蝉時雨
窓を開ければ、得られるのは涼ではなく不快感。
儚い命の持ち主が、王者のように声を張り上げていた。
今は、その鳴き声ですら…
「あーつーいぃ〜〜」
「そうだな」
全くもって説得力の無い平淡な声が耳に届く。
隣に座る男に視線を向ければ、そこには"暑い"という言葉が世界で一番似合わないとすら思える涼しい顔があった。
「なぁ、クラトス。本当に暑いか?」
「…ああ」
「…………」
「…………」
「……………」
「…実を言うと、そこまでは暑くない」
じっとりと睨みつけるような視線に、白旗を上げたのは意外にもクラトスの方だった。
最愛の息子からの疑いの眼差しは、どんな凶器より彼の心を抉るのだ。
「やっぱり!なぁ、なんか秘密があるのか?」
「秘密…?」
「暑さに強くなる修行とかさー。あっ!もしかして年取り過ぎると、暑いの感じなくなるのか?!」
「………」
静かに、深く傷ついたクラトスの心を知らずロイドは無邪気に先を続ける。
「温泉とかでも、じぃちゃんは熱い湯が平気だったりするもんな!その点クラトスは、そのじいちゃんなんて目じゃないくらい年取ってるしさー」
「…ロイド」
「ん?何?」
クラトスは笑っていた。
普段の慈しむような微笑みとは別種の笑みであったが、あいにく汗を拭っていたロイドは気が付かない。
「私が暑さに強いのは、修行の成果だ。望むならお前にも伝授しても構わないが?」
「本当か?教えてくれよ、クラトス!!」
「よかろう」
***
「……なぁ、コレ…ホントにやるのか?」
「無論だ」
真夏の日差しの下、ただでさえ着込んだ普段の服装の上にコート、そしてマフラーを装備して、ぐらぐらと煮え立つ鍋を見ながらロイドは尋ねた。
尋ねるしか、なかった。
「心頭滅却すれば火もまた涼し。お前ならばその意味を悟る事が出来ると信じているぞ」
「いや…そのシントーメッキャとこの格好の意味が…ってゆーか、これでこの鍋食えってウソだよな?!」
「安心しろ。お前の好きな牛鍋だ」
「…っ!俺、頑張るよ!」
「その意気だ」
「…ねぇ、あの二人何やってるのかな?」
「僕にはさっぱりだけど。たぶん、遊んでるんじゃないかな?」
苦笑いをするパーティメンバーに見守られながら、親子のスキンシップ(多分)は、ロイドが熱中症で倒れるまで続くのであった。
***
「クラトス!貴方が付いていながら何なの?」
「す、すまないリフィル…」
「うう。牛鍋うまい…うまいけど、暑い……」
呆れるように蝉が鳴く。
そんな夏の、昼下がり。
end