エコメモSS

□NO.601-700
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■願い待つスノープリンス

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 スポーツ全般がダメみたいなことを聞いていたのに、目の前にはそれが嘘なんじゃないかと思わずにはいられない姿。さらさらの雪が躍るゲレンデの上、水を得た魚のように光を舞い上げる。

「こう言っちゃなんだけど、タカちゃんってもっとスポーツ出来ないと思ってた」
「基本的には出来ないですよ。スキーは例外です」

 大学の施設がリゾート地にあって、その施設がコテージやスキー場まで持っているとはどういうことなのかとも思うけど、せっかくの自由時間は寒さも忘れて外へと飛び出す。名目は卒論発表会というゼミ合宿。勉強の合間にはこういった息抜きも大事。
 来年からゼミに配属になる1年生も、今の時期から佐藤ゼミの雰囲気に慣れるためという名目で合宿に参加している。この場でもタカちゃんとは顔を合わせるわけで。やっぱり場所が違えばまた新たな一面が見られるのかもしれない。スキー板を履いたタカちゃんのイケメン振りは。

「果林先輩はどんな感じですか?」
「スキーとかあんまやったことなくてさ」
「その割には簡単に滑りますよね。やっぱり果林先輩は運動のセンスがあるんですね」

 頂上に行く勇気がなくて途中でリフトを降りたところから、向島にいるときには見られない真っ白な景色を見下ろして。眩しくて目も開けていられない。雪国出身の子たちが日焼け止めを塗っていたのはこういうことだったのかと今更ながらに理解する。
 頂上から降りてきたタカちゃんはタカちゃんで首からゴーグルをぶら下げている。山はいつ吹雪いてもおかしくないからと言う様からは、「慣れ」が滲み出ている。メガネとケータイは最低限守らなければいけない、と。

「昔からやってたの?」
「はい。父親が好きな人で、毎年何回かは。慣れてくると、下が見えないくらいの傾斜だろうと問答無用で放り出されましたね」
「あー、そうなんだ。高ピー先輩もボードやるらしいけど、きっとタカちゃんの方が様になっててカッコいいんだろうなあ」

 するとタカちゃんは、俺と高崎先輩は比較対照にならないですよと苦笑い。でも、リフトからだらっと座っていたアタシの際に寄せてくるのを見ただけでも相当上手いのがわかったんだけど。

「でも、たまにジャンプ台みたいなのがあるじゃないですか」
「あるね」
「調子に乗ってああいうのに向かって行ったら着地に失敗して、なんてこともザラですよ」
「攻めるね」
「でもやっぱり基本的に運動神経が良くないですからね」

 行きませんかと誘われ、立ち上がろうとするだけで転ぶアタシはどうなるのか。タカちゃん曰く転び方があるらしいけどそれすらも置き去り。とりあえず、最低コテージまで降りることが出来ればいいんだから。

「せっかくだし、タカちゃんにスキー教えてもらおうかな」
「えっ、俺でいいんですか? どうなっても責任は取れませんけど」
「でも1回ここで待ってようかな、タカちゃんがもう1回頂上からカッコよく滑り降りてアタシを迎えに来てくれるはずだから」
「ハードル上げないで下さいよ」

 普段がどこか抜けている印象だからか、こうやって得意分野を見てしまうと印象ががらっと変わる現象が興味深い。どうしてあのタカちゃんがこうまでカッコよく見えるのか。雪上マジックってある意味怖い。
 とりあえず下に行くにあたり、最低限の転び方だけを教えてもらって。エッジで太い血管を切っちゃうとゲレンデが赤く染まっちゃいますから、なんてさらりと言うところがまた怖いんだけど。

「でもせっかく雪質もいいゲレンデですからね。滑りがいがありますよ」
「タカちゃん、来年の合宿も滑れるといいね」
「そうですね、自分ではなかなか来れませんから」


end.

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