の事を頼むのに、お前以外の適任を―――ユーリは思いつかなかったんだろうね」
「もう、何でそんなことをアンタは言うかな」
「お前を甘やかせるのは私だけだからね、ユーリが居ないのなら」

まったくお前はどうしようもない。ぽん、と肩を叩かれた先。瞼を閉じて思い返すのは失った温度とその存在の後姿だ。
どうしてなんだろうなぁ、と思う。我侭一つ言わずに消えるなんて馬鹿みたいじゃないか。と言い放ちたいのにどうしても言えないのは。
彼がそんなことを言ってほしいわけでもなければ、我侭をいうほどのことでもないとあっさり諦めていたという事実がそこにあるからだ。

「俺は、どうすればいい?」

答えなんてないことを分かっていながら、それでも縋りつく何かを求めるように手を伸ばしたが、窓の外。
そこにはあの日と同じ青い空しか残っていない。そういえば、あの時から。ユーリに名前を呼んで貰う事はなかったなと思う。
きっとそれは呼べなかったのかもしれない。呼び止めても、直ぐに彼には押し迫る何かがあったから。

(俺は馬鹿だ)

忘れてくれと言われた、あの言葉がどんなに自分へ助けを求めていたのかを知らずに。
こんな風に座っていることしか出来ない自分を叱咤することも出来ず、ただ空を仰ぐしかなかった。


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彩華様よりのリクエスト キリ番7777なんていうラッキー数字!
【四月馬鹿設定でオッサンとユーリ】というお題のSSです。

時間軸としてはユーリが死ぬ前〜フレンと合流前のオッサンで書かせていただきました!
リクエスト有難うございましたo(*゜▽゜)oo(゜▽゜*)oo(*゜▽゜)oo(゜▽゜*)oタンタン




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